人魚と町長
「いい天気だ」
俺はバサッとカーテンを開けて日を浴びる。朝日を浴びるのは気持ちいい。軽く伸びとストレッチをして、お湯を沸かす。
「んにゅ~おはようございますぅ~」
「おはよう」
眼をごしごしとしながらイレーナが目覚める。イレーナは目覚めがそんなによくない。だから、幼児のような目覚め方をする。その姿を見るのが俺のひそかな楽しみだ。
「はっ!今、性欲スイッチを押された気がしました!」
「押してないよ?」
イレーナがかっ眼を開く。性欲スイッチってなんなのという疑問は一度、脇に置いておこう。このまま搾り取られたら体力が持たない。朝食を食べて、網を持つ。そして、今日は新しい道具を使おうと思う。
「行こうか」
「はい!」
「遅いわよ」
「ん?」
イレーナと俺が部屋のドアを開けると、イリスがいた。既に水着も下に着ていて、準備万端だったらしい。
「おはようございます」「おはよう」
「おはよう、イレーナ、あーくん。今日は私も一緒にいくわ」
「そうか。最近、イリスの部屋からうめき声が聞こえるんだけど、大丈夫なのか?」
「だ、だれのせいで!はぁはぁ」
「お、おい?本当に大丈夫なのか?」
イリスが俺とイレーナを見た瞬間に頬を紅潮させて悶えだした。明らかに呼吸も乱れていて俺は心配になるが、イリスは大丈夫だと言っていた。ただ、俺がイレーナと腕を組んだり、恋人らしいことをすると、止めに入るよりも先に、苦悶の声をあげるようになっていた。
ちょっと心配だが、イレーナが
「目覚めさせちゃったのは私なので、責任は取ります・・・」
申し訳なさそうに言っていたので任せることにした。
●
「おはようございます。今日も元気にガサガサしていきたいと思います」
”おはよう”
”寝坊しかけたが、根性で起きた”
”目覚まし時計を三個くらい置いて、五分おきに鳴るようにしたら起きれるようになった”
”それ採用”
”ギリセーフ!おはよう!”
”今日はイリスちゃんも一緒か。修羅場期待”
朝だというのに、配信をはじめて一分ほどで百万人くらいが見てくれていた。
「最初にガサガサをすると言った手前申し訳ないのですが、今日はこれを使って、生き物を捕まえていきたいと思います」
”おお!釣りか”
”何が釣れるんだか”
”ヤバいのを期待”
”配信で釣りはリスキーだろ。釣れなかったらどうするねん”
”その時はイレーナ×イリスのイチャイチャを堪能させていただきましょう”
”あっくん×オスの同人誌はまだ入荷されないんですかぁ!?”
最後のコメントは見なかったことにした。そして、俺はイリスとイレーナに釣竿を渡した。今回は二人とも同じやつだ。前回みたいな取り合いになったら、めんどいから。二つとも全く同じやつだ。これなら諍いは起きないだろう・・・
と思っていました。
「あっくん!なんでイリスさんと同じやつなんですか!妻への特別感が感じられません!」
「ようやくイレーナと同じ土俵にたどり着けたわ。あーくんが私のモノになるのも時間の問題ね」
どうすればいいねん・・・
俺は二人を無視して、釣り針に餌を張り付けていた。えさは余りのリュウグウノツカイを切り身だ。餌がレア素材過ぎて何が来るか分からないが大物が来て欲しい。
”進むも地獄、行くも地獄か・・・”
”あっくん、ドンマイ”
”今回はイレーナさんが可哀そうやろ。彼女は大事にしないとダメだって”
”イリスちゃん頑張れ!ゴールはすぐそこだぞ!”
●
俺はテトラポットに立って、ロッドを振り出した。川の真ん中あたりにぽちゃんと落ちたので、イイ感じに大きい生き物が釣れるかもしれない。
イリスはテトラポットの穴と穴の間に釣り糸を垂らしている。流石は経験者だ。ガサガサと同じで障害物の下には生き物がたくさん潜んでいる。運がいいと竿を垂らした瞬間に生き物が獲れることがある。
イレーナはイルカの上に座って釣りをしている。楽しそうだが、
「これは食べ物じゃありませんよぉ!」
「キュ」
イルカが餌を食べようとしているみたいで苦戦しているみたいだ。
まぁ三者三様でいいこっちゃ。みんなが同じところで釣っても面白くはないからな。
”イルカがいることに驚かない自分が怖い”
”イレーナちゃんとイルカの絡みも癒されるなぁ”
”俺もイルカになりたいよ”
”わいも”
”わいはあっくんの竿になりたい。変な意味じゃないよ?”
”変な意味以外でどう解釈すればいいんだ?”
「あっ、来たわね!」
イリスの竿に反応があったらしい。ドローン型のカメラの設定を釣れた人に照準を合わせるようにしておいた。こんな細かいところまで設定できるなんて高いけど買った甲斐があったものだ。
「中々大物の感じがするわ」
「おお!手伝わなくていいよな?」
「ええ、大丈夫・・・やっぱりきついわね。腕が折れちゃいそう(棒)」
「釣れてるぞぉ?」
”メガロドンを輪切りにできる女の子が魚ごときを釣れないわけがないだろうが(笑)”
”あっくんと絡みたい気持ちが滅茶苦茶伝わってくる”
”きぃ!リア充爆発しろぉ!”
”俺のあっくんに手を出すんじゃねぇ!”
イリスがニゴイを釣った。中々デカい。ポケットに入れておいたメジャーを使って測るが中々デカい。六十センチある。
「中々じゃないかしら?」
「この辺りの主だったのかもしれないな。流石イリスだ」
「ふふ、惚れ直してもいいのよ?」
「ごめん、俺はイレーナ一筋だわ」
「ふぐぅ、はあはあ」
”普通に大物だけど、謎のガッカリ感”
”盛り上がるところなんだけど、普通だよな”
”それよりあっくん辛辣”
”イリスちゃんの様子が変じゃない?”
”変なものでも食べたのかな?”
朝からイリスの様子がおかしい。風邪でも引いたんじゃないかと心配になる。
「イリス・・・大丈夫か?」
「え・・・ああ、大丈夫よ!ちょっと興奮しちゃっただけだから!」
「?そうか」
その割には頬の赤みが消えない。
”まさか目覚めた・・・?”
”あっくん、罪な子!”
”恋敵と好きな人がイチャイチャしてるのを見て冷静でいれるわけがないよな”
”イリスちゃん、茨の道すぎるやろ・・・”
目覚めたって何にだ?
「あっく~ん!」
「ん?」
俺の疑問を遮るかのようにイレーナがこっちに手をぶんぶん振ってくる。イルカに乗ってこっちに来た。普通に俺も乗りたい。
「どうした?」
「全然釣れないですぅ。魚じゃなくてゴミしか取れないのですぅ」
「それは残念だなぁ」
「本当ですよぉ。見てください」
「え?」
そういってイレーナが陸にあげたのは大きな箱だった。しかも、それはよく物語で見るような典型的なやつだ。
”宝箱!?”
”魚じゃないけど、ヤバイのを釣っとるやん(笑)”
”イレーナさん、釣りのセンス抜群だぁ”
”いや、空の可能性もあるんやで”
箱の淵の部分が金でできている。それだけでも数十万はありそうだ。これは中を開けるのが楽しみだ。
「これって鍵付きか・・・」
困ったぞ。ピッキングの道具なんて持ってきていない。すると、
「どいて頂戴」
イリスが隣に来て、愛刀の≪霧時雨≫を鞘から出して、箱を横薙ぎに斬り裂いた。
「中身を斬った感触はないわ。見てみましょう」
「お、おう」
ゴリ押しだけど、まぁいいか。俺はドキドキしながら、中身を見る。しかし、
「何も入ってないか・・・」
「そうね・・・」
「ですから、ゴミって言ったじゃないですかぁ」
イレーナは中身を知っていたわけね。言ってくれよとは思わない。開けて見たくなるのは人間の性だもの。
”まぁがっかりだけどこんなもんやろ”
”ちょっと期待してたから残念”
”今日は少し滑ってるなぁ”
”埼玉の川に宝があると思うのが既におかしいやろ”
俺とイリスはがっかりしながら、自分の釣竿の元に戻っていくと、俺の糸がビンビンに張っていた。
「これは大物だ!」
俺が本気で引っ張り上げても中々釣れない。むしろ俺が川に落とされそうになる。
「なんでしょうね~」
「あーくんが持ってかれるなんて一体なんなのかしら?」
「そう思うならどいてくれ!」
俺の背中にイリスとイレーナがくっついていた。幸せな感触に理性が吹っ飛びそうになる。俺は本気で川の中に連れてかれそうになったので、トライデントを使うことにした。これで力が何倍にもなるんだから、流石に負けない。
「うおおおおおお!」
俺がリードを奪い、そして、そのまま持ち上げた。そして、そいつが姿を現した。、
「シロナガスクジラだぁ!」
”ついにクジラが来ちゃったよ(笑)”
”クジラを独力で釣り上げるあっくんの筋力”
”川の中どうなってんの(笑)?今度ダイビング動画を求む”
”ここは一体どこなんだよ!いや、埼玉なのはわかるんだけど、どこだ!?”
”全く見つからん。この川って存在してるんか?”
”こんなに見つからないのも不思議だよなぁ”
全長二十メートルくらい。哺乳類最長の生き物が釣れちゃったんだから凄いよなぁ
「もう驚かないって決めていたけど、流石に開いた口が塞がらないわね・・・あーくんもクジラを釣り上げるなんて凄いわ」
「流石あっくん!クジラですら、持ち上げちゃえるようになったんですね!」
二人からは賞賛を受ける。素直に嬉しい。そして、時計を見るといい時間だった。
「それじゃあ今日の配信はここまでです。良かったらチャンネル登録と高評価のほど、よろしくお願いします」
俺はいつも通りの挨拶をして、今日のガサガサを終わりにした。
●
「なんてことを言いふらしてるんですか!」
「私は事実を言ったまでよ」
「一から百まですべて嘘だったじゃないですか!」
今日はご近所さんへのおすそ分けをイリスも伴って行った。当然町の住人はイリスが誰なのかと気になる。だから、イリスが自己紹介をしたのだが、
「私はあっくんの本当の婚約者です!これからも末永く夫共々よろしくお願いします」
などと丁寧におっしゃってくれた。イレーナは当然怒る。そんなことをサザエを届けたすべての家に自己紹介したもんで俺はどうすればいいのか分からなくなった。しかし、近所の住民は、
「あっくんも隅に置けないわねぇ~」
「『英雄色を好む』というがあまりにも無節操だと嫌われるから気を付けてなぁ」
「わしも若い頃は・・・」
等々・・・色々言われたが、流石おじいちゃんおばあちゃんだ。大したことでは驚かない。だけど、田舎には独自のネットワークがある。娯楽の少ない田舎では、スクープがあるとすぐに広まってしまう。だから、俺たちのことはこの辺りの住人すべてが知っていると思っておいた方がいいだろう。
勘弁してください・・・
恥ずかしいのには中々慣れない。まぁ人の噂も七十五日というし、気にしないのが吉だろう。
「あっくん、うちの前に車がありますよ?」
「本当ね。高級車っぽいわ」
「誰だ?」
言われてみてみるとアパートの前に車が置かれていた。高級車っぽいがボロアパートの前で何をしているのかと気になる。すると、車から男が出てきた。
「ふん、やっと戻ってきたか」
不躾な文句を言いながら、出てきたのは小太りで頭が剥げている五十代くらいのおっさん。現れたのは町長だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます