第19話 水とあの子ら

   Waterside 水とあの子ら


 田んぼの草むしり――。ここではあまり雑草が生えないが、それは水を抜かない農法だから。

 イトミミズによる耕田効果で、雑草のタネが泥土に埋まり、生えにくくなる。

 これは生物多様性を維持するやり方で、グロ爺の教えでもある。

 通常、苗が成長していくと一度、水を抜いて、根に空気を吸わせる。しかし水耕田では刈り取った根をそのままにして、それが空気を送りこんでくれるのだ。

 だから見た目、とても不細工な田んぼになる。昨年の株の根を避けて苗を植えるのだから。元々、すべて手作業で刈るので不細工でも構わないのだけれど、まばらに生える雑草を抜くのは、それなりに大変な作業だ。

 今回は、水田といえばこのスピリトゥス、ワサビ。前回、田んぼに生えたミズアオイを一緒に抜いた。それに、今回はウワバミソウのスピリトゥスに来てもらった。

 ウワバミソウは小川の畔など、ウワバミ……蛇のいそうなところに生える野草、というのがその名の由来だ。

 水辺の作業は相性のよさを発揮するけれど、彼女を呼ぶと困ったこともあった。

「あ、足を滑らせました」

 そういって、ボクの胸にしなだれかかり、潤んだ瞳で見上げてくる。

 別名は『赤ミズ』――。根の赤い部分を丁寧にたたくと、とろっとしてくるので、だし汁を加えて食べるのが絶品。ミズトロロと呼ばれる。

 そんな特徴を引き継いだかのように、とろんとしたしなをつくり、その媚態にくらくらする。

「はい、デレデレしない!」

 ワサビがそうピリッと締めてくれ、事なきをえたが、ウワバミソウの魔性にかかりそうだった。

 危ない、危ない……。


 今年もイノシシに荒らされず、もう少しでイネも収穫だ。

「ワサビさんも収穫できそう?」

 沢ワサビなので、根茎が育てばいつでも収穫できるけれど、ワサビのスピリトゥスはあまりいい顔をしない。

 ワサビはその太い根に子株ができ、殖える。種でも殖えるけれど、野草の多くがそうであるように、大きくなるのに時間がかかるので、株分けによって殖やすのが一般的だ。

 ワサビは条件がよいと、沢を埋め尽くすほど殖えるのだが、ここでは水にカルシウム分が少し多めで、それほど好適というわけではない。なので、あまり収穫されたくないようなのだ。

「二本だけ。それだけだから……」

 ワサビはそれほど多くつかうようなものではない。ワサビも渋々と「それぐらいなら……」

「私なら、何本抜いてくれてもいいのに……」

 ウワバミソウが、そう色目をつかってくる。植物としては嫌がるものだけれど、むかごでよく殖えるので、彼女にとっては「お召し上がりになって♥」らしい。

 しかも、その言い方が妙にエロい。

 小川の近くで育てている二人は、まだ新しい農場へ移植ができていない。水の流れはつくったけれど、砂利を敷いたり、腐葉土を敷いたり、色々と準備も必要だからであって、ここで収穫したものは移植するつもり。ただそれはサプライズで、彼女たちには後で報告しようと、このときは黙っておいた。

 それがちょっとしたトラブルになる。


 ワサビはあまりタネを遠くまで運べない。動物や虫に運んでもらう、という選択肢をとらず、水がなくても育つけれど、少しずつこぼれダネで成育範囲を広げるしかないからだ。広まったのは、人間の所為とすらいわれる。

 そんな彼女が、急に新しい場所で目覚めた。

 ウワバミソウが「ワサビったら、激オコだよ」と伝えてくる。

 いつも厳しめで、ぴりっとしたコメントをしてくるワサビだけに、ボクもびびりながら移植した小川へ向かう。

 ワサビの新しい居場所は、水の流れを変えて、濁りが起きにくくなるよう川砂利を敷くなど、色々と工夫している。上流の、岩のすきまを流れるような、大雨でも清浄な流れが保てるところでないとワサビは枯れてしまう。泥がかぶることは死を意味するのだ。

 そんな小川を訪れると、ワサビのスピリトゥスが待っていた。

「ワサビさん、ごめんなさい。移植の話をだまっていて……。喜んでもらおうと思って黙っていて……」

 その言葉が終わらぬうちに、ワサビは駆けよってきて、抱きついてきた。

「ありがとう、こんな場所をつくってくれて……」

 感謝の言葉とともに、ワサビは唇を重ねてくる。どうやら、ウワバミソウにいっぱい食わされた、むしろ二人が仕組んだのかもしれない。

 二人とも、どうやら喜んでくれたようだ。

「ワサビがそうやってイクトとイチャイチャしてくれたら、私もやりやすいし……」

 ウワバミソウがそういって、ボクの背中にぴとっと体を寄せてくる。

「それはそれ、これはこれ!」

 ワサビにぴりっと締められると、ウワバミソウも「え~、ずるい~!」と頬をふくらます。どうやら、水場を好む二人は『水を向ける』よう、性格的には合わずとも、上手くやっているようだった。



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