第33話 凸凹
Plunge 凸凹
勇者が魔王をみて、毛を逆立てた。
それは人類を滅ぼそうとし、勇者が倒すべき相手である。
魔王も不意に勇者と遭遇し、魔法を唱えるために呪文の詠唱をはじめた。
「双方、止めッ‼」
ボクの叫びで、二人ともピタッと止まる。それはボクに敵わない……と思っている二人だ。ボクが本気で怒りだせばヤバいことになる……と、すぐに気づくぐらいには冷静だった。
「ここで争うと、本気で怒るから。とりあえず、双方とも矛を収めて話し合いだ」
「キサマが魔王の仲間だと知った以上……」
「仲間じゃない。魔王はボクの強さの秘密を知ろうと、農業研修に来ているんだよ」
「の……農業研修?」
「そうだ。春になると人手が必要なんだよ。勇者も今から農場の仕事を手伝え」
「…………は?」
二人同時に、きょとん顔をされた。
「魔王と勇者は戦うの禁止。今からボクの農場で、二人とも春野菜の作業をする。いいな」
そんな二人の戸惑いなど意に介すこともなく、ボクはそう告げた。
近くの川で採ったカニ、食べた後の殻を焼いて、粉にしておいた。これがカルシウム分が豊富で、土壌改良につかえる。元の世界では貝の殻や、卵の殻をつかっていたけれど、ここでは簡単に代用できるものとして、アルカリに土壌を傾けさせる素材となる。
「ここからそこまで、その白い粉を混ぜて、後、作っておいた腐葉土と一緒に、土を耕す」
魔王は、図体はでかいが魔法に頼った生活をしてきたため、意外と力仕事などは苦手な感じだったけれど、勇者は逆に、常に体を鍛えてきたから力仕事も得意だ。
「そこは甜菜を植えるから、1メートル以上を掘って耕さないといけない」
「い……1メートル⁉」
「そっちもヤマゴボウと、自然薯を植えるから1メートル以上掘っておいて」
勇者も目を丸くする。ヤマゴボウは、一般的な名称をつかうと、アザミだ。山アザミという種類で、ゴボウのように根を深く張る。ゴボウより育てるのは楽で、収穫タイミングが難しいゴボウではなく、ここではヤマゴボウを育てている。自然薯はヤマイモのことで、4,5年育てないと収穫できない。ちなみに、自然薯はスピリトゥスがいるけれど、今はまだ眠っているようだ。
「1メートルなんて、よくあるよ。甜菜は本来、もっと掘らないとダメなんだ。今はまだ肥料の漉きこみだから、それぐらいでいいけど……」
勇者も唖然としている。体を鍛えてきた勇者でも、1メートルの穴を鍬一本で、百メートルも掘るなんて、やったことがなさそうだ。
魔王も一ヶ月、土づくりなどを手伝ってきたけれど、これから果樹の植え替えなども必要だ。果樹は新たな農場に多く移し替えているけれど、こちらに残しているものと、新しい農場の方にもっていったから、こちらには新たに植えようとするものがある。苗木をとって、小さな鉢で根をだすために育てていたものを土に植え付けていく作業を任せた。
「ポットより深い穴を掘って、そこに腐葉土を漉きこみ、後はアルカリ性が好きな木なら、この白い粉を混ぜて、酸性が好きな木なら、こっちの丸くて小さな塊となっている土を混ぜる」
丸くて小さな塊、というのは元の世界でいうと鹿沼土にあたる。酸度調整は難しいけれど、魔王や勇者にもやらせる。やらないと憶えないからだけれど、合わせて口もだす。
口をださないと、憶えることもできないからだ。
「次は間引き。成育がよさそうな苗をのこす。まずは三本をのこして、後で一本にするから」
「何でそんな面倒なことを……」
「まだどれが育ってくれるか、分からないからだよ。ほら、文句をいわずに手を動かす」
魔王も、勇者も、ボクに言われるがまま、地味な間引きの作業をする。ここは商業的なことは考えていないけれど、あえて数を増やしていた。なぜなら、その方が農業を憶えるから。
そうして、ボクたち凸凹トリオは何だ、かんだと言い合いながら、農業をすすめていく。
ボクは気づいていた。時おりスピリトゥスたちがこちらの農場に、ボクに会いに来るのか……。それは魔王も、勇者も、何となく農業に面白みを感じているのだ。まだ彼女たちが真に心を開いてくれるほど、植物に愛があるとはいえないかもしれないけれど、少しずつ愉しんでいる二人がいた。
ここでは耕運機など、機械がないからこそすべて手作業だ。手をかけるからこそ愛おしくなっていく。こんな大変なことをして、報われないこともある。枯れてしまったり、虫に食べられたり。そのたび、怒ったり、落胆したり。でも収穫となると歓びも一入だ。
それを二人にも味わわせてあげたかった。言葉は悪いけれど、争いなんていつでもできる。若くて、元気のあるうちなら、今日だってそれができる。でも、植物と付き合っていくのは1年とか、複数年にまたがることだ。そういうことがどれだけ大切なことか? 気づかせたかったから……。
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