人魚と配信業

「どうも~≪ガサガサあっくん≫です」

「妻のイレーナで~す!」

「こらこら、まだ結婚してないだろ?」

「ついうっかり☆」


俺とイレーナは再び川に来ていた。今は朝だ。配信用のドローンカメラを購入して、俺とイレーナは二人でカメラに収まっていた。このカメラがまた凄い。空中から撮影するだけではなく、水中に俺が潜っても撮影してくれるのだ。値ははったけど、投資だと思って購入した。


なんせ俺は最低でも80億円貯めなきゃいけないんだからな・・・


イレーナも一緒に映っているのは再生数のためだ。イレーナは頭がいい。視聴者が何を求めているのかを戦略的に考えて行動している。ドローンのついでにスマホを買ってあげたらもう使いこなしている上に、切り抜きの再生回数がもう100万回以上超えているらしい。


うちのイレーナさん優秀すぎん・・・?


ただ、配信することについて一つだけ譲れないところがあった。俺はイレーナの肌を見せたくなかったので、おれのシャツを上着で着せている。貝殻ビキニは俺以外には見せたくない!


という内心はバレバレでさっきからイレーナがニヤニヤしている。俺はもう恥ずかしいので、コメントを見ることにした。


”こんにちは!あっくん夫妻!”


”イレーナさん美人過ぎ”


”今日は埼玉のどこですか!?”


”戦闘シーンを期待≪2000≫”


”本当に川なわけがないだろ(笑)不正を暴いてやるよ”


”リア充爆発して”


朝早くなのに、もう既に1000人近くの人が見てくれている。通勤中や通学中、朝の暇な時間に見ているのだろう。


「この爆発してってどういう意味ですか?喧嘩なら買いますよぉ?」

「違うぞ~これは末永くお幸せにっていう意味だからな?」

「それは事前に教えて欲しいですぅ!ありがとうございましたぁ!」


すると、イレーナにコメントを拾ってほしくて、「爆発しろ」という言葉が乱立した。中にはスパチャを送ってくるやつもいた。


「もぉ、そんなにお金を粗末にしちゃダメですよ~?」


”これは自分のためなんです!≪5000≫”


”そうですよ!≪3000≫


”僕たちは好きでやってるんです!≪200≫”


”あっくんの身体がエロいですぅ・・・はぁはぁ≪100000≫”


”ヤバいのがいた(笑)”


「ありがたいですけど、投げ銭は計画的にお願いしますよぉ?」


イレーナを見ると、その口が一瞬、ニヤリと三日月の形になった。「計画通りですぅ」と呟いているイレーナを見なかったことにする。俺の彼女が腹黒なわけがないんだ。後、≪夜の覇者≫さんから十万円スパチャが入ってきたんだけど、それも無視することにした。


なんで身内から投げ銭されなきゃあかんねん・・・



俺は挨拶はそこそこにガサガサを開始した。ここからしばらくは俺だけの撮影になる。イレーナにはエネルギー補充をしてもらわないといけないからな。俺は水草が生い茂る場所に移動して、トライデントの網を構える。


”今日はどんな生き物が獲れるんだろう”


”またサザエとか貝類なんじゃない?”


”それだけでも十分面白いけどね”


”ここってどこなの?埼玉?”


一個一個コメント見て、読み上げていくことにした。


「俺自身もこの辺りの生態系には詳しくはないんですよ。だから何が獲れるのか楽しみです。後、埼玉ですよ。昨日配信した場所です」


俺は狙いのポイントを探す。なるべく木の根元をガサガサした方が色々いるので、ガサガサしやすい場所を探す。


”まだ埼玉って言ってる”


”そのトライデントはどこに売ってるんですか(笑)?”


”イレーナさんは人魚ですよね!?どこで知り合ったんですか!?”


”そろそろ本当のことを言えっての。埼玉なわけがないだろうが。俺は埼玉市住みなんだぞ?”


「トライデントはイレーナがくれたんですよ。なんでも父親であるポセイドンと喧嘩したそうです。馴れ初めに関しては秘密です。ちょっと恥ずかしいので」


ひゅーひゅーと煽りまくられるので滅茶苦茶恥ずかしい。ポセイドンとは誰?みたいなコメントも来るが俺も分からんのでスルー。後、気になるところがあるので指摘しておく。


「後、俺のことを疑うのは勝手ですが、嘘はよくないですよ?埼玉県に住んでいるなら『さいたま市』のことを『埼玉市』なんて絶対に言いませんからね」


”埼玉市だと思ってた”


”県庁所在地に平仮名が入るって凄い都市だよな”


”だから、馬鹿にされてるんだけどね”


”一本取りましたね。どうぞ≪3000≫”


”生粋の埼玉県民としての誇りを守ってくれてありがとう!≪2000≫”


”ハイ論破!≪500≫”


”この人は絶対に埼玉県民だよ。俺が保証する”


スパチャがたくさん入ってきた。埼玉県のことを正しただけなのに、一万円近く投げ銭が入ってきた。ここまでやってもらったんだったら、そろそろちゃんとガサガサしないとな。


「さて、この辺りでガサガサしてみましょう。今日は何が入るかなぁ」


俺は水草の根元に網を押し付けてガサガサする。すると、それに驚いた魚がたくさん網の中に入ってくるっていう寸法だ。そして、網を引き揚げて、何が入っているかを確認する。


「まずはアメリカザリガニですね」


”普通やな”


”がっかり”


”やっぱり埼玉じゃね?”


”サザエはCGだったのか?”


「これはブラックバスですね。後はブルーギルです。こいつらも生態系を壊すんですよ」


ブラックバスといえばイレーナが追いかけられていたことが思い出される。ある意味ではこいつらがいなかったら、俺とイレーナが出会うことがなかったんだからなぁ。


”普通”


”なんだがっかり”


視聴者たちは”普通”の川のガサガサにがっかりしていた。しかし、次の獲物を見て評価が逆転する。


「あっ、これはアワビですよ!嬉しいなぁ。埼玉で高級食材が獲れるようになるなんて」


”ふぁっつ!?今、アワビって言ったか!?”


”マジのアワビじゃん・・・”


”埼玉県でアワビ!?サザエだけじゃなくてアワビもいるの!?”


”釣りだろ?どうせ、そこの草むらにアワビを隠してたんだよ”


”そ、そうか。その可能性はあるな”


実は今回がアワビの初収穫だ。中々見つからなかったが、ついに見つけることができて本当に嬉しいよ。まだまだ網の中には色々な生き物が入っていた。


「イカに、タコに、いわしに・・・というかこの草ってよく見るとわかめですね」


”ちょちょちょ!情報量が多すぎるわ!”


”いわしがそんな浅瀬にいるわけがないよな!?”


”どどどどどうせ嘘だって!隠してたんだって”


”いやでも、隠してたって淡水じゃイカとかタコって死んじゃうんじゃないのか・・・?”


水草だと思ってたから驚いた。わかめの味噌汁は俺の好物だ。それに、うちの近所のおじいちゃん連中は髪が薄くなりがちだ。育毛作用があるわかめを渡したら喜ぶかもしれない。


「ん?」


俺の目が黒い影を捉えた。俺はトライデントをぶん投げた。すると、水が赤く濁ってきた。狙っていた獲物に命中したらしい。俺はその生き物を持ち上げてドローンに見せる。


「みなさん見てください!マグロですよ。今夜は寿司ですね」


”埼玉が秘境すぎるよぉぉ!”


”マグロが泳いでいる川ってなんなんだよ(笑)?”


”最速の魚を片手間に獲るんじゃありません!”


”面白すぎて目が離せない(笑)”


”『翔ん●埼玉』っていう映画で馬鹿にされていた県だけど、この動画を見てたら住みたくなったわ”


”分かる。俺も川でマグロを獲りたい!”


同接数は優に百万を超えていた。話題が話題を呼び、今スマホで配信を見ている人たちは皆、≪ガサガサあっくん≫の視聴者だろう。


「ふぅ、大漁大漁。イレーナの方はどうかなって、こいつは」


”何かを獲ったな?”


”なんだろう”


”ワクワク!”


「これはメダカですねぇ」


”謎の安心感”


”これが川だよって感じだな”


”ほっこりする”


俺はそういう意味で獲ったわけではない。もしかしたら、イレーナみたいにこいつも人魚なのかなと懐かしくなって獲っただけだ。


「浮気ですか・・・?」

「うお!?」


俺はイレーナが後ろに現れた拍子にメダカを逃がしてしまった。振り向くとイレーナが深い笑顔で俺を見ていた。


「私というメダカものがありながら、別の女に浮気するなんていい度胸ですねぇ、あっくん」

「誤解だ!たださっきのメダカも人魚なのかなぁと思って見てただけだから!」

「確定ですね。今夜は覚悟してくださいねぇ?」

「はい・・・」


これは朝まで寝れない。最近、睡眠時間がどんどん減ってる気がするんだけど、気のせいかなぁ。


”リア充爆発しろぉ!”


”クソぉ視界が赤いよぉ”


”この人でなし!”


”NTRされたぁ”


”彼女彼氏なしにはこのイチャイチャはメンタルに来る”


”朝から砂糖を吐きそうになった”


”癒されるなぁ、このイチャイチャ”


コメント内ではイレーナと淳史のイチャイチャに対して様々な意見が飛び交っていた。


「ノオオオ」


野太い声のした方から波が襲い掛かってきた。俺どころか土手を超えて町にまで届いてしまいそうだったので、俺はトライデントを使って、波を鎮める。


「なんだ?」

「アレは海坊主ですねぇ」


”海坊主!?”


”それって妖怪だよな・・・?”


”Wikipedi●で見たやつと同じやん!”


なるほど。アレが海坊主か。全長10mはありそうな巨大な生き物だ。イレーナを追ってきた変態野郎だろうが、あんな黒ずくめのやつに俺のイレーナはやらん。


「喰らえ!」


俺は足の裏から水を噴射して、トライデントを刺してやろうと思った。しかし、俺の刺突が右手で防がれてしまう。そして、そのまま左手で波を起こしながら俺を叩き落そうとした来たので、俺はトライデントを盾にして、吹き飛ばされるだけで済んだ。


”海坊主が強い・・・”


”あっくん頑張れ!”


”勝つんだ!≪500≫”


”CGだよな!?”


イレーナのいる位置まで後退して波を抑える。町にまで被害が出たら最悪だ。守りながらの戦いだからきついな。


「あっくん、血が!?」

「ん、ああ、こんなのかすり傷だよ」


ダンジョンに潜ってた時はもっと酷かったしな。ほっぺあたりに血が出たくらいで心配してくれるなんてイレーナは優しいなぁ。


と思っていたのもつかの間だった。イレーナから感じたこともない怒気を浴びせられる。


「コロス・・・」


すると、イレーナの周りに水が浮かびあがる。それが槍や剣、鉈などの武器の形になる。その数、百本。


”イ、イレーナさん・・・?”


”何これ?”


”必殺技か!?”


「≪海神の激昂≫」


イレーナが技名を呟くと宙に浮いていた水の武器が一気に射出される。百本が一気に襲い掛かってくるので、海坊主も耐えることができない。そして、串刺しにされ、風穴が何か所も空いた海坊主は血だらけになりながら、埼玉の川に沈んだ。


「私のあっくんに手を出した罰です。楽に死ねただけありがたいと思いなさい」


イレーナのその姿に見惚れてしまった。いつもはほんわかしているが、今のイレーナは凄いカッコいい。そんな新しいイレーナの魅力に気が付いてしまって、惚れ直してしまった。ポカーンとしている俺を見ると、イレーナは、


「あっくん、大丈夫ですかぁ!?どこか痛むところはありませんか!?」

「だ、大丈夫だって。ほんのかすり傷だから」


いつものイレーナに戻ってしまった。もう少しカッコいいイレーナを見ていたい気持ちもあったが仕方がない。


”かっけぇです、イレーナさん”


”惚れ直した”


”この夫婦強すぎる・・・”


”イレーナさんと同じことができる人がいたら挙手”


”何年かかっても無理です”


イレーナがぐいぐいと俺の胸に抱き着いているのがドローンのせいで配信されているんだよなぁ。普通に恥ずかしい。


「はぁはぁあっくんのエロい胸板と腹筋が最高なのですぅ・・・」


・・・心配しているのかと思ったら発情していた。


こんなところでヤッたら垢バンされてしまう。名残惜しいがイレーナを引き剥す。


トライデントの力を借りないと引き剥せないのが情けない・・・


「今日の配信はここまでです。また明日も配信するので、ぜひ見てください」


”楽しかった!仕事頑張る”


”明日も楽しみにしてます”


”お礼です≪10000≫”


”結婚資金です≪3000≫


俺はスパチャに最後にお礼をして、動画を止めた。


「ふぅ・・・」


いつもとは違った神経を使ったから疲れた。


「あっく~ん」


見ないようにしていた現実が迫ってきた。俺は振り向かずに返事をする。


「なに?」

「もう我慢できません」

「はい・・・」


発情人魚からは逃げられない。結局俺たちは人に絶対に見られない草陰でヤることなった。


事後に「外でヤるのもいいですねぇ」と漏らした淫乱人魚がいたが、そういう問題じゃないのよ・・・


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