第10話 陛下がお見えになりました。

爺様。今日は朝からご機嫌です。何と、スーツでデイサービスに行くと言うので、朝から、婆様と大喧嘩しています。結果、爺様が勝ち、お気に入りのスーツで、デイサービスにご出勤です。今日は、土曜日。僕は、珍しく部活が休みなので、飼い犬のチビとコロを散歩させている。あ・・・。言うのを忘れていたけど、家には、2匹の雑種のワンコが居て、僕と兄が、世話をしている。気分屋の兄は、滅多にやらないので、殆どは、僕だけど。部活が忙しくない時は、思い切り、長い散歩をしている。爺様にも、ワンコとの生活は、快適らしく名前がわからないのに、外にいると

「おいおいおいおい」

名前もわからないので、変な掛け声をしてくる。

「名前も、覚えられないんだよ。最近」

婆様は、この世の終わりみたいに、大袈裟にため息をついて見せる。

「私の友達が来たって、わからないんだ」

それなのに、爺様は、宅急便のお兄さんが大好きだ。張り切って、ハンコを持って出ていく。

「それで、それを仕訳するの」

何処に荷物を置くのか、確認するから、うるさくて敵わないと婆様は、こぼす。この間は、親父の購入したビール一箱を持って、家の中をうろうろしちたそうだ。考えると笑える。

「汚さないでよ」

デイサービスの車が、迎えに来るとトドメとばかり、窓越しに爺様に言い放つ。帰宅すると案の上、泥だらけで、婆様にしこたま怒られていた。爺様曰く

「今日は、陛下がいらしゃった」

婆様は、否定しながらも、半分、本当だと受け取った。この世代に「陛下」という単語は、水戸黄門より、効き目がある。

「本当に、陛下が?」

来るわけがない。

「妃殿下もだ」

爺様の鼻の穴が、最大に膨らむ。婆様は、スーツを着て畑仕事をしたきた爺様を叱るのを、すっかり忘れてしまった様だ。

「わざわざ、いらしてくれたんだね」

うっとりと、遠い目をしている。いやいや、そんな事ある筈がない。

 後日、デイサービスから写真入りの連絡帳が届いた。そこには、敬老の日に、仮装をする職員の姿と、嬉しそうにポーズをとる爺様の姿があった。

「あれまぁ」

爺様は、鼻高々で、お隣の奥さんにまで、写真を見せに行った。

「本人が、そう思えば、陛下なんだよね」

婆様は、嬉しそうな爺様の後ろ姿にポツリと呟く。爺様。陛下に会えて

良かったね。

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