第23話 ザグバの帰還

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 ザグバとのにぎやかな生活――。というより、怠け癖、サボり癖のあるザグバに、農業とは日々の積み重ねが大切、と教えるところからはじまった。

 魔族は、人間の中で魔力の強い遺伝子をひきつぐ、選抜種。その性質の中に、あまりよくないものが含まれているのかもしれない。

 たったの三十八人で子孫をのこそうと考えたら、それはきっと遺伝子の多様性が失われるし、病気も引き起こすだろう。

 今はとにかく、魔族であっても農業を憶えて、自分で食べる分ぐらいはつくれるようにならないと……。


「だから、すぐ服を脱がない!」

 確かに幼いけれど、小学校高学年ぐらいで、胸も少しふくらんでいるぐらいの少女が、平気で全裸になっているのだから、注意もする。彼女にとって、人族というのは恋愛対象でもないし、掟で結婚も禁止されているので、ボクの前では恥ずかしくないらしいのだ。

「どんな教育をうけたんだ?」

「うちに親はいないッスよ。魔族は大体、子供が生まれると養育はすべて保育士に委ねられるッスから」

 ここでいう保育士は、ボクらが知るそれではなく、育ての親みたいな感じらしい。

「保育士は基本、放任ッス。でも、魔力のつかい方を教えてくれるッス。うちらは常に魔力が暴走する恐れがあるんスよ。力の正しい使い方……を憶えて、魔族としての生き様を貫くッス」

「かっこいい感じで言っているけれど、危ないことを言っているよ。暴走するの?」

「偶にッスよ。暴走したら、死んじゃうこともあるみたいッスから」


「いいかい。基本、炭水化物系の、いわゆる主食をどう確保するか? それから副菜としての野菜、そしてタンパク質の豊富な野草などを見極めて、それをどう収穫するか? だ」

「タンパク質? 肉を食べればいいじゃないッスか」

「魔族は動物を狩るなんて簡単、と思っているかもしれないけれど、すべてに命がある。害になるものなら、殺すのも仕方ないけれど、そうそう捕まえていいものじゃないんだ。

 野菜や、野草のように、継続して育ててあげられるようになれば別だけどね。

 例えばこのナンテンハギは、新芽や若葉を摘んで食べる。これからしっかり体を固く、丈夫にしようとするときはタンパク質も豊富だ。でも採り過ぎると成長を阻害するし、枯れてしまう。あくまで一部を利用させてもらう……という姿勢が大切なんだよ」

 どや顔で語るボクに、じとっとした目を向けてくる。

「楽をすればいいんじゃないッスか?」

「何でも楽をすればいいわけじゃないんだよ。農業は特にそうさ。楽をしたければ農薬を撒けばいい。除草剤をつかうこともできる。でも、それを植物たちは望んでいるのかな? 確かに、それで枯れることはないし、虫もいなくなる。でも、自然界には存在しない薬をかけられ、喜ぶ植物なんていないんだよ。

 楽だから動物を狩って肉をとる。それでは何も生まないんだ。自然とともにあり、そこの一部として自分も生きるなのら、世界がつづいていくことができる、そう確信しているんだ」

 これがボクの生き方であり、植物を愛する気持ちだ。グロ爺もほとんど同じ立場であり、この農場をそうして大きくしてきた。だから多くの植物がスピリトゥスとなってくれたのだ。


「うちはそろそろ帰るッス」

 ザグバはそういった。何しに来たかも分からないけれど、彼女にだって事情があるだろうし、あまり引き留めるのも悪い。

「農業の真髄を教えられなかったのは残念だけど、仕方ない。これからは一人で農業をして……」

「嫌ッス!」

「そこはもう少し溜めて返すものだろ……」

「性に合わないッス。でも、こんなに大変な思いをしてつくっているものを、力任せに盗んじゃダメなんだなってことは、分かったッス」

「……ま、それが理解できたなら、よしとするか」

 そう納得したけれど、気になっていたことを聞いてみることにした。

「何でここに来たの」

「偵察ッスよ」

「え⁈」

「ま、うちも興味あったッスよ。魔王を倒した冒険者でもない人って。怖い人かと思ったけど、そうじゃなかったんで安心ッスね。魔族を滅ぼそうとするんじゃないかって、みんな心配していたんスよ」

「戦う……わけじゃないんだ?」

「魔王を倒した人と、束になっても敵うはずないッスよ。だからあまり敵意をもたれなさそうなうちが、様子をみてくることになったッス」

 敵意をもたない……というか、まだ幼いと思うから赦せるだけだ。

「いい人で良かったッス。でも、今の魔王様には気をつけるッスよ。魔力はうちらの中で一番強いのは確かッスけど、何を考えているか、今一つ分からないッスから」

 そういって、ザグバは去っていった。魔族も意外と話が分かるのかもしれないが、魔王だけは要注意と、魔族でさえいう。まだもうひと悶着ぐらいありそうだった。





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