第5話
結局、火の前まで抱えられ、毛足の長い毛皮の上に下ろされた。
続いて、大きな布と着替えを渡される。
何処にあったんだろう、これ?
てか、この毛皮も。
セキロウさん、手ブラだったよね?
渡された着替えを見詰めながら、疑問に思ってると、セキロウさんは脛に巻かれた布を解き始めた。
え?ええ?まさか生着替え、おっ始めるつもり?!
「ちょ、ちょっとセキロウさん、待って、私、席はずしますからっ」
「何故だ?まだ濡れてるのに、地面を歩いたら汚れるだろう」
「そうですけど!でも、私も着替えるし!それに私、セキロウさんみたいに見せられるような身体じゃないし…!」
「まあ、リンの身体は引き締まってはないが、恥じ入る程のものでもないだろ」
いやいや、大半の人は恥じ入るよっ、
何でって、あって間もない人に全裸をさらさなくちゃならないんだよ、嫌に決まってるでしょうよ!伝われ!
「兎に角、私、向こうで着替えてきますからっ」
「分かった、俺が移動するから、リンはここで着替えろ。着方は分かるか?」
あ、そうか、服も違うんだ。
此方の服は、アイボリー色のタートルネックの長袖シャツと同色のズボン、その上に袖無しのワンピースを着るようだった。
下着は、スポーツブラみないなやつと、紐パンだった。
因みにセキロウさんの履いてるのは黒い毛皮で出来たバギーパンツみたいな形の物だけど、脛に布を巻くのでシルエットは和装っぽく見える。
「んー、大体は大丈夫そうです」
「そうか」
音もなく立ち上がると、セキロウさんは夕闇に消えた。
早くきがえなくちゃ!
セキロウさん、身支度早そうだし。
と、思ったけれど、セキロウさんは意外と身支度に時間を掛けるタイプなのか、私が着替えを終えても、戻って来なかった。
パチパチと燃える焚き火をその辺りに落ちていた枝でつついても、迫る夕闇に抱いた不安を紛らわす事は出来なくなってきた。
何でセキロウさん、戻って来ないのかな?
まさか、さっきみたいな変な生き物に…?
それとも置いて行かれたとか…?
過る良からぬ考えを見計らった様に、得体の知れない生物の鳴き声が響き渡った。
恐怖心を
恐ろしくてセキロウの名前を呼びながら探すことも出来ない私は、ただひたすら走って目を凝らすしかない。
けれど、裸足の足に食い込んだ石が皮膚を裂き、足を引きずって歩いても大して動けず、直ぐにしゃがみこんでしまう。
ああ、もう、また泣けてきちゃうよ。
何処行ったの、セキロウ!
「セキロウのバカ。置いていくなら言ってよ…っ」
と、小さく悪口を呟いた時。
「…何故逃げた?」
静かな怒気を孕む低い声が聞こえた。
私はそれすら気にならない程、安堵した。
「セキロウさん!…良かったぁ…!
私足手まといにしかならないし、置いて行かれちゃったのかと思って」
泣くなと思っても最大級の安堵に勝手に涙が零れてしまう。
そんな私を見て、セキロウさんは何かを堪えるような表情をしたけれど、すぐにそれを消して、私を抱え上げた。
私を乗せる腕ではないもう一方の腕でセキロウさんの胸の方へ引き寄せられ、宥めるように背中を優しく撫でられる。
---ウイナ--
と低く小さな呟きを聞いたけど、意味が分からなかった。
背を撫でていた手が止まると、目線を合わせて話しはじめた。
「俺がリンを手放す事は、命に誓ってない。
だから一人で出歩くな、怪我が増えるだけだ。
戻るのが遅くなったのは、狩りをしてたからだ。腹が減ったのでな。リンは腹が減らないか?」
「今日は感無量で…余りお腹減ってません」
「そうか」
「どちらかと云うと、眠いです」
「では、怪我の手当てをしてすぐ寝るとしよう」
「すみません」
そして再び毛足の長い毛皮の上に下ろされると、私はぎょっとした。
セキロウさんの獲ってきた獲物の一部、肉塊のデカさに!
解体前はさぞ立派な体格だったろうと偲ばれた。
蜥蜴に掴まれて出来た腕の痣と傷、踵の靴擦れは差程、酷くはなかった。
腕からは結構血が出てたと思うんだけどな。
足裏の怪我は川の水で傷を洗い、緑色の軟膏を塗って、包帯代わりの分厚い靴下を履いた。
火は消さず、毛皮を身体に巻き付けて横になると、直ぐに眠気が訪れた。
深夜---
私は寒さで目を覚ました。
毛皮にくるまってもどうにもならない寒さで、震えが止まらない。
指先、足先は痺れ、震えが酷くて歯の根が合わず、スムーズに呼吸が出来ない。
ぎこちなく吐いた息が白煙に変わるのを見て、気温が相当低いのだと知る。
「寒いのか?」
騒がしく震える私に気付いて、セキロウさんを起こしてしまったようだ。
こんなに寒いのにセキロウさんは上半身裸のままだ。
マジですか?どうなってんの?
「毛皮もあるから問題ないと思っていたが…もう手段は抱いて寝るしかないが、それでもいいか?」
ひえぇ、もう、すみません!
でも、私だって好きでここにいるんじゃないんです!苦情はあの駅員にお願いしますっ
「す、すみません、そそそ、うして貰えると、たた助かります」
このままだと朝方には凍死している自信しかないので、恥を忍んでお願いした。
セキロウさんが私の横になっている毛皮へ移動して、私をしっかりと毛皮に包むと、背後からすっぽりと抱き締めた。
あ、あったかー!
何でこんなに体温高いの?
筋肉のせい?
でも、ここの世界の人はこの極寒の夜も普通に越えて行くんだろうなあ…
「リンは…馬鹿なんだな」
耳元で囁いても反応がない。
「…寝たのか?」
馬鹿なやつだと思いながら、せっかくの据え膳を逃すつもりはない。
ここまでは大体、筋書き通りだからな。
「ただ、ここまで掻き乱されるのは予想外だが」
少し力加減を間違えば、折れてしまう細い首筋に顔を寄せ、月夜に淡く浮かぶ白い肌へ口付けた。
微かに甘さを含む瑞々しい花のような香りに誘われ、軽く吸い付くと簡単に赤い跡が付く。
その様を見て、身体の奥に小さな火が灯ったのを自覚する。
毛皮の合わせから手を忍ばせ、小振りな胸へ触れた。
「う、あ…ぅうぅ…こ、ろさ、…で、
違う……わ…たし」
「……ちっ」
リンの苦しげな寝言に舌打ちした。
興が覚めた俺は、仕方なくその弱すぎる身体を抱き込み、凍えたリンの両手を片手で握りこむ。
柔な手と小枝の様に細い指に、こんな作りで良く生きて来られたなと呆れながら。
すると、リンの細い指が俺の指を握り返してきた。
「…っ…
つい声に出してしまった。
こういった感情を抱くのは予想外だった。
けれど、水浴びの時に見た龍珠としてのリンの美しさに見惚れ、俺を探して見付けた時の泣き笑いの顔を見て素のリンに心を動かされた。
この俺が心を動かされるなど、いつ以来だろうか?
不思議と不愉快さはなく、寧ろ快い位だ。
俺はリンの頬に自分の頬をそっと擦り寄せ、目を閉じた。
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