人魚と交渉
翌日、警察に通報した後、あいつらは≪光の剣≫と共に消えたらしい。不思議なことに通報を受けたパトカーは何も覚えていないらしい。目下、捜索中らしい。一気に十人強が消えたが、そこは川島クオリティ。新聞でも小さく一面に載っているくらいだった。
ネットでは≪光の剣≫がいなくなったことで、大騒ぎになっていた。掘れば掘るほど悪いことをやっていたと発覚した。
面と向かい合ってみた感じ、あいつらからは邪気しか感じなかったし、当然だろうと言う気持ちが占めていた。
それよりイレーナだ。俺が寝ている間に部屋に戻ってきたらしい。今日は少し寝坊してしまった。時刻は10時を回っていた。
「おはようございます」
「お、おはよう」
一瞬感情のない表情で見られた気がした。だけど、すぐにいつものイレーナに戻ったので、俺は勘違いだと思うことにした。
「いつ頃戻ってきたの?」
「丁度一時間くらい前ですよ。イルカさんの怪我が治ったので、
「そうかぁ・・・それは良かった」
一安心。あんなクズ共のせいでイレーナの友達がいなくなったら俺も辛かった。
「さて、川に行くか。あ、でも、さっきまで水中にいたから必要はないのか・・・?」
「いえ!行きましょう!川デー「ピンポーン」・・・誰でしょう?」
「イリスじゃないか?」
俺は扉を開けた。しかし、そこにはイリスではなく、石川のおばあちゃんがいた。
「おはよう、あっくん。ちょっと家に来てくれるかしら?」
「あっ、はい、構いませんが」
俺とイレーナは互いに顔を見合っておばあちゃんに付いていった。イリスも聞き耳を立てていたらしく、ついでに付いてきた。
●
「「「「すまなかった!」」」」
「顔を上げてください!」
俺は石川家に着くなり、いきなり土下座された。近所の人、馬鹿息子の親が俺に向かって一斉に土下座してきたのだ。当然、俺はやめるように言うが、
「いや・・・淳史君に迷惑をかけたのはわしだ。あんな馬鹿息子に町長の跡を継がせたばかりに・・・」
「わしもだ・・・」
「三人とも、本当に申し訳なかった・・・」
「愚息が迷惑をおかけしました・・・」
こんないい親の下になんであんなクズが生まれてきたんだろうか。昨日までは親を責めるようなことを思ったが、そんな気持ちはなくなった。
「イレーナちゃんもごめんなぁ」
「不快な思いをさせて本当にごめんなさい・・・」
「イリスちゃんもにも迷惑をかけてしまって重ねて申し訳ない・・・」
口々に謝罪を受ける。イレーナとイリスにも地に頭を付けて謝っていた。
「もう気にしてませんよぉ」
「私もですよ。罪を償ってくれるなら、私たちとしては何も言うことはないですよ」
イリスの言葉におじいちゃん連中は苦々しい顔をした。
「それがあの子たち、行方不明らしいの・・・」
「え?」
イリスは知らなかったのか。俺はNintubeのコメントに≪光の剣≫のことが書いてあったから知れた。新聞でも取っていなければ知ることはないのかもしれない。
「絶対にどこかに潜伏しているわ」
「罪は絶対に償わせるから、ちょっと待ってておくれ」
「わしらもだ。これは親の責任でもある!」
行方不明・・・
イレーナを見るがさっきから、ニコニコしているだけだった。
「わしらにできることならなんでもする!償いをさせてくれんか?」
哲夫さんはさっきから一度も頭をあげない。普段、無口な哲夫さんがこんなに雄弁になっている時点で俺は満たされている。俺はイリスを見るが、イリスも俺と同じだった。イレーナは
「それなら私のお願いを聞いてもらえますかぁ?」
「お、おい」
「ああ、なんでもいっておくれ!」
イレーナがまさかの要求。
「う~ん、説明するには本当の姿を見せた方がいいですねぇ」
「本当の姿?」
すると、いうやいなやイレーナは人魚の姿になった。まさかここでネタバレをするとは思わなかった。おじいちゃん連中はみんな驚いて口をパクパクしている。
「私、見ての通り、人魚なんですよぉ」
「そ、そうだったのねぇ。驚いたわぁ」
みんなヒレを見ていた。そりゃそうなる。
「・・・それでお願いというのは?」
「焦らないでください、おじさま。まずはこれを見ていただきます。テレビを借りますねぇ」
「手伝うわよ」
「ありがとうございます、イリスさん」
そして、俺の≪ガサガサあっくん≫の動画を見てもらった。どんな意図があったか分からないけど、みんな面白そうに見てくれたのは嬉しかった。
「どうでしたかぁ?」
「面白かったわ。そこの越辺川よね・・・?」
「そうです。私の力で川は海の性質も持つようになったんです。皆さんに届けていたサザエは川島産になりますねぇ」
「ほぉ・・・」
口々に感想が湧いてきた。自分の町がこんな風になっているとは思わなかったのだろう。それでも否定的な意見は全く出てこなかった。
「私からの要求はここからなんです。川を保護してくれませんか?」
「保護?」
「はい。配信をやっていると、どうしてもここが特定されてしまうことがあります。そういう人間の対処は私がやればいいのですが、行政がかかわってきたときに、私たちは本当に無力でした。おかげで私の友達も傷ついてしまいました」
イレーナの言葉には悔しさと怒りがにじみ出ていた。
「ですから、私からの要求はこうです。川の保護と沈黙。それだけです」
俺たちがやることを見逃せ。そして、何かあったら助けろというものだった。一方的過ぎるし、何よりもあの町長たちと同じようなことをしているように感じた。イレーナの怒りも分かるが、これはどうなんだろうか。すると、
「なんだそんなことか。もちろんだ。言われなくてもやろうと思ってたわい」
「「え?」」
イレーナと俺の声が揃った。
「哲夫さんが言わなかったら私が言おうと思ってくらいだわ」
「わしもだ」
「私もよ」
近所の人たちはみんな優しい笑顔でこちらを見てきた。
「イレーナちゃんもあっくんも私たちにとっては孫みたいな存在なのよ?だから、遠慮なく頼み事はいいなさい。できる限り力になるわ。いいわね?」
「は、はい」
イレーナもぽかんとしている。俺もだ。まさかこんなところで普段の行いが報われるなんて思わなかったなぁ。
「わしらも現役復帰だ。忙しくなるぞ、母さん」
「あらあら。いつになく雄弁ねぇ。貴方も」
「あっくんたちのために死ぬ前に一旗あげるかのぉ」
「馬鹿!あっくんとイレーナちゃんの子供を見るまでは死ねんわい!」
「そうねぇ」
あったけぇ・・・
もうダメだ。俺の涙腺が崩壊しそう。すると、隣にいたイレーナはもうドバドバだった。
「こんなに周りに恵まれるようになるなんて思いませんでしたぁ!ごめんなさい!もし断られたら、金銭を要求して二人で大西洋辺りに家を作って二人で暮らそうと思っていましたぁ!こんなあさましい私を許してほしいですぅ!」
「壮大すぎるやろ・・・」
ちょっと興味が湧いたが、ここまで良くしてくれるんだ。ここに残らない理由はない。それになんとなくだが、川島も変わっていく気がする。俺はイレーナに抱き着かれ、わんわん泣かれていた。
爺ちゃん連中もほっこりしていた。
一方、
「誰も、私に気が付いてくれないのね・・・ふふ、もういいわよ・・・」
どこぞのイリスさんが柱に向かってずっと泣いていたことはずっと無視され続けていた。
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