4話
6月10日(木) 7時15分
いつもより早く起床した秀は、むくりと起き上がるとスマホのアラーム設定を解除する。
「くあぁ〜」
気の抜けたあくびをひとつすると、忙しなくクンクンと鼻に息を吸い込む。
「何だこの匂い?」
ベッドから起き上がり部屋を見渡す。ソファに寝て居るはずの叶向はそこにはいなかった。出ていったのか、ポリポリと脇腹を掻きながら匂いのするキッチンの方へと向かう。
ドアを開けるとそこには食事を作っている叶向がいた。
「あ、秀さん! おはようございます」
「……はよ」
驚きのあまり普通に挨拶を返す秀。
「お腹減っちゃったんでソーセージ焼いてました。あ、もちろん秀さんの分も焼いてますよ! それと、お米と炊飯器もあったんで白米炊いてます!」
「お、おう……サンキューな……」
叶向の自然な会話の流れに流されるまま秀は返事を返す。
「普段は何時に家を出るんですか?」
「えーっと、40分ぐらいかな」
「結構ギリですね……」
一緒に朝食を食べれないと悟ったのか、途端にしょぼくれる叶向に秀は慌てて付け加える。
「コンビニ寄ってゆっくりしてくからこの時間なんだよ。会社には8時半までに着けば良いから……その、せっかく用意してくれたんだし一緒に食おう」
秀の言葉にあからさまに叶向はにっこりと笑顔で返事をするとソーセージと白米をさらに盛り付ける。
「「いただきます」」
叶向に習って秀も両手を合わせる。
「なんか悪いな、朝飯まで作ってもらって」
「俺がしたくてただけなんで、秀さんは気を遣わないでください」
久しぶりの家での朝食を頬張る。ただ焼いたソーセージと炊いた白米がやけに美味しく感じた。
「それにしても、なんで紙皿しかないんですか?」
「ああ、それは大人の知恵ってやつよ。洗い物が楽だろ?」
秀の言葉に叶向は怪訝そうな顔をする。
「何だよ……」
「俺が言えたことじゃないですけど、何だか秀さんのこと心配です」
「心配って……」
「自炊とかしてなさそうですし、コンビニべ弁当ばっかり食べてそう……」
「うっ……まぁごもっともだな」
図星をつかれて気まずそうな秀の表情を見て、叶向は優しく笑う。
「俺がちゃんと作ってあげますんで安心してください」
「アホか、飯食ったらお前も学校に行け。そんでちゃんと自分の家に帰れ」
「えぇ〜、もう少しだけここに置いてくださいよー」
ぷくっと頬を膨らませて拗ねて見せる叶向。
「ばーか、お前みたいなガキンチョに世話されるほど落ちぶれてねえよ」
「ガキンチョって、俺たちそこまで年違わないじゃないですか!」
「社会経験の違いってやつよ」
「またそんなこと言って! あ、そういえば秀さんお仕事は何時に終わるんですか? 俺は16時には学校終わるんでスーパーで買い物してきますね」
「人の話を聞けっての!」
「良いから! お仕事の終わる時間教えてくださいよ‼︎」
「ったく……18時40分。教えてやったんだから俺の言うこともきけよ。今日はちゃんと家に帰れ」
「善処します!」
* * *
8時28分
「おはようございます」
軽い挨拶を済ませるとタイムカードをきる。
「あら三岳くん、おはよう。今日はいつもより遅いのね」
「はい、今日は用事があったもんで……」
いつも通りの仕事をこなす。事故を起こし、壊れた車の塗装を一日十台ほど新品同様に仕上げる。体を使う仕事のため疲労感もあったが、その分一日はあっという間に過ぎていく。
一通りの作業を終えた秀は、作業服の胸ポケットに入れたスマホで時間を確認する。
18時28分
定時は18時30分だが、事務処理などでタイムカードをきるのはいつも18時40分だった。流れた汗をタオルと汗拭きシートでしっかりと拭き取ると事務所へ向かう。簡単な事務処理を済ませるといつも通りの時間にタイムカードをきる。
18時40分
愛車に乗り込むとフウと短く息をはく。この瞬間はいつも一日分の疲労感を感じるが、運転を始めてしまえばそれも忘れることができた。
秀は何よりも車が好きだった。仕事終わりに入念に汗を拭き取るのも、車内に汗臭さを残したくないためだ。もちろん、着替えを持参しているため仕事終わりの作業着で車に乗ることはない。
鍵を回しエンジンをかける。心地のいい低音のエンジン音が駐車場に響く。
「腹減ったなぁ」
そんなことをぼやきながらいつものコンビニへと車を走らせる。
いつものコンビニで弁当を手に取ると、叶向のことが頭をよぎる。
「スパーで買い出しするとか、自分が飯作るとか言ってたよな……いや、でも流石に自分家に帰ってるよな」
一人分の晩ごはんの会計を済ませると帰路へと着く。以前まで通っていた、叶向と初めて会った通りは避けて家を目指す。
19時13分
コンビニで長居をしてしまったせいか、いつもより遅く帰宅した秀は車のデジタル時計で時間を確認する。
「さっさと風呂入って飯にするか」
アパート正面にある駐車場に車を停めると、二人の男が慌ただしく走り去っていくのが目に止まった。
「あいつら……っ」
見覚えがあった。その男二人は、昨夜叶向を襲っていた二人に後ろ姿が似ていたのだ。
急に胸騒ぎを覚えた秀は急いで車から降りると、錆びれた階段を一段飛ばして駆け上る。
「……っ!」
「しゅう……さん」
自室のドアの前には腹部にナイフを刺され血を流す叶向の姿があった。
「っ大丈夫か⁉︎ いま救急車呼んでやるからしっかりしろ!」
ポケットに手をやるが、スマホは車の中に置きっぱなしだった。
「わりぃ、スマホ借りるぞ」
そう言って叶向のポケットからスマホを取り出すと、急いで119にコールする。
「ごめんなさい、おれ、また秀さんと……ご飯たべた、くて」
苦しそうに息をしながら叶向が涙声で秀を見つめる。叶向の側にはスーパーで買ってきた食材が袋に入っていた。
「わかったから、ありがとな。もう少しで救急隊が到着するみたいだ。それまで頑張るんだ」
「……うん」
「ちょっと痛いかもしれないが、傷口抑えるぞ」
電話で救急隊に指示された通りに、傷口を抑えて圧迫止血をする。
「うぐっ……」
傷口を押された痛みで叶向は苦しそうな声を漏らす。
「いてぇかも知んねえけど、もう少しの辛抱だ」
遠くの方でサイレンの音が響いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます