第32話 邂逅
Derivation 邂逅
魔王はあれからも、農場にいる。ボクに勝てると大見得を切ったが、どうやら踏ん切りがつかないのか、今でも農作業の手伝いをしている。
それは力を見極められないから? 何しろ、スピリトゥスは精霊、魔力とはちがう力の流れをつかう。もっとも魔力にすぐれ、それを用いてきた魔族にとっては、逆に最も苦手かもしれない。
「あれ?」
こちらの農場に、イチゴのスピリトゥスが現れた。
「イクトのことが心配で……、来ちゃった♥」
「来ちゃった……はいいけど、まだ魔王がいるよ。大丈夫かい?」
「ん~……、何か、大丈夫っぽい」
そういって、イタズラっ子のように舌をだす。
その日から、スピリトゥスの子たちがこっそり会いに来ることが増えた。まだ魔王に近づいたり、彼の前にでることはないけれど、魔王が農場にきてから1ヶ月以上が経ち、我慢ができなくなっているらしい。
季節が春となって、彼女たちが活発になってきたこともあるだろう。冬の間は地上部を枯らし、根だけで過ごしていた植物たちも、少しずつフキのように動きだしてきた。落葉樹の下では、カタクリたちも淡い紫色の花を咲かせている。
スプリング・エフェメラル――。
春を告げる花は、昔からそう称されてきた。枯れ野原だったところに、彩が増えてきていた。
「今日はこのレンゲ畑を切る」
「なぜだ⁉ こんなきれいに咲いている花を」
「これは緑肥といって、ちょうどこの時期に畑にそのまま漉きこむために植えているんだよ。レンゲは窒素を固定してくれるマメ科の植物なんだ。あの一角のレンゲは種をのこすために切らずに、この辺りは春の植え付けをする前に、一斉に土を返して、混ぜこむ作業をする」
「勿体ない……」
「こういう栽培方法もある。レンゲだって役目があって、ちゃんとその仕事をしてくれるんだ」
他にもライ麦や小麦など、同じ目的で植えている箇所もある。こういう植物たちは種から育てるので精霊化しないけれど、恐らく緑肥にする時点で、きっと彼女たちは赦してくれないだろう。
葉や茎、それに根がまだ完全に育たないうちに切られ、種をつくる間もなく、そのまま土に埋められるのだから……。
魔王が言う通り、勿体ないという意見もあるけれど、こればかりは次の植物を健康に育てるため、と割り切るしかなかった。
しかしボクも気づいていた。スピリトゥスたちが、こちらの農場にも現れるようになった理由――。
ただそんな中、農場に近づく人がいる、とキランソウのスピリトゥスが伝えてくれた。彼女は強壮で、辺り一面、日当たりのよいところに生える。別名、ジゴクノカマノフタ。物騒な名前だけれど、由来の一つにその薬効から、地獄の窯に蓋をして、人が死ぬのを防ぐ、とされる。生薬の名前になると、筋骨草。
彼女も殖やそうと葉挿しという方法で、ほうぼうに植えていたら、精霊化してくれたのだ。
ボクがそこに急行すると、一人で山を上がってきたのは勇者だった。
「また来たのか……」
「悪いか!」
「もう用事もないだろ? また戦うつもりか?」
「返答次第では……」
そのしつこさが、魔王を討伐する、という途方もない目的に邁進できる原動力だと理解しつつ、でもやっぱり厄介だった。
「で、何を聞きたいんだ?」
「オマエは何者だ?」
「一般人だよ。人里はなれた山奥で、農場をつくって暮らしているね」
「一般人があれほど強いわけがあるまい!」
「その常識にとらわれているうちは、そう思うだろう。でも実際、君にも勝ったように、ボクは強い。強いわけがある、ということだ」
精霊による加護、と勇者はまだ気づいていない。というより、この世界では精霊そのものが伝説であって、そういう存在を前提にはできないのだろう。
「農場って、野菜だけじゃなく、野草も育てているんだよ。それは薬になるものもあれば、身体を強くしてくれたりもする。きちんと育ててあげて、その効能を知って、きちんと摂取する。そうすれば抜群の強さを身に着けられるのさ」
半分嘘で、半分本当――。
でも彼女たちの加護とは、そういうことだ。野菜は比較的、万人が食べても栄養が多くておいしいものが択ばれている。
でも野草になると、滋養強壮や、皮膚病を改善してくれたり、抗菌だったり、利尿だったり、それこそ様々な効果を期待できるものもある。キランソウなど、グルコサミンと同時に摂取すると、筋肉や骨の量を増やしてくれる、との研究結果もある。うまく体に合えば、最強の味方だ。
彼女たちは精霊となって、そういう効果を与えてくれる。それが加護。それが何重にも重なってしまったために、ボクの強さは形作られている。
勇者も納得していないが、そのとき予期せぬことが起こった。
慌てて小屋をでていったボクのことを、魔王が追いかけてきて、勇者と鉢合わせしたのだ。
「魔……、魔王の手先だったのか⁈」
面倒くさいことになりそうだった……。
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