会社side
淳史が去ってから一か月間、会社はとんでもないことになっていた。
ダンジョン内ではSランク級の強力な個体が溢れかえっていた。中にはダンジョンから這い出てこようとするモンスターもいたため、社員たちは連日連夜、討伐に繰り出されていた。会社の二枚看板の一人はというと・・・
「山本さん!タイラントドラゴンです!」
「こっちからはギガントオーガが!」
「うるせぇ!自分たちでなんとかしろ!」
山本は自分の力が通じないと分かると、そこらの雑魚を掃討しながら敵前逃亡をしていた。そして、安全地帯に逃げると両方の腰に刺していある淳史の剣に触れる。
「クソ!なんなんだよこの双剣!全く使えねぇじゃねぇか!」
山本は自分の至らなさを武器のせいにしていた。山本は淳史が強力な個体を、自分が雑魚を掃討するという約束で組んだが、淳史がざくざくとSランク級のモンスターを狩っているのを見て嫉妬していた。
自分も淳史みたいになりたい、そう思った時に努力をするのではなく、武器が強すぎるから淳史がSランクモンスターを狩れたと推測した。そして、淳史の双剣は会社から支給されたものではない点も相まって淳史を嵌めようという気持ちが強くなった。
結果はご覧の通り、淳史を追放できた。しかし、誤算があったとすれば淳史の双剣を使ったとしてもSランクモンスターを狩ることができなかった。
今日も今日とて同僚を囮にして雑魚狩りに努める。タイラントドラゴンやギガントオーガが同僚に襲い掛かろうとしたとき、「死んでも仕方がない。実力不足だ」と言い訳をして自分のプライドを守っていた。
しかし、山本考える通りにならなかった。なぜなら、二閃の剣筋がその二体を真っ二つにしたからだ。
「え?」
「な、何が?」
呆けている二人の背後に陰が降り立ち、名刀≪霧時雨≫を鞘に収めた。
「大丈夫ですか?」
「イ、イリスさん!」
「ありがとう!助かった!」
高梨イリス。この会社でトップの討伐数を誇る絶対的な女王だ。北欧の血を引くハーフで長い銀髪を靡かせている。スーツ姿なのに隠しきれない我儘ボディと芸能人顔負けの超絶美人。山本と二枚看板とされている。もっともそれは外側の印象だけで、内部ではイリスの圧倒的なワンマンだ。
「イ、イリス。よくやった!作戦成功だな!」
「怪我の方は?」
「え?ああ、こんなのかすり傷だから気にしないください」
「いやぁイリスさんが来てくれて助かったよ。本当に死を覚悟したからな」
山本は自分の評価を落とさないように戻ってくるが、無視されて、顔が引きつった。
「私はもう少しだけ残業してから戻ります」
「分かりました。ご武運を」
「俺も手伝うぜイリス!周りの敵は任せろ」
「・・・」
イリスからの無言を了承と心得て、山本はイリスに付いていく。しかし、三十分もすると、山本の足ではイリスを追うことができなくなってしまった。
●
「山本君、君には失望したよ。敵前逃亡だって?社員も危機に晒して何をやっているんだか・・・」
俺は今、社長室に呼び出されていた。昇進かと思って期待して入ったら、説教をされた。しかも、事実とは違ったことでだ。俺は弁解しようとする。
「ち、違います!あれは作戦です!イリスが来ているのが分かったので、俺が囮になろうと!」
山本は気が付いていないが、さっきのことを作戦だと自分に信じ込ませていた。だから見捨てようとしていた事実は頭に残っていなくて、同僚を助けようとしていただけだったと本気で考えている。しかし、今回ばかりは社長にも通じなかった。
「嘘はやめたまえ。その場にいた社員と高梨君からの報告書にそう書かれているんだよ。ギガントオーガとタイラントドラゴンから逃亡したとね」
「なっ!だから作戦ですって!」
あいつら!俺とイリスが助けてやったってのに恩をあだで返しやがって!
すると、山本の前に書類がバサッと投げられる。
「君に対する苦情はいくつも来ている。『敵前逃亡』『雑魚狩りしかしない』『自分達の獲物を横取りする』『面倒な仕事を押し付けてくる』『報告書が間違っているのに認めない』・・・さて、何か弁解はあるかな?」
「すべて出鱈目です!俺に嫉妬しているだけのやつらの戯言です!」
社長がこれ見よがしにため息をつく。
「全く・・・こんなことなら前原君をクビになんてするんじゃなかったよ」
俺はその言葉を聞いてキレそうになったが我慢だ。こんなところで評価を落とすわけにはいかない。
「あ、あいつは俺の彼女のイリスにセクハラして、俺の寄生虫をしていたやつですよ!?何回俺が助けてやったか!」
「しかし、前原君がいなくなってから我が社の業績が右肩下がりになっている。これをどう説明するのかね?」
「それは周りが無能なだけです!現に俺の成績は下がっていないでしょう?」
確かに前原は強力なモンスターを狩っていた。だけど、それは俺という存在があったからだ。強力なモンスターの周りの敵を倒したからあいつは集中して戦えていただけだ。しかも、あいつが一匹倒す間に俺は百匹は倒せた。
だけど、誤算だったのは周りの無能さ加減だ。前原が倒せるモンスターを束になっても勝てないのだ。同僚の無能ぶりにが俺の人生の足を引っ張っているという事実に俺の怒りが湧いてきた。
「まぁいい・・・君が実際に数字を出しているのは事実だ。汚名を返上するチャンスを与えよう」
「ありがとう・・・ございますっ」
俺は頭を下げる。
クソ・・・何で俺がこんな目に・・・
「前原君を連れ戻したまえ」
「なっ、なぜですか!?」
俺は条件反射で聞いてしまう。すると、社長が俺にスマホの画面を見せてくる。そこには≪ガサガサあっくん≫というNinTubeのチャンネル名が書かれていた。そして、映っていたのは前原だった。
「へぇ~仕事をやめてニンチューバ―なんてやってたんですね」
どうせ底辺ニンチューバ―なのだろう。馬鹿で実力のない人間はすぐに安直な案を思いつくんだよなぁ。浅慮が過ぎる。
「うむ。そして、一週間で登録者数が百万を超えている。立派な人気ニンチューバ―だ」
「百万って(笑)え?」
百じゃなくて百万だと?俺の聞き間違いか?
「社長。聞き間違いじゃなければ百万人といいましたか?」
「その通りだ」
嘘だろと思ってさっきのアカウント名を探してみる。そこには、確かに百万と書いてあった。
「これでわかったかな?前原君には我が社で広告塔として復帰してもらいたいのだよ」
「なっ!俺が説得しに行くのですか!?」
「当たり前だ。君が辞めさせたんだよ。私たちは無関係だ。しっかり頭を下げてきたまえ」
このハゲ狸。自分が頭を下げるのが嫌だからって俺にすべての責任を押し付けてきやがって。
「ついでにこの動画に前原君の彼女が出演している。二人とも我が社に引っ張ってきなさい」
「分かりました・・・失礼します」
俺はこのハゲ狸を軽蔑した。イリスを自分の秘書にしようと毎日のように言い寄っているのを俺は知っている。俺の彼女に手を出そうという点では絶対に分かり合えない。もう少し金を貯めたらイリスと独立しようと思っている。こんなクソ会社は御免だ。
「おっ、イリス!」
「・・・」
俺が社長室から出ると彼女であるイリスが俺を待っていた。その顔を見るだけでさっきまでの怒りが消えた。俺が声をかけると、すぐに後ろ向きになって向こう側にいってしまう。
「社長が酷いんだぜ。俺が社員を見捨てたってさ」
「・・・」
「あの人も人を見る目がないよなぁ」
「・・・」
「あっ、ごめんな。つまんない話をしちまって。お詫びに今日一緒に飲み「仕事以外で話しかけないで頂戴」え?」
イリスから拒絶の言葉が俺に向けられた。
「後、名前で呼ばないで。気色が悪い」
「なっ、彼氏に向かってなんて言い草だ!」
すると、イリスが俺に向かってため息をつく。
「貴方の妄想に付き合う気はないの」
イリスはそういってさっさと行ってしまった。俺はまた一人残された。
●
俺は定時で家に帰ると、ハゲ狸に言われた前原のNinTubeを見る。他のやつらが残業しろとか言っていた気がするが、そんな面倒なことをしてたまるか。残業は無能がするものだからな。エリートの俺には必要ない。
それにしても、こんなののどこが面白いんだか・・・
ただただ前原が生き物を網で獲っているだけの動画だった。何が面白いのか理解できなかったが、動画が進むと、突然女が出てきた。その女が前原の彼女なのだろう。しかし、問題は超が付くほどの美人だったことだ。イリスとためをはるレベルだった。
「ははん、なるほどな。イレーナっていう美女を使ってこの動画の再生回数を稼いでるんだな」
埼玉でサザエが獲れたとか言っているが、そんなのは川に隠しておいたに違いない。シーサーペントもどうせCGだ。だから結局、イレーナの顔で稼いでいるだけだ。すぐに飽きられるだろう。
「ハゲも馬鹿だなぁ。一過性のブームでしかないのにこんな無能を会社に戻そうなんてよ」
俺のイリスにべたべた触り、肌を紅潮させるほど嫌がらせをしていた前原を復帰させたら、すぐに会社の秩序が崩れるに決まっている。俺はこの埼玉サザエとかいう動画に低評価を押しておく。そして通報した。
嘘しかつけないこんなチャンネルはなくなった方が社会のためだ。
そんな風に思っている山本は結局動画を最後まで見ていた。そして、そのままアップされている動画をすべて食い入るように見た後、
「最後まで全然面白くなかったな。ただイチャイチャするだけのこんなクソ動画のどこがいいんだか」
感想はそれだけだった。すぐに人気がなくなることが読めたので、俺は社長にこんなのだったら俺が配信をした方がいいと伝えよう。ただ、
「俺がお前のせいで屈辱的な目に遭っているっていうのに楽しそうにしやがって」
何もしないというのは腹が立った。このまま動画が伸びなくなって費用対効果が期待できないと報告するのは面白くない。俺は前原と一緒に映っている女を見て舌なめずりをした。
「あんな無能で堕とせるなら、すぐに俺のモノになるだろう」
そうすれば冷たい態度をとっているイリスも俺の魅力に気が付くはずだ。そして、二人とも俺の女にしてしまえばいい。そうなった時の前原の顔を想像すると、くつくつと笑いがこみあげてくる。
そうと決まれば、前原に連絡を取らなきゃな。
俺はなんのアイコンもついていない前原に約一か月ぶりに連絡した。
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