人魚とざまぁ時々修羅場
「遠い昔のように感じるなぁ」
俺は久しぶりにスーツ姿で会社に来ていた。一方的に会社をクビにされていたので、愛着など全くない。そんな俺がなぜ出社しているかというと、昨日の夜に山本から連絡が来たからだ。
『前原久しぶり。社長が退職金を払いたいらしい。ついでにイレーナも連れてこいだってさ』
どう考えても罠だろ・・・
あの超絶ドケチな社長が俺に退職金を払うわけがない。これは前原が考えた俺を会社におびき寄せる罠なのだろう。だとしても杜撰すぎる。これで騙されると思っているその思考が残念過ぎる。
何よりもイラついたのは人の妻を『イレーナ』呼びしているところだ。ここに関してはぶん殴ってやろうと思った。『さん』を付けろや、と。
この時点で狙いはわかった。大方俺のNinTubeチャンネルがバズっているのを見て、俺を復帰させたくなったんだろう。会社を知ってもらうために、外部の広告塔を使うのはよくある手法だ。最近はダンジョンニンチューバ―も増えていてインフルエンサーを使うという手法がトレンドだ。
当然断ろうと思ったのだが、隣で俺のスマホを見ていたイレーナが、
「くれるというなら貰いにいきましょう!」
と言われた。俺は当然渋る。しかし、
「あっくんを傷つけたやつらにやり返すチャンスなのです!あっくんは復讐したくはありませんか?」
そう言われては俺もやり返したい。社長と山本には煮え湯を飲まされた。脳裏に幼馴染の顔が浮かぶが同罪なら徹底的に潰したい。
「俺の屈辱をそのまま味合わせてやりたい・・・」
「その意気です!明日最高のショーを見せてやりましょう!っと、その前に・・・」
イレーナさんが俺を押し倒して上に跨る。
「え~とイレーナさん?なんで俺の上にまたがってるんですか・・・?」
「さっきあっくんが私のことで怒ってくれていたので、濡れちゃいました。我慢の限界ですぅ、はぁはぁ」
「・・・一回だけね?」
「ん~もちろんですぅ」
結局三時間以上愛し合うことになった。
●
俺が会社に入ると、人が待っていた。山本だった。笑顔で手を振ってきたので殴りたくなった。
「久しぶりだなぁ、前原」
「・・・久しぶり」
馴れ馴れしく肩を組んでくる。そして、エレベーターに一緒に乗った。
気色悪いから離れて欲しいんだが・・・
「最近、配信の調子がいいらしいじゃん。イレーナとも楽しくやってるみたいだな」
「そうだねぇ」
「いくらぐらい儲かってるん(笑)?」
「さぁ」
「ってかイレーナは?連れてこいって言ったよな?」
「そだねぇ」
「ちっ、舐めやがって・・・」
俺がテキトーに反応していたらさっそくボロを出しやがった。
一か月前の俺はこんなのと組んでたのか・・・
阿呆すぎる当時の自分をぶん殴りたくなった。
そうこうしているうちにエレベーターがオフィスの階にたどり着いた。
「あ」
「え?」
エレベーターが開くと、目の前にはイリスがいた。俺はまさかの再会に身体が固まってしまった。それはイリスの方も同じみたいだ。昨日復讐してやろうと思った相手が目の前にいて若干後ろめたい気持ちになった。
「ひ、久しぶりね、前原君」
「・・・久しぶり」
「よぉイリス」
一応挨拶をされたから俺も返しておく。山本もイリスに気心の知れた仲のように挨拶をしていた。山本のその挨拶を聞いて、イリスと山本が付き合っていることを思い出した。しかし、イリスは山本を見ないで俺の方をじっと見ていた。
「自己都合で退職したって聞いていたけど、今日から復帰なのかしら?」
「は?」
「イリス!前原と話すな」
自己都合?俺は会社でイリスからのセクハラの密告を受けて、辞めさせられたのだ。俺は怒鳴りたい気持ちになったが、イリスは本当に何も知らされていないような顔をしていた。しかも、俺が復職するかもしれないと期待の眼差しすらも向けられている。
可笑しいのは山本がしゃべっているのにイリスは一向に反応しない。
これが付き合っているカップルなのか?
すると、俺の疑問を遮るように奴がきた。
「やぁやぁ、前原君!よく来てくれた!」
「社長・・・」
「ん?イレーナさんはどこだい?一度挨拶をしておきたかったんだがな」
「イレーナは用事で来ませんよ」
「ちっ、まぁいいか」
こいつもイレーナのことを狙ってたのか・・・もう既に帰りたい。
「イレーナって誰?」って顔をしているイリスをよそに俺は社長に背中をバンバン叩かれながら、社長室に連れてかれた。
●
社長室には社長と山本、そして、俺のみしかいない。俺と社長が正面から向き合い、山本が右隣りに座っている。俺はもう帰りたいので、さっそく切り出す。
「山本に退職金をいただけると聞かされてきました。俺も忙しい身なので早くいただけませんか?」
「まぁまぁ前原君。そう焦るなって、まずはわしの話を聞いて欲しい」
「はぁ」
まぁ一応聞いてやるか。
「君を再び会社で雇ってやろう。どうだね?」
馬鹿なのかな・・・?
俺は退職金をもらってさっさと帰ろうと思った。
「もちろん君の給料は手取りで21万にしてあげよう。その代わりといっちゃなんだが、Nintubeチャンネルの≪ガサガサあっくん≫を譲ってほしい」
「そしたら、俺が引き継いでやるよ。顔も能力もある俺がやったら、再生数は今よりも伸びるだろうからな。美男美女が配信した方が視聴者のためになるしな」
「山本君の言う通りだ。ついでにイレーナさんは私の秘書にしてあげよう」
ツッコミどころしかねぇ・・・
手取り21万って俺の社員だった頃に比べて1万しか増えてないし、俺のチャンネルをタダでもらおうとしているのか、このハゲ狸。図々しいにもほどがあるし、これで破格の条件感を出している社長に俺は吹き出しそうになる。
しかも、俺からチャンネルを奪った後は山本が引き継ぐらしい。気持ち悪いことにイレーナと共演するんだとよ。ここまで露骨だと笑えてくるわ。社長もちゃっかりイレーナを秘書にしようとしてるし、終わってるな。
「話になりません。さっさと退職金をください」
「足元見おって!わしがお前を拾ってやった恩を忘れたのか!」
「捨てたのも社長ですよね?」
「ぐっ」
これだから会社に来るのは嫌だったんだよ。最初から退職金を払う気なんて全くない。しかも思い通りにならなかったら元社員にまで恐喝。まぁいいや。そろそろ復讐するか。
「この会社に復職してほしいなら条件があります」
「くっ、生意気いいおって!」
「じゃあいいです。退職金とかいらないので帰らせてもらいますね」
「聞けばいいんだろ聞けば!さっさと言ってみろ!」
どうしてもイレーナとあのチャンネルは欲しいらしい。俺は山本と社長を同時に見る、そして、
「俺を嵌めましたよね?」
「「!」」
「そのことの詳細の説明と俺への謝罪をしてくれたら、さっきの条件で会社に復職してあげますよ。ついでに俺のチャンネルもあげます」
俺が不当に会社の金を使ったこと、そして、イリスにセクハラを働いたことをでっち上げたことの両方ともこいつらが関わっているのは確かだ。
「そ、それは・・・」
「どうしたんですか?何も話さないんだったら俺は帰りますが」
俺は会話の主導権を握ろうとする。このままボロを出したら俺の勝ちだ。しかし、
「くくく」
山本の方から笑い声が聞こえてきた。そして、スマホを俺に見せてきた。それは俺のモノだった。
「なっそれは!」
「さっきから録音していたみたいだが、お前の狙いなんて最初から丸分かりなんだよ!大方ここでのやり取りを視聴者に見せて、暴露しようと思っていたんだろうが残念だったなぁ!」
そういって俺のスマホをぶっ壊した。
「お、おお!でかしたぞ山本君!」
「はい!そして、『俺のチャンネルをあげます』」
俺の声がピンポイントで録音されていた。
「後はお前から盗んでおいたハンコだ!これでお前のチャンネルは俺のモノだ!馬鹿だなぁ。スマホと同じ場所にハンコをいれておくなんて。これでお前はお役御免だよ」
「くっ!」
「ガハハ!前原君、因果応報って知っているかね?恩をあだで返そうとするからこうなるんだよ」
二人して気色悪い声で勝ち誇ったような声をあげる。実際、スマホとついでにハンコも奪われているとは思わなかった。おそらく最初に肩に腕を回されたときだろう。俺はまんまと一本取られた形になったわけだ。
「・・・分かりました。俺の負けです。それならせめてあの領収書の山とイリスへのセクハラについて教えてください・・・」
すると、勝ち誇った顔で二人は俺を見た。
「領収書は私と山本君のモノだよ。私たちにとって君は邪魔な存在だったからねぇ。利害が一致していた山本君と組んで君を嵌めただけだよ」
「利害が一致・・・?」
「わしと山本君は高梨君を手に入れたかったのだよ。私は愛人として、山本君は彼女としてね」
「残念ながら社長、イリスは俺のモノですよ。それに前原がセクハラを行っていたことも事実です」
「・・・その自己肯定感はたまに末恐ろしくなるよ。まぁいい。負け犬君も満足してくれたかな?これから再び会社のために身を粉にして働いてくれたまえ。君の穴は中々デカかった。給料はもちろん契約書に書いてある通り前と同じ額だ。そして、君の彼女は私の秘書にして、グフフ」
結局俺はなぜ嵌められたのか意味が分からなかった。イリスが関わっているのは分かったが、それがなぜ俺をクビに繋がるのか・・・
結局謎が謎を呼んだだけだった。
「さっ、前原君。君のチャンネルをわしにわたしたまえ。そして、すぐにダンジョンに潜りたまえ」
完全に勝ったと思っている社長と山本はこれからのことを考えて楽しそうだった。
「最後のチャンスです。もし土下座して謝るなら許してあげますよ?」
「はははは!面白い冗談を言うなぁ!するわけねぇだろ、ばーーーか!」
「口ではなく手を動かしたまえ。さっさとダンジョンに潜りなさい」
「そうですか」
俺はにやけるのを我慢できなくなった。
「
「「え?」」
二人が間抜けな顔をする。すると、虚空に水滴が集まり、徐々に形になり、スマホを持ったイレーナが現れてた。
「最初から最後までバッチリですよぉ!」
「流石イレーナ。俺のパートナーは優秀だ」
「もぅ、ほめ過ぎですよぉ。あっくん大好き!」
「ここでは恥ずかしいから勘弁して」
イレーナが登場と同時に俺に抱き着いて来ようとしたが、俺は我慢させた。流石に恥ずかしい。
そして、社長と山本は驚いて、こいみたいに口をパクパクさせていた。
「すいません、社長、そして、山本。さっきまでの一部始終をイレーナがすべて俺のチャンネルで生配信していました」
「なっ!」
「後、そのスマホは元々機種変したので、もう使ってない。俺の今のスマホは今イレーナが持っているものだよ」
「ひ、卑怯者!」
お前が言うか・・・
”あっくんを貶めやがって、ざまぁ”
”クソ野郎だな。地獄に落ちろ”
”ハンコを奪ってるところとかちゃんと配信されてましたよ?”
”山本も社長も酷いな。この会社を110番通報しました”
”気色悪すぎて、吐き気がした”
”こんなにスッキリするざまぁは初めて見たわ(笑)どんまい”
”楽しかったぁ。天国から地獄に落とされたときの表情かわよす”
配信では百万人近くが見ていた。味方が百万人いると思うと滅茶苦茶心強い。
「あ・・・あ、あ」
社長が膝を地面に付いて愕然としていた。これで自分が終わったことを悟ったのだろう。
あの姿をフリー素材として使ってやれ!そして、『絶望社長』とかいうタイトルをつけてやれ。
俺は自分を貶めた一人に復讐できていい気味だった。そして、もう一人の方を見るが山本は意外と落ち着いていた。もっとうろたえるかと思ったんだけど、そんなことはなかった。すると、笑顔でこっちを見てきた。
「俺は
「裏切るのか!」
「裏切るも何もあなたの指示です!僕は被害者です!失礼します!」
そういって社長室から逃げようとしていた。
”汚ないぞ!”
”罪を償え!”
”逃げられると思うなよ”
”カス野郎!”
確かに社長からの事前の指示と言えば言い逃れができるかもしれないが俺は絶対に逃がさない。逃げようとした山本を捕まえようと追いかける。
しかし、そこで予想外のことが起きた。山本が社長室の扉を開けるとイリスがいた。
「そう・・・そういうことだったのね」
聞き耳を立てていたらしい。そして、その声は怒気を孕んでいた。
”すげぇ美人・・・”
”イレーナさんとためをはるな”
”雪の女王みたい”
イリスが俺のチャンネルの配信に映ってしまっていた。すると、山本がすまなそうにイリスに話しかけ始めた。
「イリス。早くなったけど、一緒に独立しよう。こんなに悪いことをする会社にいたらダメになる・・・ってどこに行くんだ」
「・・・」
ずんずんと俺の方に向かってきた。
え?なになに?
そして、俺の前で止まったと思うと、ネクタイを思い切り引っ張られ、イリスに唇を奪われた。
「フグっ!?」
俺はされるがままだった。そして、イリスは俺の口の中を浸食してくる大人のキスへと移行した。
「「は?」」
山本とイレーナの声が重なった瞬間だった。
”あっくん浮気か!?”
”何やってんだ!?”
”羨ましいぃぃ!!”
”俺のあっくんを返せぇ!”
”まさかの三角関係。面白くなってきましたぁ!”
”イレーナさんはどう出るんだ!?”
百万人の観客たちは戸惑いと驚きで沸き立っていた。
「プハア」
20秒ほど経っただろうか。イリスはようやく俺の唇から離れた。
え?何が起こったの?キス?誰と?イリスと?なんで?
俺の頭は完全にショートしてしまっていた。イリスは俺から目線を外さずに口を開いた。
「今日付けで仕事を辞めさせていただきます」
「なっ!?」
「お世話になりました。何を言われても撤回する気はありませんのでさようなら」
イリスの退職が決まった。社長が馬鹿みたいな無抜けな顔をしている。そして、奴が自己主張を始めた。
「俺というものがありながら浮気かイリス!」
山本がまず発狂した。イリスは疲れたような表情をする。
「浮気も何も貴方と付き合っていた過去なんてないわよ」
え?そうなの?
「は?お前何言ってんだ?」
「それはこっちのセリフよ。道理で同僚たちが貴方と私を意図的に一緒に居させようとしてたのね・・・本当にいい迷惑だわ」
「なっ!」
”よく分からないけど勘違い乙(笑)”
”山本君ドンマイ(笑)”
”イリスちゃん可哀そう・・・”
”普通に気色悪い。ストーカーと一緒じゃん”
そして、イリスは俺の方を見てきた。
「まぁ私がグズグズしてたから、こういう事態を引き起こしたともいえるわね・・・私は昔からずっと前原君のことが好きだったのよ」
「なっ」
「嘘だ!」
イリスが俺のことを好きだとはっきり言った。そして、山本が現実逃避をするが、イリスはもう相手にする価値がないと思ったのか俺の方を頬を赤らめて見てきた。
「その、返事を貰えると嬉しいのだけど・・・」
「そいつはカス野郎だ!冴えないし金もないし馬鹿だ!」
「え、え~と」
「そうか!てめぇイリスに催眠術をかけやがったな!人の彼女に酷いことしやがって!」
「ごめんなさい・・・突然こんなことを言われて驚くかもしれない。だけど、私は小学生の頃からずっと好きだったの」
「イリス・・・」
「イリスと同じ小学校だったのは俺だぁ!死ねぇぇ!」
「そんな事実はねぇよ」
「グフ!?」
あまりの過去改変にツッコミをいれてしまった。山本が俺の双剣を使って斬りかかってきたが、徒手空拳で顎に一撃与えたら倒れてしまった。
やっちまったと思ったが、配信していることを思い出した。
これなら正当防衛って言えるよな・・・?
”あっくん辛辣(笑)”
”正当防衛だ!俺たちが証人だ!”
”いいぞ!もっとやれ!”
”勘違いもここまでいくと哀れだな・・・”
”救いようがないな(笑)”
「ぐっ、俺のイリスを「はいはい、もう邪魔ですぅ」グハっ!?」
山本が姫を奪われた勇者のように立ち上がろうとした瞬間、頭上ににサンゴ礁が落ちてきた。そういえば、この場にはもう一人いたんだった。さっきのキスのせいで俺の頭から消えていた。
イリスが俺を挟んでイレーナを見つけた。そして、イレーナもイリスを睨んでいる。俺は完全に板挟みの状態だった。
「・・・どなたですか?」
イリスが口火を切った。すると、イレーナが超怖い笑顔でイリスに告げた。
「私は前原イレーナです。あっくんのぉ、お・く・さ・ん・です!」
「は?」
「ひぃ」
俺はブラックホールのような深淵の闇に覗かれていた。
”修羅場キター!”
”次回「あっくん、死す」”
”どっちを選ぶんだぁおい!”
”リア充には死を!”
俺の恐怖を肴にして楽しんでいる視聴者がたくさんいた。そして、同接者数が2000万を超えた。
さて、なんて説明しようかな・・・
逃れられない現実に俺の胃痛はピークを迎えた。
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