第31話 精霊化

   Spiritus 精霊化


 魔王が農業研修をはじめて1ヶ月。とにかく魔法をつかわず、鍬とスコップ、鎌など、手作業で一からすすめる。

 季節は冬なので、基本は土づくり。成長や、収穫といったことがあるとやりがいも出てくるけれど、そうではない点が難しい。

 それでも、魔王は文句たらたらながら、ボクに言われた作業をこなす。

 二回も負けたから……というだけではなさそうだ。でも大柄で、見た目は怖いし、性格も怠け癖や愚痴が止まらないなど、色々と問題も多いけれど、悪い人物ではなさそう……と、ボクは思っていた。


 魔王が一人で作業をしているとき、ふと近づく人物にきづく。

「魔王様、やってるッスね」

 そこに現れたのは魔族の少女、ザグバだ。彼女はここに来て、農業をしていたことがあって、魔王がいるということで訪ねてきたのだ。

 しかしそれはボクに知られないよう、隠密で……。

「ここに来れば、奴の強さの秘密が分かると思ったが、一向にボロを出さん」

「多分、無理じゃないッスか。うちも色々と習ったッスけど、特別なことは何もないッスよ」

「そんなことはない! 絶対に何かあるはずだ。そうでないと、私の攻撃をはじくなど、できるはずがない!」

「ほんと、執念深いッスよね~」

 ザグバはそういって、消えた。


「春からの種まきは重要だ。種には発芽適温があって、それぞれ植物ごとに芽を出すのに最適な温度がちがう。大体の目安はあっても、暖かい日、冷え込み、そんなことを考えながら、この小さなポットに種を撒いていく。

 さらに、好光性のタネは覆土を少ないか、まったくなくてもよい。嫌光性のタネは少し深めにタネを撒く」

「憶えきれるか!」

「自然と憶えるよ。この種を入れるケースを色分けしておいた。ここに植物の名前も書いておいたから、ここに来年用のタネを入れておけば、間違うことがない。実には発芽抑制を促すものもあるから、基本は果肉をきれいに洗い流してからタネとして撒くこと。慣れてくれば考えなくとも分かるよ」

 種まきは植物にとって大切だ。何しろ、種が芽吹かないと育つこともないから。言ってみれば、受粉して種ができるのが妊娠、芽吹いて初めて出産だ。そうして子供として新しい命が育つ。

 スピリトゥスのみんながいると、彼女たちの方がよほど他の植物も詳しいので、このケースも彼女たちに言われてつくった。魔王に教えているけれど、ボクも受け売りである。


 春先は一番、食糧事情が悪いときにあたる。冬に蓄えておいた食糧もそろろそ底をつき、次の実りまで、残りわずかの食糧で過ごさないといけないからだ。

 だから苦くて、顔もゆがむほどの野草を食べてきた。

 今日もフキノトウの収穫だ。フキはアルカロイド系の毒をふくむけれど、芽吹きのときは含まない。それにキャラブキなどをつくるときでも1、2日水にさらしてから調理することで、毒を抜くのだ。

 魔王はフキノトウをかじって懲りているので、食べるとは言わない。ボクはフキ味噌もつくるため、収穫をしていると、ボクの周りにふわっと光が現れた。

 魔王は「な、何だ⁈」と驚いているけれど、ボクは知っている。

 フキは人の住む近くに植えられ、生息するものだけれど、それほど手をかけずとも育つため、これまで精霊化していなかった。

 光の中から、おかっぱ頭の小さな女の子が現れた。

「あなたの考えを聞き、お力になりたいと思いました。よろしくお願いします」

 そういうと、小学生ぐらいの女の子がかがんでいるボクに近づき、その顔を両手ではさむように抑えると、口づけをかわしてきた。これが、精霊による契約だ。

 どうやら、昨日に魔王とした会話を聞いていたようだ。ボクのフキに対する態度など、この人と関係をむすびたいと思ってくれた。植物とは、こうして関係をむすんでいく。


「なるほど、精霊どもの仕業だったか!」

 魔王はそれを知って、嬉しそうだ。

「最初に戦ったときも、ボクの周りに精霊がいたのを見ているだろ?」

「……も、勿論知っていたさ。でも、キサマの強さは精霊を飼っていたせいか!」

「飼っているわけじゃない。みんなとはトモダチ、仲間だよ」

「これでキサマの力の源泉を知った。もう負ける気はせん!」

「スピリトゥスと分かると、何か変わるのか?」

「…………」

 魔王が拗ねた子供のように、口をとがらせて黙ってしまった。

 確かに、ボクはスピリトゥスの加護により強くなっている。それが魔王による魔法攻撃とて、簡単に跳ね返してしまう理由だ。

 魔王には奥の手でもあるのだろうか? ボクにはさっぱりわからないけれど、でも負ける気もしなかった。だって種まきをしている今、もう暖かくなってきており、春を迎えた。

 そう、みんなが目覚める時期であり、彼女たちの加護の力が十分に発揮されるときだからだった。







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