第六焼 勇者の苦悩と涙

 焼き鳥をエフィに振舞う。黙々と食べ始める。お腹が減っていたのだろう。用意した焼き鳥を食べ終わったエフィは深々とため息を吐いた。しばらくすると鼻をすする音が聞こえて来た。テーブルに涙が落ちるのを見て、慌てて視線を逸らした。


 やがて落ち着いたエフィが話し始める。


「わたしは勇者失格だ。魔王を倒すのは容易いのに、世間の目が怖くて倒しに行けない」

「なぜ」

「わたしが石鹸を開発したことは知っているよな」

「ああ」

「あれのせいで、人の魔力が弱まっていると言う噂を聞いたんだ」

「なに?」

「石鹸は、手に付いた汚れだけじゃなく、穢れを洗い流しているらしい。手の穢れを洗い流すと言うことは、手に付いた穢れが食物を通じて体内に取り込まれることがなくなるわけで、つまりは使える魔法のレパートリーや魔力が少なくなることに繋がるらしいんだ」

「へえ。まあでも、それはそれ、これはこれだろう? 魔王を倒したら賞賛されるって」

「そうだろうか。魔王を倒すってことはつまり勇者じゃなくなってしまうってことだろう?」

「そりゃそうだが」

「前世ではロックバンド……吟遊詩人をしていた。当時は持て囃されたけれど、一般人に戻ったらそれは終わった。カッコイイって言うのは音楽家のわたしに対して言っているのであって、わたしに対する評価じゃなかったんだ。今も同じだよ。勇者エフィがエフィになったらどうなるのか、考えただけで怖い」


 まさかエフィにこんな一面があったとは。


「クリエとスティナにはなんて?」

「まだ言ってない。魔王を倒すにはヤキトの力が必要だからと一人パーティを抜けて来た」


 目の前にいるのは勇者でもなんでもないただの少女だった。勇者だからと言って心が人でなくなるわけではない。それなのに人が背負うにはあまりに重い責任を背負わされて、悪い噂を流されて、なんだか理不尽に思えた。


「自由にしたらいい」

「え?」

「悔しけりゃお前らで倒せって言っちまえ。民衆は自分が弱いことを理由にしてなにもやらない。誰か一回でもエフィのこと助けてくれたか? 援助もなしに早く魔王を倒せなんて、虫が良すぎるだろう」

「そんなの許されるかな」

「クリエとスティナに話してみろよ。仲間だろ? 二人は真面目だから、お前の言い分を不純だと言うかもしれない。でも、同時に悩みを一緒になって真剣に考えてくれるはずだ。俺はパーティを抜けた身だから決定する資格はない」


 仲間だからこそ言えないことだってある。信頼を裏切りたくないから。その点俺は、一回裏切っているから言いやすいんだろう。


「ありがとう。全部自分で解決しなければいけないように感じていた。相談してみるよ。ごちそうさま。美味しかったよ」

「エフィが教えてくれたタレのおかげだよ」


 彼女は笑って店をあとにした。帰り際、口の周りにタレが付いているのを教えてやると、舌を出して唇の周りのタレをペロンと舐め取った。「やっぱり女の子だな」と思った。

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