第25話 テンペスト

   Tempest テンペスト


 放射冷却の冷え込みが厳しい朝――。ボクの布団はあたたかい。なぜなら、イチゴとワイルドストロベリーの、二人のスピリトゥスがボクの布団にもぐりこんでいるから。

 彼女たちは藁をしくなど、冬でも霜が降りないよう暖かくしてあげるが、スピリトゥスの彼女たちも寒がりで、ボクの布団にもぐりこむ様はまるで猫のよう。

「ほら、起きるよ」

「ふにゃ~……」

 二人とも起きる気配がない。常緑でも活動が下がることは間違いなく、朝は寒くて起きられないのだ。

 ボクは早々に布団からでて、暖炉から昨日の燃えさしをとり除き、新しい薪をくべて火を点ける。山の高いところにあるこの農場は、朝晩の冷え込みはかなりだ。新しい農場の方は、まだ山小屋などの設備がつくり終えていないため、基本はこの古い農場で過ごす。

 まだグロ爺は帰ってこない。新しい、珍しい苗をみつけると、その地の環境でどう過ごすか? 一年の変化を観察して、ここでの育成に生かさないといけない。そのため中々帰ってこられないのだ。

 この世界では育て方の本もないし、ネットなんて勿論ない。あくまで経験だけが育てるコツだった。


「大変よ!」

 サフランのスピリトゥスが慌てて、ボクのところに来た。

「近くに、勇者たちが来ている」

 ボクも慌ててサフランと一緒に、山に上がって勇者たちが見下ろせる場所へやってきた。

 冒険者で、一度ここを訪れたこともあるマリアンナが、拙い記憶をたどりながら先導し、大勢の冒険者が山を登ってくる。

 いつものように、道を迷わせて追い払いたいけれど、今は草木も枯れて、見通しはよくなってしまっているし、あれは多くのスピリトゥスたちの協力の賜物だ。冬はみんなが眠っていて、その手がつかえない。

「仕方ない、ボクがでるよ」

 そういって、ボクは一人で勇者パーティーの前に立った。

 勇者の他、三十人以上がいる。それは魔王討伐において二十人以上いたことと比べても、単なるダンジョン探索では済まない構成で、ここまでやってきたことを意味していた。

「探したぞ! プロキュアメント‼」

 勇者がすすみでてきた。以前と比べ、精悍さが増しており、鍛え上げてきたことを想像させた。

「何の用ですか? ボクの仕事は終わったでしょ……」

「また魔王の討伐にいく!」

 秋となり、食糧事情がよくなったのだから、もう調達係を連れていく必要はないはずだ。

 そう思って、断ろうとしたところ、勇者パーティーの殺気が高まるのを感じた。

「その前に、オマエを狩る‼」


 なるほど、そうなるよね……。ボクも気づいていた。

 魔族に匹敵する力をもつ者が、勇者を凌ぐ力をもつ者が、世界に存在してもらっては困るのだ。

 それが勇者側の事情――。

「ダリル様、それでは話がちがう……」

 マリアンナがびっくりした様子で、立ちはだかろうとした。彼女は、どうやらボクをパーティーの仲間に加える、という話で、案内を買って出たようだ。危ないところを助けた恩義もあって、恩返しだとでも思っていたのだろう。彼女が敵でなくて少しホッとした。

「奴は危険なのだ。魔王を凌ぐかもしれない力をもつ者など、次の魔王を準備するようなものだ」

 マリアンナ以外の冒険者は、すでに勇者に言いくるめられているらしく、戦闘態勢に入った。

「ボクは静かに暮らしたいだけで、人類と敵対する気はないよ」

 その言葉は虚しかった。アーチャーがすでに矢を放った後だったからだ。魔法による遠隔攻撃も飛んでくる。

「いや、だから……」

 ボクはその攻撃を、まるで秋に人の頭の上で、わらわらと飛び交う厄介な虫、ユスリカを嫌がるように、手を大きく振って払いのける。

 魔王の一撃必中の大規模攻撃より、細かい攻撃の方が一々対応するのが面倒だ。


「あぁ、もう!」

 何とかしたいが、冒険者パーティーはガードナーが五人並んで鉄壁だ。こうして遠距離攻撃で、ボクを弱らせて勇者の一撃で倒すつもりだろう。

 しかしボクも異変を感じていた。みんなが眠りについているためか、加護の力が弱まっているのを感じる。

 勇者の一撃を受け止めきれるかどうか……。

 黒魔術師たちの、大規模攻撃メテオが降り注ぐ。大量の火球が襲ってきた。これは森を焼き、畑にも達するだろう攻撃だ。それは何としても避けなければ……と、すべてを撃ち落としていく。

 これは集中力を削られるので、有効な攻撃となった。ボクが畑を大切にしている、とマリアンナから聞いていたのかもしれない。

 そのとき、勇者が飛び出してきた。手にするのは、新たな聖剣だ。

「ブレイブ・ストラッシュ‼」

 勇者が剣を振り下ろしてくる。こちらも大分疲弊しており、避けられるか……と身構えたが、そのとき驚くべきことが起こった。

 マリアンナが勇者の前に飛びだしたのだ。彼女の体が、まるで木枯らしに吹き上げられた枯れ葉のように、そこに舞った……。






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