人魚と誤配信

俺とイレーナは今日も今日とて川に行く。いつもと違って昼前くらいに出かけていた。理由は朝まで絞られた俺が死にかけていたからだ。流石にイレーナも少しは反省してくれたらしい。


「寝ている間に襲うのはやめます・・・」


どおりで寝てても疲れが取れないわけだよ・・・


まぁいいや。いつも通り俺は趣味のガサガサを、イレーナはエネルギー補給だ。今日はどんな生き物が獲れるのかとワクワクしていた。


「あぶね!ワニじゃねぇか!」


俺がガサガサをしようと腰まで浸かった瞬間にワニが大口を開けて襲い掛かってきた。俺はトライデント兼網でワニの口につっかえ棒のようにぶっ刺す。すると、痛みでワニはどこかに逃げてしまった。


楽しいのだが、敵が多いことを失念してしまうのだけはデメリットだ。日本の、しかも、埼玉の川にワニがいるなんてありえないという固定観念が邪魔をする。ダンジョンに潜っていないから危機感が薄まっているのかもしれない。


俺は再び周囲を確認するが、危険生物は見当たらない。イレーナがイルカと遊んでいるのが見えてほっこりしてしまう。時折、俺のために無理してこんな海のない埼玉で暮らしているのではないかと心配になるが、杞憂だったようだ。


「さてさて、俺も趣味に没頭しますか」


俺は再び網を持って、草むらに向かう。



「はぁ、今日もたくましい背中ですぅ。そうは思いませんか?」

「キュキュ?」


私は夫であるあっくんをイルカさんの背中に乗りながら見ています。


「聞いてくださいよぉ、毎日のように○○○ピーして○○○ピーしてるんですが、すればするほど好きになっちゃってぇ」

「キュキュ・・・?」

「はぁ、今日もあっくんの○○○ピー○○○ピーされちゃうと思うと濡れちゃいますねぇ」

「・・・」

「あれ?どうかしたんですかぁ?」


イルカさんは哀愁を漂わせながらどこかに行ってしまいました。これからあなたも早く恋人を作った方がいいですよとアドバイスしようと思ったのですがねぇ・・・


愛する人とのラブラブ生活は本当に良いものです。今までの人生の大半のすべてが報われたような気分になります。メダカだと言われて兄弟に馬鹿にされ続けた屈辱をパワーに変えて頑張ってきたわけですが、今は幸福が幸福を呼んでくれています。


「幸せですぅ」


へにゃぁと顔が緩んでしまいます。それにしてもあっくんの体つきを見るとムラムラしてきますねぇ。今日も朝起きた瞬間に○○○ピーしてきたんですが、まだまだ足りないですねぇ。ただ、今ヤッてしまうとあっくんが力尽きてしまいます。


でも、ヤリたい。これがジレンマというものですか!


仕方がありません。私は人間の力に頼ることにしました。人間は凄まじいです。あらゆるものを創り出し、環境を淘汰し、前進し続けます。ポセイドンも人間の進化には頭を痛めていましたが、私も脅威だと思います。


ですが、それはそれ、これはこれです。


今の私はあっくんの奥さんです。なら、人間の作ったものを有効利用させてもらいます。さっきあっくんから預かったスマホという機材。これは凄いです。長方形の薄いガラス板みたいなものの中で人が動くのです。


これだけで一日を潰せます。あっくんはハイシンシャ?というものを趣味で昔やっていたと聞いたことがあります。人が動いているのをこのスマホに収めることができるとか。


ということは、今ガサガサをしているあっくんを永久に見ることができるのではないでしょうか?そうなれば昼間はあっくんで○○○ピーして、夜は○○○ピーしてもらえば、私は我慢できるでしょう。


そうとなればすぐにでも準備をしなければ。やり方など愛があればどうとでもなります!それ!


すると、スマホの中にあっくんが映り始めました。≪ガサガサあっくん≫という名前だったので、これがスマホ内のあっくんの名前なのでしょう。


ふふ、これで私の勝ちですねぇ!


「あっく~ん!こっち向いてくださぁい!」

「お~う」


手を振ってくれています。それだけで私の胸がいっぱいになります。


こんな離れたところで撮影している場合じゃありません!もっと近づかねば!


私は再び潜ってあっくんの傍に泳いで向かいます。


ヒュポン


「ん、なんでしょう?」


あっくんのスマホに何かが届いたようですが、とりあえず気にしていても仕方がありません。私は再びあっくん目指して泳ぎ始めました。


”凄い綺麗!ここはどこなんだろう”


俺はイレーナの方に手を振った後、テトラポットの下を探る。川にある変な形の人工物なのだが、これが津波や氾濫を防いでくれる。だから物凄く大事。その上テトラポットの下にはいろいろな水中の生き物が住み着いている。


しかも、今はイレーナのおかげで海の生き物もいる。なんて最高なんだ・・・


「あっくん!」

「うお!イレーナか!びっくりさせないでくれよ」

「ごめんなさぁい、あっくんの背中を見たら・・・じゅるり」

「え?冗談だよね?」

「ふふふ、今は・・我慢します!」

「今は、ね・・・それより俺のスマホで何してんの?」


俺は後で喰われる覚悟を決めつつ、イレーナが俺にスマホを向けてきているので疑問を投げかける。


「今のあっくんを残そうと思いましてぇ、動画を撮っているのです!」

「恥ずかしいなぁ。それならイレーナを撮ってやろうか?」

「違うのです!これは私のオカズ、じゃなくて、研究材料にしまして」

「本音が駄々洩れだからな?」


まぁ好きにやらせようと思う。だけど、俺のスマホにイレーナのオカズが残るのは嫌なのでスマホを買ってあげないといけないな。


「それであっくん!収穫の方がどうなんですかぁ?」

「いっぱい獲れたぞ。ほら!埼玉県産のサザエだ!毎度のことだけど埼玉でサザエが獲れるって凄いよなぁ。イレーナのおかげだわ」

「もぉ~気遣いのできる最高の彼女なんて言いすぎですよぉ。大好きです!」

「言ってないけど事実だからいいや。俺はもう少しガサガサをするけど、イレーナはどうする?」

「オカズを増やします!」

「そうですか・・・」


相手にしたら色々疲れそうだ。俺はされるがままに被写体になることを決めた。


その時、イレーナも淳史も気づいていなかった。


埼玉県産サザエ・・・・・・・


このワードに反応してたくさんの視聴者が来ていることに。



”埼玉ってどこだっけ?”


”東京の上”


”知性(笑)”


”埼玉は海もなく楽しく遊ぶ場所もない終わってる県”


”まぁ若い人が住むには退屈だよな。五十超えると意外といい県だと思えるようになる”


”わかりみが深い”


”それよりも埼玉県産のサザエのについてkwsk”


”そもそも海がない”


”ってことはこの人が嘘を付いているってこと?”


”うん。話題作りだと思うよ。たぶん、サザエの名産地の長崎とか三重で撮影しているんだと思う”


”嘘はよくないな。通報するか”


”網がカッコいい。あれ、トライデントじゃね(笑)?”


”確かに(笑)トライデント型の網なんてあるんだな(笑)”


”厨二心をくすぐる”


”俺は抉られたけどな”



「う~んピコピコうるさいですねぇ」


通知というやつでしょうか。あっくんあてに色々届いているようですが、少し気が散ります。


まさか不倫相手!?


あっくんみたいな超絶イケメン紳士なら可能性はあります。あっくんにその気がなくても相手方がずっと片思いをしているみたいなパターンです。もしそうなら、妻として格の違いを見せてやらねばなりませんねぇ・・・


”声がめっちゃ可愛い”


”この人配信だって気が付いてないんじゃ・・・”


”顔みたいなぁ”


”それな。さっきから『あっくん』の立派な身体しか映ってないんだよなぁ”


”ええ身体しとるのぉ”


「まぁいいです。そんなことよりもあっくんです。早くあの身体に滅茶苦茶にされたいですねぇ。今夜はすっぽん料理です。ふふふ、夜が待ち遠しいですぅ」


秘密裏に獲っておいてよかったです。後で性欲が抑えられなくなったあっくんに襲われることを想像すると楽しくて仕方がありませんねぇ。


”なんだカップルか”


”なんなら夫婦か”


”すげぇ爆発してほしい”


”夜事情とか知りたくなかったよ”


”ってかすっぽんって海にいたっけ?”


”お、あっくんがまたサザエを獲ってるぞ”


”嘘を付かないで普通にやってほしい”


”わかる”



「ふぅ」


イレーナが夜戦に備えて思惑を張り巡らせ、たくさんの視聴者に見守られていることに、全く気が付かずに淳史はサザエを獲っていた。


一つずつ貝取袋に入れていく。


大きい海の生き物をこんなところで獲れるなんて最高だなぁ。


「過去の俺よ。イレーナを助けたおかげで埼玉の川でサザエを獲れるようになったぞ。まるで天国だなぁ。おっ、フナだ」


俺は網を伸ばしてフナを獲った。あまりにも川の性質が変わったから逆に懐かしい。


”まだ言ってる”


”埼玉じゃないだろ?”


”でも、フナ・・・?”


”フナだったよな・・・”


”淡水魚とサザエ・・・”


視聴者の中にも疑念を持ち始めた人間が増えてきた。


「あっく~ん!こっちに来てくださぁい!」

「ん?」


イレーナがこっちにスマホを向けながら手招きしてくる。俺は川を歩きながらイレーナの方に向かった。すると、イレーナが水の中に潜り、こっちに来て俺の首に抱き着いてきた。


「ん~と、こんな感じですかねぇ」

「何やってんの?」

「カメラを内側にしてぇ、あっ、できました!これでツーショットです!イエイ!」

「い、イエイ!」


イレーナが可愛すぎる。まさか教えてもいないのにカメラ機能を使いこなすとは・・・


”イレーナさん顔良すぎん!?”


”ヤバ、超好み”


”でも、人妻・・・”


”あっくんズルいぞ!”


”くそぉ!NTRされた気分だ!”


イレーナの顔が出て、コメント欄は淳史への嫉妬とイレーナへのファンコールで溢れた。


「なんだこの音?」

「さっきから、通知が来ているんですよねぇ」

「ん、そうなの?俺に連絡するようなやつなんているわけがないんだが・・・ちょっと貸してみ」

「いえ、一緒に見ます」

「お、おう」


なんか目がマジだったので俺に逆らうという選択肢がなかった。イレーナの琴線に触れるようなことをやってしまっただろうかと記憶を探るが見つからない。でも、スイミーのこともあるし、俺が気付かないうちに何かやってしまったのかもしれない。


すると、


「ギャアアアア!」


川から爆発のような水しぶきが舞った。そして、全長が十メートルはありそうな化け物が川から現れた。


「あっ、シーサーペント」

「ですねぇ」


俺たちはまたかぁという感じで対応する。埼玉の川にはいつの間にか伝説上の海の生物まで現れるようになっていた。シーサーペントはもう何匹目だっけなぁ


”ふぁ!?”


”シーサーペント!?”


”な、なんじゃこりゃあ!?”


”デカすぎんじゃろ!?”


”これ長崎とかでも出るんですかい、もしくは三重、もしくは世界!?”


”出ない出ない!こんな化け物が出るところで漁なんてできねぇよ!”


”CG・・・?”


”配信になってるから、加工のしようがないと思うのだが・・・”


コメント欄が湧いているが未だに淳史とイレーナは気が付かない。


俺は三つ矛の槍、トライデントの本来の使い方をすることを決めた。そして、イレーナにシーサーペントの視線が釘付けだった。俺はその時点でイライラがMaxになる。人の彼女を色目を使ってみるんじゃねぇ、と。


俺は足の裏からロケットのように水を噴射する。それでイレーナに襲い掛かろうとするシーサーペントの横からトライデントを構えて襲う。シーサーペントは俺の行動に驚いて固まってしまったので、眉間を撃ち抜くのは簡単だった。


「ふぅ」


”え?一撃?誰だよあっくんって!?”


”水を操ってたんだけどアレって魔法・・・?”


”魔法を使えるのはダンジョンの攻略者の中でもほんの一握りだけ。だからこの人も攻略者なんだろうけど・・・”


”ってことはここってダンジョンなの?”


”それならサザエとフナとシーサーペントが共存してるのに納得できるわ”


”いや、太陽が昇ってるから地上なはず”


”じゃあ、ここは一体どこなんだ・・・?”


”ちょくちょく富士山らしき山が見えるんだけど・・・”


”え?ってことは釣りじゃなくてマジの埼玉ってこと!?”


”可能性はなくはない。こんな生き物、どの海を探してもいないはず。ということは埼玉である可能性もある”


”俺もその意見に賛成。この配信だってあっくんは撮ってるつもりはなさそうだし・・・イレーナさんが間違えたんじゃないか?”


”秘密の漁場ってわけか・・・”


”一体埼玉で何が起きてるんだ!?”


コメント欄では埼玉を信じる者たちが増えていた。


「流石あっくんですぅ!」


イレーナが俺の首元の抱き着いてくるが、俺はそれどころじゃなかった。


「・・・わざとだろ」

「はい?」

「あのシーサーペントはイレーナに夢中だった。つまりは雄だ。俺が嫉妬するのを見たくて、わざと誘惑しただろ・・・?」

「ギクッ」

「帰ったらお仕置きな?」

「は、はい・・・」


人魚は稚魚の時は餌として見られ、成体になると水中の生物のすべてにとってアイドル的な存在になる。「わたし水の中ではアイドルなんですよぉ」とモテる自慢をされていた。最初は流してたけど、今では嫉妬をしてしまう。


だからこういうことはやめて欲しいんだけどなぁ。


ちらっとイレーナの方を見ると恍惚の表情を浮かべていた。


お仕置きがお仕置きじゃなくなるんだけど・・・まぁいいか。イレーナが幸せなら。


”人魚・・・?”


”下半身が魚だよな。イレーナさんってまさか”


”≪ガサガサあっくん≫って一体なんなんだよ・・・”


イレーナはそこら辺にいる蟹に頼んでカメラをこっちに向けさせていた。そして、イレーナの全身がカメラに収まっていた。


「それより後でスマホを買いに行こう。現代社会を生きていくにはスマホは必需品だからね」

「本当ですかぁ!?私もスマホデビューできるなんて思いもしませんでしたぁ」


わーいわーいと喜んでいるのイレーナを見るとさっきまでの怒りはなくなった。


本当に可愛いくてズルい人魚姫様だよ。


俺はさっさと着替えて帰り支度をする。イレーナは人魚の力で人間に擬態すると同時に人間の服を身に纏う。


「それじゃあ行こうか」

「はい!楽しみなのです!」

「はは、近所にサザエを分けたらすぐに買いに行こう」

「はぁい!あっ、それとあっくん!スマホありがとうございましたぁ」

「はいはい」


俺はスマホを返してもらう。イレーナに使わせて万が一水没した時のためにと水の中でも使える機種を買い替えておいた。ずぶ濡れだったので俺の判断は合っていたらしい。


「ん?」


何かがおかしい。スマホの通知が999+になっている。そういえばさっきからイレーナが通知がうるさいと言っていた。俺はその通知がなんなのか調べる。そして、固まった。


「あう・・・どうしたんですか?」


俺とイレーナは川から上がって土手に向かって歩いていた。俺が前を歩いていたので、急に止まってぶつかってしまったらしい。だが、それは後で謝るとして、


「・・・イレーナ。動画をどう撮った?」


俺は振り返らずにイレーナに聞いた。すると、きょとんとした表情で俺の質問に答えた。


「どうと言われても・・・いつも見るNinTubeにあるカメラのような画面をタッチしただけですけど?」

「Oh・・・」


”やっと気が付いたか!あっくん!”


”凄い面白かった!”


”埼玉のどの辺ですか?調査に行きたいです!”


”毎日投稿してほしい。凄かった”


”シーサーペントの死体をいただけませんでしょうか?”


同接者数1千万人・・・


俺たちのガサガサが日本中に広まっていた。イレーナが人魚だとか美人だとか埼玉のどこでサザエを獲れるのか、と・・・


イレーナには申し訳ないけど、スマホを買うよりも先に考えなきゃいけないことがができてしまった・・・


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