『友達屋さん、友達屋さん。』改
――友達屋さん、友達屋さん。この子のお代はおいくらですか。
――友達屋さん、友達屋さん。わたしと友達になってくれる子はいますか。
――友達屋さん、友達屋さん。ひとりぼっちで待っている子はいませんか。友達が欲しくて、泣いている子はいませんか。
――友達屋さん、友達屋さん。わたし、ここにいるみんなと友達になりたいの。
ああ、でも、わたしのおこづかいじゃ、足りないかな。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
――友達が、ほしかった。
ずっと、ほしかった。
いっしょにがっこうに行って、いっしょにべんきょうして、いっしょにあそんで。
いっしょにきゅうしょくをたべて、いっしょにそうじをして、いっしょにかえる。
そういう友達が、わたしもほしかった。
ずっとほしかった。
わたしにはいない。
友達がいない。
みんなとちがって、わたしにはいない。
わたしはひとりぼっち。
どうして?
どうしてわたしにはいないの?
どうしてわたしとはなかよくしてくれないの?
どうしてみんな、わたしのことがきらいなの?
わたしだって、みんなと同じはずなのに。
わたしはみんなとなかよくしたいのに。
わたしはあの子とちがって、だれかにいやなこと、したりしないのに。
どうしてなんだろう。
おしえてほしかった。だれかにたすけてほしかった。
でも、だれにもいえなかった。
おかあさんにも、おとうさんにも、がっこうの先生にも。
いえなかった。なんだか、胸がくるしくなったから。
わたしとみんなは、なにがちがうんだろう。
わたしにはあって、みんなにないものはなんだろう。
みんなにはあって、わたしにないものはなんだろう。
それがわかったら、友達ができるかな。
また、クラスの子がいう。あたまのおかしいやつ。
また、クラスの子がいう。こっちにこないでよ。
また、また、また、また、また。
また、また、また、また、また、また、また、また、また、また。
もうやめて。なんかいいっても、やめてくれない。
もうやめて。なんかい泣いても、わらってる。
だれも、たすけてくれない。友達がいないから。
だれも、止めてくれない。みんなは、わたしのことがきらいだから。
ひとりぼっち。わたしはきょうも、ひとりぼっち。
いまはゆうがたで、おうちにかえるところ。
みんなは、さきにかえった。だから、わたしだけ。
つうがくろをあるいているのは、わたしだけ。
おうちにかえれば、おかあさんがまっている。
はやく会いたいな。やさしいおかあさんが、わたしはすき。
おとうさん、きょうもかえってくるの、おそいかな。
はやくかえってくるおとうさんが、わたしはすき。でも、やすみの日にあそんでくれるおとうさんは、もっとすき。
こつ、こつ、こつ。
わたしの足音。よごれちゃったけれど、かわいいくつの音。
いまはわたしだけしかいないから、その音がよくきこえる。
この音が、わたしはすき。
わたしだけの音。
わたしだけがあるく音。
わたしだけの。
わたしだけ。
――わたし、だけ。
「――ぁ」
「こんにちは、お嬢さん。少し、お時間をいただけませんか?」
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
しらないお兄さんが、わたしをみていた。
背がたかいひと。わたしがぐいって首をうごかさないと、そのひとのおかおはみえない。
だけどわたしはすぐにしたを向いた。しらないひととはなしちゃだめって、いわれてたから。やくそくをまもらなきゃって、おもったの。
そしたら、お兄さんはそのまましゃがんで、またわたしの目をみてきた。しゃがんでくれたから、こんどはぐいってしなくても、ちゃんとお兄さんのかおがみえる。
お兄さんはポケットからなにかだすと、わたしにどうぞって、それをみせてくれた。
「私はとあるお店の人間です。そしてあなたは、お店のお客さん。よかったら、お店の品物を見ていってくれませんか? きっと、あなたになら、気に入ってもらえると思うんです」
それはカードだった。いろんなもじがかいてあるカード。
だけど、わたしにはよめなかった。
むずかしいかんじが、たくさんつかってあったから。
でも、きっと、お兄さんがおみせの店員さんっていうのは、ほんとうなんだ。むずかしいかんじがよめるのはおとなだけ。おとなだから、ほんとうにおみせやさんをやってるんだ。
わたしはかおをあげて、お兄さんの目をみる。
にこにことわらうお兄さんは、なんだか先生やおかあさんがいってた『しらないひと』とはちょっとちがうような、そんなきがした。
だから、ちょっぴりこわかったけど、きいてみた。お兄さん、なにやさんなんですか?
そしたら、お兄さんはきゅっと姿勢をなおして、おしえてくれた。
「私は『友達屋』です。『友達屋』のお客さんは、あなたのように一人ぼっちで、友達が欲しいと思っている人。私はお客さん一人一人に、いつまでもずっと仲よくできるぴったりの人を紹介しているんですよ」
『友達や』さん。えほんでみたことあったかな。
なんだか、ほんとうにえほんのせかいにはいっちゃったみたい。
「いかがでしょう? 私と一緒に、あなたにぴったりの『友達』を探しませんか? 私の『品物』たちもまた、あなたと同じように一人ぼっちで寂しい思いをしていますから、あなたが友達になってくだされば、彼らもとても喜ぶでしょう」
友達。わたしがずっとほしかったもの。
おみせでかうなんて、きいたこともないけれど。でも、わたしはこのお兄さんがうそつきだとは、おもわなかった。
友達がほしい。……でも、わたしのおこづかいで、買えるかな。
「安心してください。今なら特別価格で、お嬢さんに友達を紹介しましょう。あなたのおこづかいでも、十分友達は買えますよ」
わたしの不安に、お兄さんはすぐにこたえてくれた。
そっか。だいじょうぶなんだ。
それなら、わたし、お兄さんのおみせにいきたい。
お兄さんのおみせで、友達をかいたい。
――『友達や』さん。おみせの品物を、みせてください。
わたしがいうと、お兄さんはにこっとわらって立ちあがった。
そして、かたてをわたしのほうにだして、いった。
「それでは、ご案内しましょう」
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
お兄さんとてをつないで、わたしはおみせまであるいていった。
おかあさんやおとうさんじゃないひとと、てをつないであるくのははじめてで、なんだかふしぎな気持ちだった。
つうがくろじゃない、ぜんぜんしらないみちをすすむお兄さんは、ときどきわたしのほうをみて、だいじょうぶ、もうすぐつきますよって、いってくれた。
わたしは、しらないまちの、しらないもりまできていた。
そとはくらくなっていて、なんだかぶきみ。お兄さんがとなりにいるけれど、わたしはこわかった。
そしたら、お兄さんがおおきなこえでもりのなかにはなしかけた。
「みなさーん! お客さんが来ましたよー!」
お兄さんのこえが、少しだけ、体育館のなかみたいにひびいて、そのつぎにはもりの葉っぱがざわざわって音を立てはじめた。
ううん、もりの葉っぱだけじゃない。わたしのまわりをかこんでいる草むらも、おんなじように音を立ててる。そして、その草むらはもぞもぞうごいて――。
「――――」
そのなかから、おでこにツノがはえてる、ちっちゃい子がでてきた。
ちょっとびっくり。だって、お兄さんがいう『品物』って、わたしと同じだとおもってたんだもん。
でも、そのびっくりはすぐになくなった。わたしは、この子のことを、しっていたから。なんども、会ったことがあるんだ。
お兄さんがいった。
「さっそく出てきてくれましたね。お嬢さん、こちらは『小鬼』です。見てのとおり、小さくて、額に生えた角がチャームポイント。世の中では恐ろしい力を持つと言われていますが、こちらの方に限れば、そんなことはありません。その見た目とは裏腹に、心優しい人です」
つぎに『小鬼』さんがいった。
「オイ、『友達屋』! あることないこと言うんじゃねえぞ! ――それにしても、オマエ、本当にニンゲンか? オイラが怖くないのかい?」
うん。怖くないよ。わたし、『小鬼』さんのこと、知ってる。
そうして、『友達や』さんは、わたしのてをひいて、つぎの『友達』のところにつれていった。
つぎにでてきたのは、くびがキリンみたいにながくのびる『ろくろくび』さん。
とってもきれいなおねえさんで、わたしが着たこともないような、すごい服を着ていた。
お兄さんがいった。
「こんばんは、『
つぎに『ろくろくび』さんがいった。
「こんばんは『友達屋』。またこんな小さい子連れてきて。少しはお客のことも考えてあげたらどうなの? お嬢ちゃん、大丈夫? この人に変なことされてない?」
ううん。だいじょうぶだよ。お兄さん、とってもやさしくしてくれたよ。
そうして、『友達や』さんは、わたしのてをひいて、つぎの『友達』のところにつれていった。
そのつぎにでてきたのは、おっきいつばさがあって鼻がながい『天狗』さんだった。
えほんででてきたのとおなじ、かわったげたをはいていて、『友達や』さんよりもせがたかかった。
お兄さんがいった。
「お嬢さん、こちらは『天狗』様です。彼は無口で鉄面皮であるがゆえに、お客さんからは少しばかり印象がよくありません。ですが、とても温かい心の持ち主で、私が胸を張っておすすめできる方です! きっと、あなたの心の痛みも、わかってくれると思いますよ」
「…………」
『天狗』さんはなにもいわない。
でも、わたしがあいさつすると、
「……ゆっくりしてきな」
小さなこえで、そういってくれた。
そのほかにも、『友達や』さんはいろんな『友達』を紹介してくれた。
みんな、えほんとか、ひとりでかえっているときにみたことがある『友達』ばかり。だから、こわくもなんともなかった。
それに、みんなやさしかった。みんな、わたしのことをいじめたりしなかった。
――それだけで、うれしかった。
ここには、たくさんの『友達』がいる。
でも、お兄さんは、ここにいるひとどうしは、友達になれないっていった。
どうしてなの? わたしがきくと、お兄さんはいった。
――彼らは、あなたのような『ニンゲン』と友達になることを望んでいるからです。
お兄さんは、そうこたえるときだけ、わらわなかった。
こわいから、仲よくできないんだって。
でも、ここの『友達』は、だれかをきずつけたりしない。
そんなこと、しないのに。
なんだか、わたしみたい。
「……もう、ずいぶんと昔のことになります。彼らとニンゲンが、同じ世界で暮らしていたのは」
――どうして『みんな』は、この人たちを怖がるの?
「……お嬢さん。彼らの仲間の全員が、『いい人』というわけではないのです。中には、悪いことを企む者もいる。そしてそれが、今はずっと、昔よりもずっと、多くなった。だからニンゲンは、いい人も悪い人も、全部一緒くたにして、彼らのことを恐れるようになったのです」
お兄さんは、そういいながらぐるりともりのなかをみた。
そこには、お兄さんがわたしに紹介してくれた『友達』が、じっとこっちをみていた。そわそわしている子も、何人かいる。
わたしがだれと友達になるのか、気になっているのかな。
「やがて、彼らの多くも、ニンゲンを嫌うようになりました。ここに集まった人たちは、その中の『少数派』。彼らもまた、自分の仲間たちから弾かれて、ここに流れ着いたのです」
――そうだったんだ。この子たちも、わたしと同じだったんだ。
「ニンゲンとは違って、彼らには多種多様な種族が存在します。同じ仲間でも、種族が違えば関わりを持つことが難しいものもいる。だからこそ彼らは、分け隔てなく接してくれる『友達』を欲しているのです。――ちょうど、あなたのような」
お兄さんがしたをむいて、わたしの目をじっとみる。
――さあ、そろそろお時間です。
『友達や』さんがいう。
――誰にするか、決まりましたか?
……うん。もう、きめたよ。
そうですか。どなたに決めたのですか?
…………。
「友達屋さん。わたし、みんなと友達になりたい」
「……! お嬢さん、それは」
「一人だけなんて、いや。みんな一緒がいい。仲間外れになんてしたくない」
「…………」
「――わたしが、みんなの友達になる。みんな仲よく、できるように」
わたしがずっと、友達がほしかったように。
みんなもずっと、友達がほしかった。
でも、わたしと同じみんなは、『みんな』とはなかよくなれない。
でも、『みんな』は、わたしと同じのと友達になりたい。
だったら、わたしがみんなの友達になればいいんだ。
「友達屋さん。わたし、みんなと友達になりたいの。お代は、おいくらですか」
お兄さんは、またその場でしゃがんで、わたしと同じくらいの身長になった。お兄さんは、ちょっとだけ微笑みながら、お代のはなしをしてくれた。
「友達一人なら、その友達と一緒にいるあいだだけ、お代をお預かりします。そして、帰る時間になったら、お返しいたします」
それが、『友達』ひとりのお代。
「二人なら、お代はずっと、こちらでお預かりさせていただきます。帰る時間になっても、お返しすることはできません。……ただ、『友達』を返品していただけるのなら、お返しいたします」
それが、『友達』ふたりのお代。そして――。
「三人以上の場合ですが……」
『友達』が、ふたりよりも、もっといっぱいのときのお代。
お兄さんは、
「――お代は預からせていただくのではなく、お支払いしていただきます」
きっぱりと、そういった。
「そして、いかなる場合でも、『返金』に応じることはできません」
お兄さんはもう、わらっていなかった。
おかあさんやおとうさんがおこったときみたいな、でも、わたしがないちゃうような、そんなかおじゃなくて。
……わたしには、それがどんなかおなのか、よくわからない。
「友達屋さん。みんなと友達になるのはおいくらですか。わたしのおこづかいじゃ足りませんか」
ちょきんばこは、おうちにあるんだ。だから、いったんとりにかえらないと。
お兄さん、おうちまでみちあんないしてくれますか?
でも、わたしがきいたことに、お兄さんはううんってくびをふった。それからすぐに「その必要はありませんよ」っていったの。
――わたしの、『こころ』のところに、てをおきながら。
「――お代は、こちらになります。あなたの、一番大切なモノ」
「――――」
「あなたは、ここにいる全員と友達になることをご所望です。一度お支払いいただいた『代金』は、もう返ってはこない――どうか、よくお考えになってください」
――そっか。『友達や』さんのおかねは、『こころ』なんだ。
だから、かえすとか、かえせないとか、いってたんだ。
でも、わたしの『こころ』でいいのなら。
こんな『こころ』でいいのなら。
――友達のいない『こころ』なんて、いらないから。
「――はい、友達屋さん」
「――――」
「これでみんなは、わたしの友達だね」
わたしはじぶんのてを『こころ』にあてて、きゅっと『グーのて』をつくった。
そのてのなかに、『こころ』がはいってる。
それを、お兄さんのてのなかにもっていって、そこで『パーのて』にかえた。
これで、『こころ』はお兄さんのてのなかに。
『友達や』さんは、うんっていちどうなずいて、
「――はい。もちろんです。誠に、ありがとうございました」
もう片方のてで、わたしとてをつないで、『みんな』のところにつれていってくれた。
みんな、うれしそうだった。わたしも、うれしかった。
はじめて、友達ができたんだ。
ずっとほしかった友達が。
おかあさん、おとうさん。
きょうはかえったら、いっぱいはなしたいことがあるんだ。
友達がね、できたんだよ。
これからまいにち、ずっといっしょなんだよ。
だから、まっててね。
わたしが、『ただいま』をいえるひまで。
――いつの日か、わたしたちが帰れるような世界になる、その日まで。
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