親友と父娘 

「…アロウのおじ様・・・がッ…」


 ここリィツ火星軍第3方面本部は、その元締めたる司令官ラダン・ジェン中将の執務室に響くのは、先の女パイロット、マリア=リサの声である。


「うむ、先ほど上層部より連絡が入った。もうしばし前のことだそうだがな」


「そ、そんな…」


 なにやら帰還と共に呼び出された為、まだパイロットスーツ姿。その長い黒髪も艷やかな細身の美少女は『アロウ・ギド逃亡』の旨を聞かされるや、おおいにショックを受けた様子だ。


「まあ、わざわざこんな前線基地へと逃げてきて、身を隠そうはずもなかろうし…ゆえに、遅ればせの連絡となったのだろう。だが、もし万が一彼がここに姿を見せたら、お達し・・・の通り無条件に捕らえねばならん。いくら彼が、我が親友の息子であろうとも、な」


 この軍服姿も凛々しき中年紳士の言う通り。いまデスクに両手を乗せつつ、向かいの部下を見上げる彼ラダンと、すでに亡きアロウの父親とは、かつて親友の仲であった。


 だけに子供の頃から、いまもアロウを可愛がっているのだが…


「ちょっと待って、お父…いえ、ジェン司令ッ…」


 そう、こちらはこちらで父娘。それゆえに、このマリア=リサもまたアロウと交流がある…どころか、実は彼女、その年上の男に恋心さえ抱いていた。


 そんなマリア=リサにとって、好きな『おじ様』を、まして自分の父親が『無条件に捕らえる』などとは、言わずと聞き捨てならない事なのである。

 

 さておき、興奮のあまりか、それとも抗議の意か…とにかくマリア=リサが、デスクに手をつき乗り出したところで、なぜかラダンが、その無骨な人差し指を自身の唇へと当てた。


 かと思えば、引き出しから紙とペンを取り出し、なにかを書き始める。


 そして、しばし…


 …壁に耳あり障子に目あり。私に調子を合わせろ…

 

 などと書き記したその紙を、我が娘の方へと向かって滑らせた。


 すると、すぐに察した様子、


「あ、は…はい。そうですね、ジェン司令。いまや彼は重大な犯罪者です。そう、残念ではありますが『無条件で』捕らえねばならないでしょう」


 文字通りマリア=リサが、調子を合わせて・・・・・・・そう宣った。

 

 とどのつまり、たとえアロウがここに姿を見せたとしても、少なくとも事情も聞かずに捕らえるつもりは、ラダンにはないという事だ。 


 そもそも、親友の息子であり実直な軍人でもあったはずのアロウが、よもや軍の機密を手に逃亡だなどとは、よほどの訳があるに違いない…と思えば、それもなおさらの事であった。

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