第24話 冬の準備

   Winter 冬の準備


 ザグバが帰ったため、スピリトゥスたちが古い農場の方にもどってきた。

「イクト~ッ!」

 みんなは姿こそ現さないが、ボクとザグバの様子は見えていたので、心配していたらしい。次々と現れては、ボクに抱き着いてくる。

 普段はあまり姿を現わさない、果樹のスピリトゥスや、バジルやミントといった定番のハーブたちも、久しぶりに現れた。

 バジルは寒さに弱く、冬になると挿し木にして、暖かいところで冬越ししないといけない。ミントは地下茎でどんどん殖える、侵略的植物のため、素焼きの鉢に入れて管理する。それぞれあまり環境が適さず、生きるのに精いっぱいで、スピリトゥスとして登場する機会が少ない。

 しかしみんなが魔族をあっさりと、何ごともなく撃退したボクのことを歓迎してくれた。


 ここでは早くも冬ごもりの準備が終わろうとしていた。お米や麦、サツマイモなどの主食は確保している。冬どころか、来年の夏まで主食となるそうした作物は大量につくっているので、冬ぐらいなら問題なく超えられる。後は、果樹をジャムにするなど、保存できる形にするのがここから残りの作業だ。

 ここでもイノシシ肉などを干物にするけれど、塩などをつかい、水分をなじませるのが保存のコツ。同様に、ジャムは砂糖で水分をなじませることで、保存が利くようにする。

 ここでは甜菜で砂糖をつくっている。甜菜は二年かけて育てる、ヒユ科の植物で、大根やカブに見えるけれど、まったく種類がちがい、ほうれん草と同じ科に属する。一年目は全体を大きく、二年目に根を大きくして、その根から甘みを抽出する。難しいのは種からの苗づくりで、交雑しやすいため、種をとるためにはハウスに入れて、選抜したものを交配させないといけないのだ。

 毎年、そうやって砂糖を確保しているので、ジャムをつくって腐りやすい果樹も、長期保存をする。


 果樹からジャムをつくる……といっても、例えばイチゴはジャムにせず、ワイルドストロベリーの方をジャムにする。香りが強いワイルドストロベリーは、周りの小さな種を摂ってからジャムにしないとアクが強くなるので、作り方は難易度が高いけれど、おいしいジャムになる。

 その他にもカシス、アロニア、ガーデンハックルベリーといった黒い、小さな実をつける果樹も、ジャムにする。

 柿、桃、杏子、などもすぐに食べない分をジャムにして保存する。プルーンやブドウなど、単に乾燥させて保存するものもある。渋柿も干したりするけれど、ここでは乾燥剤などがないので、しっかり干さないと後々カビが生えたり、保存がうまくいかないこともある。

 でも、ジャムづくりや、干して保存するとき、一番大変なのはスピリトゥスたちが現れて、あれこれ口をだしてくることだ。

「ほら、もう少し煮つめて……」

「甘味が足りないから、砂糖を足して」

「酸味が薄いわよ」などなど……。

 みんな、自分を美味しく食べてもらいたいから、こだわりがすごい。それで本当においしくなるのだから、文句はいえないけれど、この時期、小さな山小屋はスピリトゥスたちでいっぱいになった。


 冬の前、スピリトゥスたちが現れるのは、彼女たちも冬に眠るからだ。常緑樹なら元気に起きているけれど、落葉したり、地上部が消えたり、動物でいうと冬眠と同じで、植物たちも冬、寒くなると長い眠りに入る。

 植え替えをするとき「エッチ!」と言われたり、「や、優しくしてください……」と言われたり、根を弄られることを植物たちは嫌う子が多いので、冬眠している間にそれをするのも、ボクの仕事だ。

「お休みなさい。起きたときに、どこに植え替えられているか、愉しみにしていますね」

 そういって、ボクにキスをして消えていく子もいる。長い眠りの前の挨拶だ。ボクもそれに応じるけれど、果樹だけでなく、多年草の子たちも眠りにつく。むしろほとんどが眠りにつく。

 これが毎年、冬の準備、春までのお別れの儀式となっている。

 冬はみんな眠るのだ。それが生き物の循環、食糧も乏しくなる中で、本来の生き物がとるべき道だ。

「寂しくなりますね」

 そういうのは、ローズマリーのスピリトゥスだ。彼女はシソ科だけれど、冬は成長が止まっても、葉は残して越す。

「私たちがみんなの分も、明るくするよ!」

 イチゴ、ワイルドストロベリーのストロベリーが声をそろえた。バラ科だけれど、彼女たちも常緑で冬を越す。

 冬は動物たちも姿を消すので、このわずかなスピリトゥスたちと、この農場を守っていく。

 しばらくは小屋の修復や、来年の畑用の土づくりなど、穏やかな時間がくる。そう思っていた。

 しかしすでに動き始めていた魔族、それに勇者。その動きにこれから翻弄されることになる。熱い冬がはじまろうとしていることに、このときはまだ気づいていなかった。


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