人魚とご近所付き合い
俺とイレーナはいつもの川に行くために、土手を歩いていた。
イリスは今日は現れなかった。夜に酒を飲んでぐったりしているのだろう。その証拠にうめき声に似た声が夜の間ずっと聞こえてきた。イリスもあのブラックな会社で働き詰めだった。だから、たまにはこうやってぐっすり寝るのもいいだろう。
「お二人さん、おはよう」
「おはようございます」「おはようございますぅ!」
石川のおばあちゃんが前から歩いてきたので挨拶をする。
「今日も元気ねぇ」
「はい!今日も届けに行くので楽しみにしてくださいねぇ!」
「あらあら、イレーナちゃんが来てから、美味しいものが食べられるようになっていいこと三昧ねぇ」
「も、もぉ、ほめ過ぎですぅ」
イレーナと石川のおばちゃんが仲良く談笑する。俺も相槌だけは打っておく。年寄りのおばあちゃんおじいちゃんは話が長い。それを面倒だと感じるときもあるけど、近所付き合いは大事なことだ。
それにしては話が長すぎるけどな・・・
終わるまで三十分ぐらいかかった。
●
「今日も元気に配信をやっていこうと思います」
”おはよう、あっくん”
”ワクワクして寝れなかったわ”
”今日は何が獲れるんだろうね”
”これを見ながら出勤するのがルーティンになってる≪500≫
「スパチャありがとうございます。今日も珍しい生き物が見れるといいですねぇ」
俺は川沿いを歩いていく。ガサガサをやるにあたって狙うべきは木の根元と川が接しているところだ。木の根元には天敵を恐れて隠れている生き物が多い。
すると、丁度良い木が見つかった。根元が良く見えるのだ。しかし、
あれ?これはただの木じゃないな。
「普通の木だと思ったら、これはマングローブですね。淡水と海水の境目に生えていることが多いんですが、埼玉にもついに現れましたねぇ」
”もう驚かん”
”マングローブが埼玉に生えるわけがないんだよぉ!”
”いつまで騙されてるんだよ。沖縄とかで配信しているのを埼玉って言ってるだけだろ?”
”はいはい、アンチ乙”
「それじゃあガサガサをやっていきましょう。何かしら入ると思うのですが・・・」
俺は網を根元に押し付けてガサガサする。ちらほらと魚が逃げているのが見えた。これは数匹は入っていることが期待できる。十分すぎるほど、ガサガサした後、網をあげようとするが、
「お?少し重いな」
しかも網の中で暴れまわっている何かがいる。これは大物だ。ガサガサに限らないけど、大物を捕まえることが生物系ニンチューバ―の本望だと思う。俺は腕に力を入れて全力で引き揚げた。すると、その全貌が明らかになった。
「あっ、これは!リュウグウノツカイですよ!すげぇ!こんな浅瀬にもいるんですねぇ!」
”いないいないいない!”
”深海魚じゃん!”
”沖縄とか言ったやつ残念。浅瀬にリュウグウノツカイがいる海があるなら教えてくれ”
”衝撃的過ぎて草”
”なんで深海魚がマングローブの根元にいるんだよ(笑)”
網からはみ出すほどの大きさだ。生きている姿が中々見れないということで、ロマンあふれる深海魚として名を馳せている。俺は網から出そうとするが、大きすぎる。
「イレーナ!手を貸してくれ!」
「はぁい!」
友達のイルカとの遊びを中断してイレーナがこっちに来てくれた。そして、リュウグウノツカイの端と端を持って大きさを見せる。
「大きさは二メートルほどですね。これは後で刺身にして食べるのが楽しみです」
”貴重なリュウグウノツカイを食べるな(笑)”
”学会に提出してください!”
”サンプル買います!一千万で!”
”ていうか、メガロドンはどうしたんだ?”
”確かに。海坊主とかもどうなったのか気になる”
「ああ、それなら近所の皆さんでおいしくいただきましたよぉ?」
「美味かったなぁ」
「そうですねぇ。海坊主のステーキは海底でもよく食べていました”
”海坊主のステーキとかいうパワーワード(笑)”
”どんな味がするんだろ”
”メガロドンはどうなんだろ。フカヒレみたいな味がするのかな?”
”あっくん、俺たちにも食べさせてくれ!”
「それはまた今度ですね。いつか懸賞みたいなこともやってみたいです」
”『おおお!』”
一斉にコメントが湧いたが今の技術じゃ厳しい。海坊主とか保存方法が分からなくて、イレーナにすべて任せたけど、水系統の魔法を駆使していたため、俺には無理そうだ。そのあたりを解決したら売ってみたいものだ。
後はいつも通り、サザエなどの貝類を拾った。これでご近所さんにも配れるだろう。
「今日はここまでですね。ご視聴ありがとうございました。高評価とチャンネル登録お願いします」
”面白かった”
”マングローブとリュウグウノツカイは最高でした”
”仕事頑張ります”
”朝から楽しませていただいたお礼です。≪1500≫
”気持ちです。面白い動画をこれからもお願いします≪1200≫
最後に一礼して、動画の配信ボタンをオフにした。
●
俺とイレーナは川で獲った生き物を持って家に帰る。リュウグウノツカイは大きかったのでその場でイレーナが捌いて刺身の状態にした。
俺たちはその足で近所に川の幸を持って歩くのがルーティンだ。一軒ずつ、俺とイレーナは徒歩で回っていく。
「いつもありがとうねぇ。これ少ないけどお礼ねぇ」
「おお、あつくん、イレーナちゃん。馬で勝ったからあげるわい」
「イレーナちゃぁん!野菜が採れすぎたから持ってって!」
「丁度いいところに来てくれた淳史くん。ちょっとこれを運んでくれんかい?」
一軒一軒、大体引き留められる。みんな定年を迎えたおじいちゃんおばあちゃんたちだ。息子や娘たちは皆こんな田舎に興味がなく、成人すると同時にほとんどが出て行ってしまうらしい。俺からすると、勿体ないことをしていると思う。
「今日もたくさんもらい物をしちゃいましたねぇ」
「な。でも、ここまでしてくれると逆に申し訳なくなっちゃうんだけどなぁ・・・」
「そんなことありませんよぉ。皆さんがあっくんのことを好きだからモノをくれるんですよぉ」
「そうか?イレーナが好かれてるからだと思うけどなぁ」
両手に持ち切れないほどたくさんのモノを貰ってしまった。本当に一か月前とは生活が一変した。ここまで周囲の人たちに良くしてもらえているのはお世辞抜きにイレーナのおかげだ。俺は人づきあいが苦手で避けてきたからイレーナが来てくれて本当に助かってる。
「じゃあ間を取って私たちが好かれてるってことにしましょう!」
「はは、それはいいね」
のほほんとしていて田舎らしい。さて、最後の一軒に行きますか。もうお昼だし、お腹が減ってきた。
「石川のおばさま!さっきぶりですぅ!」
イレーナが元気よく武家屋敷に向かって声を出す。石川家はこの辺りの地主で大きな力を持っている。あまり評判は良くないが息子が町長をやっているというところで力を持っているのが分かるだろう。そんな家にアポもなしに普通に来ているのだから、人生何があるか分からんものだなぁ。
すると、屋敷の中から石川のおばあちゃんが出てきた。俺は頭を下げ、イレーナは手をぶんぶん振った。
「あらあら、さっきぶりねぇ。今日も届けに来てくれたの?」
「はい。少ないですが」
そういってサザエを差し出す。
「いつもありがとうねぇ。ちょっと待ってて頂戴。お返しを包むから」
「いえ、こっちが好きでやっていること何でそんなことをしてくれなくても・・・」
「若い子が話しかけてくれるだけでも、年寄りは嬉しいのよ。ちょっと待っててねぇ・・・って貴方。あっくんとイレーナちゃんが来てくれているわよ。顔を出してあげなさいな」
「・・・」
長い間町長を務めていて、カリスマ的な手腕でこの場所を発展させてきた。しかし、腰痛や年の関係で息子に町長を任せたらしい。
「こんにちは!おじさま!今日も元気そうですね!」
「こんにちは」
「・・・」
イレーナが元気よく挨拶して、俺も挨拶をするが反応がない。中々気難しい人なのだ。そして、俺を一回見て奥の部屋に入っていってしまった。
「はぁ、あの人ったら。あっくん、今日も付き合ってもらっていい?」
「はい、お安い御用です。イレーナはどうする?」
「私はおばさまと話してます!」
「そうか。じゃあちょっとだけ失礼します」
俺は部屋の奥に入った。すると、立派な将棋盤を挟んで、おじいちゃん、もとい、哲夫さんが座って待っていた。
「来たか・・・」
「はい。今日もお願いします」
「ふむ・・・」
俺と哲夫さんは将棋をする中だ。俺は付かず離れずで小学生の頃から遊んでいる。だから、中々強い方だと思う。哲夫さんが将棋をやるというのは偶然知った。だけど、驚いたのはこの哲夫さんの強さだ。
ボッコボコにされた後に、石川のおばあちゃんに哲夫さんが若い頃は五段クラスの実力を持っていたということを俺に教えてくれた。
そりゃぁ強いわ・・・
今まで一度も勝ったことがないからそろそろ一矢報いたいと思うんだけどなぁ・・・
「負けました・・・」
結局ボコボコにされて負けてしまった。マジで八十超えた爺ちゃんの実力なのかと疑ってしまう。
「筋はよくなった・・・」
「あ、ありがとうございます」
珍しい。自分から話しかけてくれることなんてほとんどないから、びっくりしてしまった。俺はもう一回礼をして、イレーナ達のところに戻る。
「あっ!終わったんですね!」
「ああ丁度ね」
「いつもありがとねぇ。あの人無口だからやりにくいでしょう?」
「そんなことはないですよ?」
『棋は対話なり』
という格言がある。無口な人でも盤を挟むと有言になるという格言だ。実際に話している回数は少ないが、哲夫さんは意外とおしゃべりだ。だから、哲夫さんとの間にある無言は苦にならない。
「ふふ、あの人が気に入るのも分かるわぁ」
何か変なことを言っただろうか。楽しそうに笑っている。
「さて、帰るか」
「はい!今日はリュウグウノツカイの味噌汁です!」
「それは楽しみだ」
「ふふ、仲が良いわねぇ。それじゃあまた「おい!帰ったぞ!」・・・はぁ、魔が悪いわね」
四十台くらいのおっさんの野太い声が聞こえてきて、おばあちゃんは溜息をついていた。そして、ずしずしと俺たちがいるところにまで入ってきた。頭のてっぺんが剥げていて、小太りな男だ。上等なスーツを着ていた。というかこの男を俺は知っている。
「俺が帰ってきたのに、なんで誰も迎えがいないんだ!?」
「うるさいわねぇ!今、お客さんをもてなしているところなのよ!」
「お客さんだと!一人息子で町長よりも大事な客が・・・ほぉ」
イレーナを見て態度を急変した。値踏みするような視線にイレーナは心底嫌そうな顔をして、俺の後ろに隠れた。そこでようやく俺に気が付いたらしい。舌打ちをしながら俺を見ていた。
「おい、町長がいるのに挨拶もなしか?これだから最近の若者は・・・」
キレそうになるが、俺は我慢する。こんなんでもこの町の町長だ。変なことをして住めなくなったら嫌だからな。
「ほれ、早く彼女共々、挨拶をしろ。後、彼女は俺の秘書にしてやろう、グフフフ」
「馬鹿言ってんじゃないよ!この愚息が!」
「なっ!町長に向かってなんて口を聞くんだ!このババア!」
なんだか仲が悪そうだ。うまくいっていないんだろうか。すると、
「哲也・・・」
「・・・ちっ、親父かよ・・・」
哲夫さんが現れると、さっきまでの勢いが消えた。
「俺はすぐに出る!町長なんてめんどい仕事を押し付けられたからなぁ。あ~忙しいったらありゃしない」
そういって消えてしまった。すると、石川のおばあちゃんが俺たちに頭を下げてきた。
「ごめんなさいねぇ。不快な思いをさせちゃって・・・」
「・・・いえ、お気になさらず」
本当だよといいたくなったがなんとか耐えた。俺たちはここに居づらくなったので、家に帰ることにした。
「あんなのがこの町の長だと思うと終わってますねぇ」
「そうだな。それより、ごめんなイレーナ。嫌な思いをさせちゃって」
「いえ、そんなこ・・・そうですねぇ嫌な思いをさせられたので、あっくんに愛してもらわないともうダメかもしれないですぅ(棒)」
「・・・はい」
あまりにも棒読みだったが言いたいことは分かったので俺は了承する。
お昼ごはんを食べてからにしてもらおう・・・
俺は喰われることが確定したので、せめてエネルギーを補給させてもらえるように嘆願することにした。
●
「イレーナ・・・そういうことか、グフフフ」
窓からあっくんとイレーナを舌なめずりしながら見つめる豚がいた。
その手に持つスマホには≪ガサガサあっくん≫のチャンネルが映っていた。
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