第7話 爺様貸し出します。
長い夏休みが始まった。僕は、部活の他は、同じく学校が夏休みになった兄の面倒と、爺様の面倒を引き受ける事になった。婆様は、変わらず、半日のデイサービスに行くから、週に2回の婆様不在時は、僕が子守をする事になった。事件は、そんな時に起きた。兄は、少し、障害がある。僕より、年上だけど、精神年齢は、かなり低い。兄は、言い出したら、言う事を絶対聞かない。思った事ができないと、大暴れして手が付けられない。よりによって、婆様が、不在の時にそんな事が起きてしまった。いつもなら、爺様を見ている事が出来たけど、この日は、兄もいう事を聞いてくれず、近くのコンビニに、兄の好きなお菓子と、シュワシュワの飲み物を買いに行く事になった。
「爺様、僕は、兄ちゃんの買い物に行くんだけど、一緒に行かない?」
爺様も一緒に行ってくれれば、僕は、助かる。新聞を本気になって読んでいただき爺様は、僕に一瞥をくれると
「行かない」
と言った。
「爺様の好きなシュワシュワも買いに行くよ」
「行かない」
爺様と兄は、似ている。食べ物の趣向がそっくり。だけど、この日は、爺様は、シュワシュワに気を惹かれる事はなかった。
「おとなしく待っていられる?」
「ふむ」
爺様は、僕をチラッとみると、うなづいた。近くのコンビニまで、行って帰って10分。どうか、爺様、大人しく待っててくれ。僕は、外で、ぐずりながら待っている兄の手を取った。
「さあ、行くよ」
兄は、満面の笑顔で、財布を握りしめている。僕は、10分程度で、帰ってくるはずだった。こういう時に限って、本売り場に兄の大好きな本が何冊もあって、思いの他、時間がかかってしまった。
「げ!」
そこにあったのは、豪華付録のデアゴスティーニだった。兄の好きなスーパーカーシリーズで、何種類かの車種を選ぶ様になっていた。兄は、お小遣いをもらっている。けど、今月は、夏休みに入ったばかりの月末で、お小遣いは、残り少なかった。その残り少ないお小遣いの中で、この豪華付録の本を1冊、選ぶのは、至難の技だ。兄は、案の定、迷い出した。
「どうしよう。どれにしよう華?」
本を2冊、手に取り、悩み出したら止まらない。
「兄ちゃん、早く!」
急かすと、余計にパニックになるのに、僕は、声をかけずにいられない。兄と対応する時は、自分の感情をぶつけては、いけない。だけど、ここで、時間を取られる訳には、いかない。爺様は、1人で、置いてくるのは、危険だからだ。大人しく自分の家の敷地から出ないなんて、保証はない。僕は、苛立ってきた。どちらでも、いいからと、本を取り上げ、レジに兄を連れて行ったが、兄は、自分で、選びたいと大きな声で、騒ぎ出し、他のお客様から、白い目で、見られ始めた。
「わかった。わかったから」
僕は、自分の財布から、お金を出し、兄の悩んでいるもう1冊の本購入する事位した。とても、痛い事だけど、爺様が、何をしでかすか、心配だ。上機嫌になった兄の手を引いて、僕は、家路を急いだ。
「頼む。家にいてくれ」
買い物すら、出かける事が出来ないなんて。僕は、ちょっぴり悲しくなってきた。
「爺様!」
僕は、玄関の扉を思い切り開けた。
「爺様!」
兄は、手を振り払って、自分の部屋に上機嫌で、戻っていった。僕は、爺様が、座っていた筈の、椅子を見たが、椅子の下にも、部屋のどこにも、姿がなかった。
「爺様・・・」
僕は、玄関に戻り、爺様のお気に入りの靴を探した。
「ない」
だけど、爺様の靴はない。
「やばい」
僕は、慌てて、外に飛び出した。以前、爺様は、散歩中に行方知れずになり、警察に相談した事があった。僕は、敷地をぐるっと、周り探した。けど
「いない・・・」
爺様の姿は、なかった。もしかして・・・僕は、物置に行った。爺様愛用の、鎌を探しに行った。
「ない」
爺様のよく使う鎌がない。僕は、裏に探しにいった。草を借りに行ったはず。思い当たる所を探したが、姿はなかった。
「爺様」
警察に言わなきゃか・・。僕は、落ち込んだ。婆様になんて言おう。そしたら、隣の庭から、おばさんの声が聞こえてきた。
「大変ですから、もう、いいですよ」
「爺様」
僕は、隣の庭にダッシュした。
「爺様!」
僕は、見つけた。隣の畑に座り込む爺様の姿を。
「すみません」
僕は、謝りながら、爺様の手を取った。
「すみません。すみません」
爺様は、なんとお隣の庭の草を刈っていたのだが、刈っていたのは、雑草だけではなかった。
「すみません。花まで・・・」
僕は、情けなくなりながら、頭を下げた。
「いいんですよ。おじいちゃん、わからないんでしょう?」
そうは、言ってくれたけど、花好きのおばさんは、がっかりしているに違いなかった。何を言っても、わからない爺様。雑草を刈ってるつもりで、お隣の花まで、刈っていたんだね。僕は、久しぶりに落ち込んだ。買ってきた婆様に言ったけど、婆様は、少し、困った顔をするだけだった。婆様には、荷が重すぎるのかな。
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