第26話 救命

   Mundane 救命


 マリアンナの体が、勇者の攻撃をうけて、はじけ飛んだ。

 ただその刹那、勇者の腕がぐんとブレた。それは矢が飛んできて、必殺技を放とうと集中し、注意が逸れていた勇者の腕に突き刺さっていたからだ。

 冒険者パーティーにも動揺が走る。仲間が勇者に殺された……。誰もが攻撃の手を止めた。

 ボクはその瞬間、マリアンナの体を掻っ攫うと、その場から離脱した。魔力も矢も尽き果てた冒険者パーティーは、しばらく追っても来られないだろう。

 それにさっきの矢は、サフランだ。手をだすな、と言っておいたけれど、ボクのことが心配で狙っていたのだろう。だとすれば、彼女の毒矢により勇者もしばらく動けないはずだ。

 ボクはマリアンナの傷口に、さっとガマの花粉を振りかけた。これには止血作用があり、育てているわけではないけれど、秋に水辺の近くに生えているので、収穫しておく。外傷以外でも、体内で出血していたら、このガマの花粉を水に溶いて飲んでも効果がある。それぐらい、優秀な外傷薬であり、ボクが元いた世界でも民間薬として知られていた。

 さらに、そこに生えていたナズナをむしった。春の七草にも数えられるが、これも止血作用のある成分をふくみ、それを傷口に押しつける。

「大丈夫か⁈」

 そう呼びかけながら、脈をとった。弱いけれど、まだ生きている。そこにサフランも駆けつけてきた。

「衰弱が激しいですね。フクジュソウを使いましょう」

 ボクも考えてはいたけれど、難しい決断だった。


 フクジュソウも、サフランと同じで大量にとると毒がある草だ。ただし、かつて漢方では福寿草根として、その根茎を利用していたように、量さえ間違えなければ薬となる。

 まさに漢方でも、強心剤として用いられていたものだ。脈の弱まっている彼女につかうべき……。

 そう、量さえ間違えなければ……。

 ボクも自信がないし、何よりそんな治療をしたことがない。一応、目安はグロ爺に聞いていたし、いざというときのためにこうして準備もしている。でも、弱ったこの子に、適量を施せるか……。

 でも、どんどん弱まる心音に、ボクも覚悟を決めた。水を一口ふくむと、フクジュソウの乾燥した根を口に咥え、キスをしてそのまま彼女の口の中に、無理やり一気に流し込む。

 傷口をしっかりとしばって、そのまま安全な場所まではこんだ。


「ごめんなさい、こんなことになってしまって……」

 マリアンナは一命をとりとめていた。サフランの場合、5gほど摂取すると致死量となるが、花の雌しべでその量をとろうとすると、500以上の花が必要となる。同じように、フクジュソウも昔はそれを食べる地域もあったように、量さえ間違えなければ薬となる。

 毒のスペシャリスト、サフランからの助言で、適量をほどこせたようだ。

 そして、危ないところを乗り越えた後も、キツネノテブクロ……通称、ジギタリスなどの強心配糖体をふくむ植物など、毒にもなる成分を調整、配合し、彼女は回復したのである。

「大体、事情は分かったよ。勇者としては自分より強い相手がいて、それを乗り越えるのが魔王討伐のための最後の試練、とでも位置付けていたんだろう」

 そう思うことにした。大体、ロールプレイングゲームではラスボスまでたどり着く直前が、一番の強敵だ。

 次の魔王になりかねない……と言われても、それでマリアンナを騙し、ここまでくるのが正義の戦いだろうか? まさに勇者の正義感が間違った方に強まった結果、ということだ。

「君の方こそ、勇者を裏切って大丈夫?」

「多分……」

 絶対、大丈夫じゃなさそうな答えが返ってきた。


 タンポポも、冬にも緑をのこす植物で、スピリトゥスも存在する。そんなタンポポのスピリトゥスを通じて、リノアと連絡をとった。

「勇者の動きは申し訳ありません。私もつかんでおりませんでした」

 リノアがそう申し訳なさそうにする。

「恐らく彼は、新たな聖剣を得るための冒険に出ていたんだろう。君が知らなくても当然さ。それで、彼は?」

「毒矢を喰らった……とかで、ダウンしていますわ」

 そう、サフランは毒に長けたスピリトゥスなのだ。勇者を殺さず、戦闘力を奪うためにぎりぎりのラインを狙ったはずだ。

「でも、問題は勇者パーティーに加わっていた冒険者ですわ。勇者が他の冒険者を傷つけてしまい、また一民間人に勝てなかったことで、勇者としての資質に疑義が唱えられているのです」

 そうなるだろうな……。勇者としてはそれを払拭するための、今回のミッションだったはずだ。

 それに失敗した。そして真逆の結果となってしまった。勇者の恨みをさらに買ってしまったかな……と、余計な心配とともに、もう一つの問題も持ち上がっていた。









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