第11話 爺様の紙のお金

爺様は、今朝も婆様に怒鳴られていた。大体、僕らの朝は、これで始まる。婆様が、怒鳴ってしまう原因は、何度も、同じ事を説明するので、次第に婆様の声が大きくなるのが、原因とデイサービスに出かけるのに、外出用のズボンと庭仕事用のズボンを履き間違える事だ。普段の爺様は、庭仕事用のズボンを腰パンにして、履いている。もちろん、ウェストがゴムでないので、ベルトをしないと、下がってしまうのに、ベルトの仕方を忘れている。だから、いつも、腰パンになっている。

「そのズボンで、行かないでね」

泥だらけのズボンで行こうとするのを、引き止める。

「着替えてから行って」

帰宅したら、帰宅したで、騒いでいる。お出かけ用の格好で、一張羅を泥だらけにする物だから、婆様は、大騒ぎだ。そして、今朝の騒ぎは、お金を持って行くと言い張っている事だった。

「お金は、持っていってダメなんだよ」

デイサービスの職員さんが、持ち物を確認して、バックにお金があると、迎えに来た玄関で、注意する。

「なくしても、いいから、持って行かせてください」

婆様は、こお言う。お金を持っていかないと、爺様は、落ち着きがなくなる。昔から、何かの施しを受けたら、お金を払わなくては、いけないと思い込んでいる様だった。だから、デイサービスの時間が、近くなると婆様は、ピリピリする。ところが、この間、事件があった。婆様が、ご近所に届け物に行って、帰りが遅くなった。僕は、学校が休みで、昼からの部活に備えてゆっくりと、朝寝坊を決め込んでいた日だった。最悪な事に、兄が爺様の対応をする事になってしまった。

「返して!返して!」

兄の大きな鳴き声で、僕は、目が覚めた。階下から、何やら、兄と爺様の言い争いが聞こえてくる。

「じいちゃんのだ」

「僕の」

「じいちゃんのだ」

「僕が、今、出したんだよ」

僕は、眠い目を擦って、階段を降りると兄が真っ赤な顔をして、地団駄を踏んでいた。

「どうしたの?」

爺様に聞いても、わからないので、僕は、兄に聞いた。

「僕のお金を爺様が、持って行った」

聞くと、婆様が、用意した千円を爺様は、早速、無くしてしまい、探していたので、兄が、貸してあげると言い、差し出したそうだ。だが、爺様は、

「帰ってきたら、返してね」

「何をだ。儂はは、何も、借りてないぞ」

と言ったらしい。

「これは、僕の」

と言って、取り返そうとした兄と爺様が、取り合いの喧嘩になった。その内、爺様のデイサービスのお迎えが来てしまい、爺様は、騒ぎの中で、着替える準備もできずに、そのまま、出かける事になった。婆様は、その後、慌てて帰宅したが、その頃、兄は、鼻水と涙で、グチャグチャになっていた。

「ごめん・・・ごめん」

と言いながら、婆様は、奥から、茶筒を取り出してきた。

「ほら、ここにあるからね」

婆様が、差し出したのは、少し、しわしわになった千円札だった。

「どうしたの?これ?」

聞くと婆様は、笑って答えた。

「爺様は、シワのないお札しか、お金ってわからないんだよ。シワだらけになると、鼻紙だと思って、その辺に置いてしまう。だから、私が、集めておいておくんだよ」

そう言いながら、少しシワのあるお札を渡していた。そおいえば、爺様がお金をなくすのも、兄のお札を欲しがるのも、そおいう訳なのか。兄は、少し、シワのあるお札が気に入らないらしく、なかなか、手に収めなかったが、

「チョコ買いに行くよ」

そう言うと、そのお金を綺麗に畳んで、胸ポケットに入れた。爺様も兄も、似た所がある。親父は、爺様を見ていると、

「いつかは、お前もああなる」

と言うけど、先に、爺様みたいになるのは、親父の方だと僕は、思っている。

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