第七焼 お前が言う些末
レムとはいつも一言交わしてからそれぞれの仕事に入る。
「自己犠牲を薦めるわけじゃないんだけど、誰かを守ると言うのは、良いことだよ」
昨日のエフィとの会話のことを言っているのだろう。
「でも、誰にも理解されないこともある。レムだって子供を助けたのに村人に疑われた」
「そだね。でも、命を救えたと言うことは変わりないし、それは自分を形作る大切な柱になってくれるんだよ。誰にどう評価されるかなんて、些末だと思うなー」
それはその通りなのだろう。だが、その正論はあまりに鋭利で、昨日のエフィの弱音をバッサリ斬り落とすような言葉に聞こえて、良い気はしなかった。
「人間は、そういう些末な評価や損得に踊らされる生き物なんだよ。レムみたいに、真っ直ぐ生きられねえこともある。でもそれのなにが悪いんだ。親父は先祖が勇者パーティだったって理由だけで魔法ばかりをやってそのせいでうちは貧乏だった。商才のない親父は、魔法は使えてもそれをどうやって人の役に立てて金を稼ぐかなんて考えたこともなかった。魔法の先生としての仕事は薄給だった。そりゃそうだ。魔王が封印されて100年。危機感もなくなるし、誰かを傷付ける野蛮な攻撃魔法なんてみんな覚えたがらない。その上親父はそれらを棚上げにしていつも魔法の強さを自慢していた。嫌われ者だったよ。母さんも愛想をつかして出て行った。俺も出て行きたかったが、生憎魔法しか教わってこなかったから、一人で生きていくすべを知らなかった。お前が言う些末なことから全部目を背け続けたのがうちの親父だ。ゴーレムなら立派なゴーレムになれるかもしれないが、人間は嫌われて貧乏になるだけなんだ。知りもしないやつが横から正論振りかざすなんて、随分卑怯な正義だぜ」
一気に吐き出した。酸欠で最後の方は声が震えていた。
レムは固まったまま押し黙り、それから踵を返す。
「ごめん」
それだけを言って、寂しげに洞窟の奥へと歩いて行った。
俺は気持ちを切り替えて自分の仕事をするために洞窟の外へ出た。薪を拾っているうちに、だんだんと冷静になり、レムに八つ当たりをしてしまったと反省した。
魔物も強くなってるようだし、薪拾いは早めに切り上げてレムの手伝いに行こうかな。
洞窟に足が向かうともう、レムに謝りたくて仕方なくなっていた。
レムが戦っている音を頼りに歩を進める。歩幅が広くなり、歩調が早まる。なぜかって、どう考えても鳥型の魔物を相手にしている音じゃなかったからだ。戦闘が激し過ぎる!
奥の広間に行くと同時にすぐ横の壁になにかが吹っ飛んできた。
「レム!?」
それはレムだった。体の至る所に欠けやひび割れが見える。
レムが吹き飛んできた方向を見ると、巨大な鳥型魔物が居た。洞窟の中でも天井の高いここで、頭が天井につきそうだ。体長5メートルはくだらない。その上、禍々しい穢れを感じる。こんな化け物に一人で挑むなんて無茶だ。
「大丈夫か!?」
「うん……」
そう言って立ち上がろうとするが、膝が震えている。とても戦えるような状況じゃない。レムはこの事態を予見してくれていたのに。俺が店を続けたせいで、彼女はこんなに傷付いた。
俺は巨大鳥を見上げる。
「てめえに可食部はなさそうだな。“
俺は頭上で手を叩き、降ろして肘の高さで止め、指を立てる。左右計十本の指に炎が灯る。その一つ一つが爆炎だ。それを前方に突き出すように振ると、炎は巨大鳥に向かって一直線に伸びていった。鳥は羽を広げて風を送ったが炎がうねるだけで軌道は変わらない。巨大鳥はなすすべもなく焼かれ、5秒と立たずに消し炭になった。
俺はパンパンと手を叩いて手についた煤を払った。
それから振り返る。レムは足を震わせてはいたが、なんとかまだ生きて居た。
「ヤキト、すごいね」
「魔法だけは超一流だからな。親父に感謝しなきゃだな。ここを出よう」
「……ダ……メ……」
「レム……?」
レムの顔を見ると、いつもは黄色い光のような瞳が赤く発光していた。
「ニ……ゲテ……」
レムの欠けやひび割れへと、黒い
この
俺は出口を目指して走り出した。このままレムを見捨てることはできない。だからと言って助ける手立てはない。誰かを頼らないと。
入り口まで来て、土魔法で洞窟を塞いだ。ダンジョンの魔物となったら外には出られない。が、焼鳥屋に来た客のために入口を閉ざしておく必要性があった。
改めて考える。レムを元に戻す方法。それは一つしかない。
「魔王を倒すしかねえ」
魔王を倒せば穢れは消える。穢れが消えればレムは元通りになる。
だが、エフィがやってくれるとパーティを抜けた俺が今さら、魔王討伐にうしろ向きなエフィになんて言うんだ。結局俺も民衆と同じじゃないか。
いや、今は考えるな。大切な相棒のピンチなんだ。相談してダメなら俺が倒す。エフィに恨まれるかもしれない。でも、そんなことは些末だ。俺は俺が助けたいやつを助ける。
エフィが行った方角に向かって走り出す。走るだけじゃあ追いつけない。風を足に纏わせて歩幅を広くしていく。走りからジャンプに。そのジャンプの高度を上げて行く。一歩が家一つを飛び越えるほどの高さと距離だ。移動用風魔法の中でも最高のもの。
ああ、これもう下痢確定だな。
腹部への思いやりを捨てて、飛んで飛んで飛びまくった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます