人魚と報復

「粗茶です」

「ふん、不味いな。客用に上等な茶を用意しとかんか。これだから最近の若いもんは・・・」


お決まりの文句。唾を飛ばして部屋を汚す男にそんなことを言われたくない。


部屋には俺と町長、イレーナとイリスがいる。二人を下品な視線で見ていたから、イリスの部屋にいるように言おうとしたが、


「お二人にもお話があるので、ぐふふ」


狙いが丸分かりだが、町長に嫌われたら何をされるかたまったものじゃない。二人には申し訳ないが俺の傍にいるように言った。


「それで何のようでしょう?」

「何のようでしょう?だと。全く、最近の若いもんは・・・年上を急かすんじゃない」

「すいません・・・」

「ふん、用というのはこれだ」


急かすなって言った瞬間に話し始めたんだが・・・って俺のチャンネルじゃん!


「最近、話題になっている≪ガサガサあっくん≫とはお前のことだろう?」

「は、はい、見つけていただきありがとうございます」


お前呼びにはムカついたが、この人は俺の動画を見ていてくれたらしい。もしかしたらファンで俺に声をかけてくれたのかもしれない。そうだとすれば多少の無礼も許せるものだ。しかし、


「勘違いするな。こんな木端なものになど興味はない。それよりも故意な環境破壊と町に許可を取らない漁業。それを近所に売っていたと。これは立派な犯罪になるんだよ」

「は?漁業ってうちは埼玉ですよ?一応、漁業関連の法律なんて調べましたが何も出てこなかったです。後、町には撮影の許可は取りましたし、近所には無償で配っているのでお金はとっていません。何よりも環境破壊なんてしていません!川の生態系は保たれています。人魚のイレーナの影響で海の性質も持つようになっただけです。だよな、イレーナ?」

「はい、そうです!」

「うるさい!俺がこの町の町長だ!つまり法律だ!俺が犯罪だと思ったなら、それは犯罪だ!」

「そんな馬鹿な・・・」


俺に論破されたら、すぐにキレだした。うちのちゃぶ台にひびが入っていたので後で弁償させてやりたい。そして、噂以上に酷い人間で俺は愕然とした。


俺が今住んでいるところは埼玉県でも絶妙な田舎として全く知られていない川島カワジマ町というところだ。埼玉のど真ん中に位置しているから地図で調べてみて欲しい。


『全く知られていない』というのは埼玉県民でもこの町を知っているものが少数派だからだ。その要因はいくつかあるがまずは駅がないことだ。


人身事故ナンバーワンを誇る東武東上線、群馬から東京に行くために通らざるを得ない高崎線、痴漢のために組織的犯罪が行われ、乗車数が滅茶苦茶多い埼京線。これらすべての電車が川島を避けて通るために必然、知られることがない。


そんなの大袈裟に言っているでしょ?と思う人がいると思う。だけど、事実だ。例えば川島には254という大きな国道が通っている。東松山から川越に行くときに川島を経由して通る道だ。これなら川越や東松山の住人が知るはずだと思うだろう。


しかし、残念なことにそんなことはない。なぜなら国道にある青い看板には川越━東松山としか書いていないからだ。川島など存在しないとされている。東松山や川越、その他隣接している五つの市町村は川島などないものとして扱っている。というか知らない。


賢明な方は川島インターの存在を思い出したかもしれない。しかし、ここにも大きな問題がある。越だ。この市のせいで川島は川越の属国、つまり、川越市の中にあると考えている人間が多いのだ。


一応、『都心に一番近い町』というキャッチフレーズを使っているが、車を持っていない人間にとっては駅まで最低五キロ以上チャリを漕いだりしなければならない超不便な町。


バスなど一時間に一本だ!


今では出生率が0.64で埼玉県内で一番子供が生まれない町という不本意な名前を俺が付けた。自称なのは仕方がない。


だって周りの人が川島を知らないから、自分で付けるしかないんだ・・・


そんな川島も昔は栄えていた。緑豊かで田んぼがたくさんあるので、米の名産地として知られていた。それを成し遂げていたのは前町長の石川哲夫さんの手腕のおかげだった。しかし、腰を痛めてからは息子である哲也に任された。


しかし、この男は自分の利益のために、川島に通るはずだった電車を通さなかった。米が地元の特産品だったから税収を減らしたくないというのが理由だったんだろう。そして、自分の収入を増やすために税金をどんどん高くしていった。


結果、川島には若い人が残らず出て行ってしまい、残ったのは昔からここにいたおじいちゃん連中。役所には甘い汁を吸っているだけの二世がのさばっている。


賄賂等の悪い噂も聞いているが、この様子だと事実かもしれない。


「それにイレーナとやらが人魚だと?はん、嘘をつくな!その女には足があるじゃないか!そっちの女にも足があるようだし、これはどういうことなのかね?」


この男、人の女の足をピンポイントで凝視していた。イリスも町長のことをゴミを見る目で見ていた。すると、イレーナが嫌そうにしながら答えた。


「・・・普段は人間に擬態しているんです」

「ほぉ、それならこの場で人魚に化けてくれんかね?」



狙いなど丸分かりだ。


「人の彼女に嫌がらせをしないでください」

「くっ、貴様、二度までも俺に逆らいおって・・・」

「あっくん・・・」


俺を睨んでくるが、俺としても彼女に嫌がらせをされて黙っているわけにはいかない。イレーナが俺の後ろに隠れる。


「まぁいい。話を戻すが、川の環境が保たれているという事実はお前の独断だ。そうだろう?」

「そうですが・・・」

「であれば、俺が自ら川の環境をチェックしてやろう」


本当は無視したいが、確かに環境云々の難癖をつけられたら、案内せざるを得ない。



「分かりました・・・」


俺は仕方なしにこいつらを案内した。


「ここか・・・」

「はい」


俺はガサガサの場所にまで案内した。本当に嫌だったが仕方がなかった。町長に逆らっていいことなどない。後でしっかり慰めるからイレーナとイリスには許してほしい。


すると、川に四十代から五十くらいのおっちゃん連中が集まってきた。


「町長!美女の水着が見れる場所ってここかい?」

「うお!べっぴんさん!」

「身体もムチムチじゃないか」


人の女と幼馴染にいきなり不躾な視線をぶつけてきたので俺の背中の後ろにかくまった。すると、ブーイングが起こった。俺は誰なのかと視線を送る。すると、


「地元の有力者たちだよ。君たちのことを言ったらすぐに駆けつけてきた」


不快を通り越して、最悪だ。というかこんなのが町の有力者たちなのか。二世が多いと聞いたけどこんなのがたくさんいたら、終わるわな。すると、町長が俺・・・というよりもイレーナとイリスに言ってきた。


「さて、サザエが獲れるかどうかを確認させていただこうかな。後、イレーナとやら。お前も人魚になれ」

「あんたたちが環境保全をするのにイレーナの肌を見せる理由はありません。さっさとやってください」

「お前、ここでうまい物が獲れてるのだレのおかげだと思っているんだぁ?」

「ガスを止めるぞぉ?」

「なんなら逮捕しちゃうか」

「そりゃあいい!ここの不良警官はひでぇもんだ」


酷い町だ。長らく外界と関係を断っていたからこんなになってしまったのだろう。正直、このクズ共には百人集まられても負ける気がしないけど、権力を握られているのがだるすぎる。すると、イレーナが俺の服を引っ張ってきた。


「私が人魚だって証明すればいいんですよね?でしたら、証明しますよ」

「なっ」


俺が反対する前におおーと歓声が沸く。ゲス共の視線がすべてイレーナの足に向かった。


「物わかりがいいな。お前の彼女は」


俺の方を見て町長がにやりとしている。そのスーツにカメラが内蔵されているのもしっている。だから、いやだったのだが、イレーナが覚悟を決めたなら仕方がない。


「そ、それじゃあ人魚になるシーンを」


そういってカメラを構えるゲス共。俺がぶっ壊してやろうと思っているとイレーナが再び止めてくる。そして、


「私を捕まえられたら見せてあげますよぉ?体の隅々まで、ね?」


そういってイレーナは川に飛び込んだ。服を着たまま突然飛び込んだものだから、ゲス共も固まっていた。そして、川から顔を出したイレーナは笑顔でこっちを見ていた。


「は~い、皆さんのお待ちかねの人魚のヒレですよぉ」


そういって下半身の魚の部分だけを俺たちの方に振って見せた。


「良く見えんなぁ。もっと近くに寄ってくれ」

「上半身が水で隠れとるぞお!」

「身体を見せろ!」


もう環境保全とか意味ないじゃん・・・


すると、イレーナが笑って言う。


「私を捕まえることができたら好きにしていいですよって言ったじゃないですかぁ?水が怖いんですかぁ?」

「なんだとぉ?」

「捕まえたるわ!」

「約束守れよぉ?」


そういって川で全裸になるゲス共。イリスはその光景をみて吐き気を催していた。


「醜いわね・・・」


すると、がりがりで自分のことしか考えてなさそうなチー牛が声をかけてきた。


「お嬢ちゃんも水着を見せてくれんか?なんなら色をつけても」

「お断りします」

「ちっ、後で後悔するぞ?」


そういって川に入っていった権力者の一人。すると、我先にと川に入った町長が何かを発見した。


「サザエだ。本当にあったのか」

「なに!?サザエだと!?」

「本当だ!たくさんあるぞ!」

「それだけじゃない!マグロらしきものまで泳いでいる!」


すると、男共がイレーナをそっちのけでサザエや海の幸を乱獲し始めた。海の幸が川で獲れるときの気持ちはよくわかる。


「ふふふ、皆さんでここを漁港にしませんか?そうすれば私たちの懐も潤いますし」

「そりゃあいい!埼玉のサザエなんて物珍しい物だったら言い値で売れますからねぇ!」

「俺も乗るぜ町長!」

「私もだ!」


すると、俺の方を見てきた。最初からこの場が儲かると思って連れて来させたのか。本当に憎い町長だ。申し訳ないけど、哲夫さんに文句を言いたくなる。


「あれぇ?みなさん私に興味がないんですかぁ?」

「なっ、おい!」


せっかくイレーナから視線が逸れていたからどう逃がそうかと考えていたのにイレーナがわざと呼んでいた。


「あっそうだった!サザエは後でとれる。それよりもイレーナちゃんをチェックしなければ!」

「そうだな。みんなで捕まえてその後は・・・」

「お前警官なのに悪いやつだなぁ。まぁ見なかったふりというやつで」

「おらお前ら!中年になって体力が亡くなったんかぁ!?」

「何をぉ!」

「わはは、俺も混ぜろ!」


イレーナめがけて一斉に男共が群がる。もう我慢の限界だった。イリスも≪霧時雨≫に手をかけている。俺もトライデントを準備する。持ってきておいてよかった。しかし、イレーナから俺に向けて口パクがされた。


「『手を出さないでください』だって・・・?」


俺は目を疑ったが、イレーナは手を出すなと言っている。


「ほらお嬢ちゃん。人魚のヒレとやらを見せておくれ」

「お前まだ言っているのかよ(笑)人魚なんているわけがないだろ?田舎には若い女がいなくて退屈だったから楽しみだぁ」

「この子を犯したら後はあの男を片付けて、隣の女も」

「ふふ、追い詰められちゃいましたねぇ」


まさかイレーナ、輪姦に目覚めたわけじゃないよな!?俺じゃ満足できずにほかの男に!?だとしたら俺はどうすればいいんだ!?


が、その心配は杞憂だった。イレーナは深い笑顔になった。


「私、釣りの才能がないって思たんですけど、実は向いているのかもしれませんねぇ」

「どういうことかな?」

「下半身でしか生きていない愚豚共を逃げ場のないここにおびき寄せられたんですから、凄くないですかぁ?」

「あ?」


イレーナは能面のような無表情になった。遠目で見ていた俺も恐れるほど恐ろしい顔だった。そして、ニコッと笑顔になり、


「それじゃあ死ね、じゃなくて、半殺しですぅ。日本じゃ人を殺すと面倒らしいので痛い目見てくださいね☆」

「は?グハっ!」

「お、おい!?」


一人が何かに衝突された。すると、また一人、また一人と苦悶の声をあげながら痛そうな顔をしている。黒い何かがイレーナを中心に泳ぎ回っていた。


「あばらが折れた・・・」

「俺は足が・・・」


そういって何かに衝突されたやつらは川に沈んでいった。


「な、何が!?」

「逃げろ!」


理屈は分からないがイレーナが何かしたということを理解したのだろう。男共は一目散に岸に向かって泳ぎ始めた。しかし、


「人間ごときがの遊泳速度に勝てるわけがないでしょう?馬鹿なんですかぁ?」


イレーナの周りに泳いでいるのは魚、正確にはイルカだった。イレーナのすぐそこにはいつも仲良くしているイルカがイレーナに寄り添っていた。


「来てくれてありがとうございますぅ!私がやると殺しちゃうので、手を出せなかったんですよぉ」

「キュ!」


イルカが逃げ惑う有力者たちに頭突きをしている。イルカとの衝突は軽く骨が折れるレベルだ。そこらの権力者が耐えられるものではない。


「な、なんでイルカが!?」

「逃げろ!」

「クソ、岸まで遠い!おいお前!助けにこんか!」


町長たちから俺とイリスにSOSがなされるが、俺とイリスは運が悪いことにイヤホンで音楽を聴いていたから気が付かなかった。運が悪いことにな。まぁ仮に聞こえていたとしても助けてやらんけどな。


「くそ!やってられっかああ!」

「なんとかたどり着けたぁ!逃げろ!」

「俺を助けろ「逃がしませんよ?」グハ!」


町長にイレーナの友達のイルカの突進が当たり、そのまま岸まで吹き飛ばされた。他の川に沈没しかけていた有力者たちはイルカが拾ってテキトーに陸に投げ飛ばしていた。イレーナは人魚の姿を町長たちに見せた。そして、海神の姫の威圧感を持って、威圧した。


「私たちは静かに暮らすこと以上のことは求めていません。難癖つけて私たちを脅かそうとするなら、太平洋に沈めます」

「くっ、分かった。お前らには手を出さん!」


そういって町長は逃げていった。ケガをしたおっさん共が痛がりながら、イレーナを恐怖の視線で見ているのは気持ちが良かった。


「イレーナ、ナイスね!凄くスカッとしたわ!」

「ありがとうございますぅ!」


イリスとイレーナが仲良く手を取り合っている。二人とも汚い視線にやられていたから、腹が立っていたのだろう。だけど、


「あっくん、どうでしたかぁ?って、あっくん?」

「どうしたの?あーくん」

「・・・」

「あっくん?ってゥプ!?」

「なっ!?」


俺はそれどころじゃなかった。イレーナがフリだったとしても、汚い男共に囲まれた。その姿を見た時に言い知れぬ不快感が湧いてきていた。端的に言うと、イレーナへの独占欲が増していた。そして、唇を離した。


「はぁはぁはぁ、あっくぅん?」

「・・・帰るぞ」

「え?あっ、はぁい」


イレーナはとろんとした瞳で俺の方を見て、俺の肩に頭を預けていた。普段は搾り取られている俺が今日だけは俺からしたくなっていた。


「今日は覚悟してな」

「ふふ、あっくんから攻められるなんて夢のようですぅ」

「・・・もしかして計算してた?」

「いいえ~?」


その笑顔で誤魔化されるが実際はどうなんだか。まぁいいや。早く家に帰ろう。イレーナと俺は仲良く家に帰り、深く愛し合った。


「凄いでしゅぅ・・・」


イレーナがぐったりとしている一方、イリスの部屋では


「ねぇ知ってる?あーくんが味わったその気持ちを私はいつも味わっているのよ?」


イリスは≪霧時雨≫を磨きながら刀に話しかけている。しかし、


「なのに何なのこの気持ちは・・・イレーナとあーくんが深く結ばれるたびに湧き上がるこの気持ちはなんなのよぉ・・・」


涙を流しながら興奮しているイリスは完全にそっちの顔だった。



「クソ!あいつらめ!町長に逆らったことを後悔させてやる!イタタタ」


夜の最中に腰を痛めた豚が復讐に燃えていた。

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