第20話 子実体

   Mushroom 子実体


 秋咲きのラベンダーが咲き誇った。今年は農場の移転、魔王討伐など、ずっとばたばたしていたので、彼女たちのお世話も十分できなかったけれど、しっかりと育ってくれた。

 野菜もそうだけれど、スピリトゥスの存在は大きく、お世話を任せられるのがあり難い。

「そろそろ、秋野菜の収穫ね」

 秋に花を咲かす宿根草や、ハーブなど、ラベンダーを先頭に農作業にいそしんでくれる。基本、花を咲かす時期は栄養をつけ、植物がもっとも元気なときで、それはスピリトゥスも同じだ。

 畑仕事はスピリトゥスたちに任せ、ボクはあまりみんながやりたがらない仕事をすることにした。

 山に入っての、きのこ狩り――。きのこにスピリトゥスはできない。真菌類といって、植物ではなく、胞子や菌糸として一生をおくり、繁殖期に子実体としてキノコを生やす。

 今回、ヤマイモ、オニユリ、ギボウシのスピリトゥスに来てもらった。最近は畑で栽培されることもあるが、みんな山野草である。

 ヤマイモとオニユリはむかごで殖え、その根を食べる。ギボウシは葉柄という部分を食べる。園芸種も多いが、それは品種改良されたもので食べられるかどうかは不明だ。野生種のオオバギボウシ、コバギボウシ辺りが食用になる。ぬるっとした食感が面白い。


 三人は元々山育ち。山作業もつよい。

「ほら、イクト。あそこにシメジがあるよ」

 すぐにオニユリがみつけてくれる。彼女はユリ科の野生種らしく、すっくと立った姿が美しく、花もオレンジ色であるように髪もオレンジが生える。

「崖上かぁ……。ヤマイモさん、頼める?」

「あい!」

 ヤマイモのスピリトゥスは可愛らしい返事で、すぐに身軽に崖を上っていく。蔓性で、よく上に伸びるヤマイモはこういう崖でもすいすい上がる。ちょっと幼い感じがあるのは、まだ根が太る前の、若い段階だから。

 彼女たちはきのこの知識も豊富だ。毒や食用の見極めも自分たちでできる。マツタケのように、菌糸と植物は仲が良くて、栄養や情報をよくやりとりしている。食べられるものは、動物に食べて欲しくてそうなっている。だから彼女たちがきのこの声をきき、すぐに見つけ、収穫してくれる。もってきた籠はいっぱいだ。


 きのこは干して乾燥し、冬の保存食になる。また漬けておくこともでき、この時期にまとめて収穫するのだ。

 ボクは基本、ほとんど作業はしない。三人に任せきりだ。彼女たちはまだ野草だったときの気分がぬけず、自由奔放な面がある。悪い言い方をすると監視だ。

「イクト、イクト。褒めて、褒めて!」

 ヤマイモのスピリトゥスがそういって、ボクにべたべたと抱きついてくる。

「よくできました」

 そういって頭を撫でてあげると、嬉しそうにボクに抱き着き、頬にキスしてきた。

「こら! 何をしているのよ。私も、私も」

 ギボウシまでそういって、ボクに抱きついてくる。

 ボクも二人のスピリトゥスに抱きつかれ、「斜面だと危ないから……」と応じるしかない。

「二人とも、やめなさい。蛇をけしかけるわよ」

 オニユリがそういって、冬眠前だったヤマカガシを手にして近づいてくる。

「ちょっと! 毒蛇じゃん!」

 ギボウシは顔を引きつらせ、逃げ回るけれど、ヤマイモは平気だ。スピリトゥスとなっても、元の植物の性質をひきつぐ。ギボウシは土からロゼッタ状に生えるため、ヘビが脇を通り、その気持ち悪さがあるのだろう。ヤマイモは蔓なので、ヘビの害は感じていない。

 オニユリの鬼攻撃に、ギボウシはたじたじ。ヤマイモは平然。三者三様で面白い。


 みんな人の手を借りず、周りの環境に合わせながら、競争を勝ち抜いてきた山野草だ。だから逞しいし、また柔軟である。

「あ、マイタケがあったよ」

 マイタケは、見つけた人が嬉しくて舞を舞ってしまう、というところから名付けられた、という説があるほど、おいしいきのこだ。

 ここではまだ天然ものしか流通しないので、それこそ珍しいし、また味もよいから高級品として扱われる。

「きのこって不思議だよね。子供をつくるためだけに、こんな立派になって……」

 ヤマイモの発言は、他意がないとは思うけれど、ボクなど勘繰りして赤くなってしまう。

「子供を遠くにはこぶための、発射台が必要なのよ」

 オニユリもそう相槌をうつ。

「でも、それを食べられちゃうんだよね。大口開けて、かぶりつかれて……」

 ギボウシはもう確信犯だ。

 基本、農場では食べられるものしか育てない。彼女たちもそうだ。ヤマイモは根茎だし、オニユリは球根、ギボウシは葉柄。みんな、食べられることを前提にしているのだ。

「私たちも食べて、食べてぇ~♥」

 悪気はない、と思うけれど、そう三人に迫られ、ボクもそそくさと山を下りることにした。きのこはMushroom、Mushには『戯言』の意味があり、そんな甘言にたぶらかされるわけにはいかなかったから。


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