第29話 とろみ

   Re-attack とろみ


 魔王の顔に、白い粉が降りかかった。それはボクの拳、袖についていたもので、でもそれを浴びても尚、魔王はニヤリと笑った。

「バカめ! この攻撃を考えていなかった、と思うか!」

 魔王は自らに、最大の防御魔法をかけていた。顔面にあたった瞬間、彼はその場からかき消えた。

 だが、マロウの加護で視力の上がっているボクには見えていた。魔法で数メートル上へと逃げたのだ。

「今度こそ、終わりだ! 冒険者‼」

 弱ったと油断させておいて、こちらに接近戦を挑ませ、魔法でその場から脱し、不意をつかれて逃げることもできないこちらに、一撃必中の攻撃をぶつける……。

 魔王が考えた、これが復讐の作戦――。

 巨大な炎の塊が、彼の手の上に形成されていく。あの巨大な炎の球体をぶつけられたら、一瞬で死――。


 でも、ボクは冷静だった。

「生憎と、ボクは冒険者じゃないよ。争いに巻き込まれるのが嫌いで、その前に何とかしようと思った、ただの農場主さ」

 そのとき、ボクの肩からひょっこりとスピリトゥスが現れた。小さな子なので、背中に負ぶっていても、目立たなかったのだ。

 彼女の加護は、守り――。カタクリは球根をもつ植物だけれど、その球根が年とともに地中へともぐっていく。

 春の一時期だけ陽をあび、その栄養で一年、地にもぐって暮らす。次の年の芽吹きと花を咲かせ、種までつけるエネルギーを溜めたら、また深く、深く地にもぐり、年々深いところへと達する。

 そしてその球根からはでんぷん質がとれ、水に溶いて熱をかけると固まる、かたくり粉として用いられた……。

 魔王の動きがゆっくりとなった。それは先ほど、殴ったときに彼の顔にふりかかった粉と、彼のかいている汗……。そして炎の熱……。

 そう、彼はとろみがついたのだ。

 そのとき、サフランの矢が魔王の腕に突きささった。とろみのついた身体で逃げるのが遅れたから……。


 痙攣する魔王がいた。今度の毒は、トリカブトのようなわずかでも致死量になるようなものではない。でも一瞬にして相手の意識をかりとり、身体の自由を利かなくする。魔王の攻撃は、その矢の毒によって消えていた。

「主なものはケシです。量を間違えると死にますし、中毒でのたうち回りますが、そこら辺はぬかりなく……」

 相手を痙攣させ、動けなくするぐらいにサフランが調整したようだ。

「勝ったの?」

「そうだよ。ありがとう、カタクリ」

「私、もう眠るね……」

 そういうと、カタクリはボクの頬にキスをしてから消えた。まだもう少し、彼女が芽吹くには時間もかかる。

 腕に粉を振っておいたのも、彼女の入れ知恵だった。ボクはスピリトゥスたちの加護によって基本的なステイタスの底上げがなされているが、逆にいうと、魔法攻撃をするのは難しい。

 殴ったり、蹴ったり……が基本的な攻撃で、そこに保険をかけたのだ。カタクリの粉を振りかけておく。最初の一撃で、決まらなかった場合にカタクリのスピリトゥスに頼る。

 オオバコとともに、守備を固めた布陣としたのは、やはりボクの力が弱まっていたからだ。魔王の攻撃をはね返すオオバコと、それを柔軟に受け流すカタクリ。二人の力が勝利につながった。


 魔王を捕らえた……といって、勇者に討伐させる気も、人族に引き渡す気にもなれない。

 それはボクが根本的に、人を信用していないからだ。人は悪意をもつ存在だ。特に脅威が取り去れる……取り去った後、というのはその傾向が強くなる。

「くそぉぅッ! にゃぜ殺さ……ふ!」

 サフランが調整した、ケシによる麻酔効果で呂律がまわっていない。正気になると魔法で逃げられると思って、こうして薄く麻酔をかけている。

「ボクは人族にも、魔族にも肩入れするつもりはない。でも、魔王が人族にちょっかいをかけて、それでボクに迷惑がかかるのは至極迷惑だ。だから懲らしめに来ただけだよ」

「懲らしめ……だと!」

「何を仕掛けていたんだ?」

「ヴェスカ……という街に、洪水を……」

 ヴェスカはリノアのいる街だ。彼女は貴族として、そこを治める領主の娘であり、常駐するはずだ。そこに洪水なんて起きたら……。

「地形的に、あそこはすり鉢状の底になったところに町がある。元はそこが川だったから、地下水を豊富につかえたのよ」

 サフランがそう補足する。

「なら、上流を堰き止めたか、川の流れを変えて一気にそちらに流すつもりか、その両方か……」

「魔王のことだから、魔法で大きな流れを変えたのかも……?」

「恐らく、もう発動済みだろうな。いくら魔王といっても、それだけ大きく自然を変えてしまうには、多大な魔法をいくつも必要だろうから……」

 後は、どこの地形を変えたか……?

「私、場所分かるよ」

 そういって、ふたたび現れたのはカタクリだった。







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