第18話 退治

   Insect 退治


 夏の農作業は、虫との戦いである。

「もう、ホント! こいつら嫌い‼」

 ミカンのスピリトゥスが、そう文句をいいながら粘着性を高めたスライム状の塊を手にしつつ、アブラムシを捕獲する。果樹の中では、比較的よく現れるのがミカンのスピリトゥスで、髪が明るいオレンジが特徴だけれど、彼女も花期は夏。アブラムシの害に悩んでいる一人だ。

 一方で、イチゴのスピリトゥスはアリの巣をみつけてはつぶす。アリはアブラムシの協力者……であると同時に、イチゴはアリに食害されることも多い。アリは毛虫を撃退することもあるけれど、基本は害虫である。

 それに、ここではヨトウムシやネキリムシなど、スピリトゥスを通して察知できるるし、ミカン科の木に特異的に寄ってくる蝶々の幼虫なども。教えてもらえる。元々葉を食害されると、植物たちは互いに「危険だぞ」と信号をやりとりする。ここではそれをスピリトゥスが伝えてくれるので、アリは必要ない。

 アブラムシだけはどこからともなく飛んできて、植物たちが気づいたときにはもう増えている。

 増えると駆除も大変だから、こうして現れはじめると、みんなで駆除する。今日は総出で、アブラムシとの戦いだった。


「まったく……魔王より厄介だよね、こいつら」

 ボクがそう愚痴をいっていたところに、ツボクサのスピリトゥスが「みつけましたよ~」と、嬉しそうに駆け寄ってきた。

 ツボクサはセリ科の多年草で、スーパーフードとの呼び声が高い。栄養は抜群で、東南アジアでは青汁の素材となるほどだ。やや湿り気のある土地が好きで、ここでは小川の畔にひっそりと生えていたので、少しずつ増やしながら収穫していたところ、

精霊化した。

 彼女がみつけてきたのは、テントウムシである。

 そう、言わずと知れたアブラムシの天敵。しかもアブラムシがいる限り、そこで卵を産んで、幼虫もアブラムシを食べて大きくなり……と、循環がはじまるので、アブラムシを狩り尽くすまで常駐してくれる、頼もしい子たちだ。

「この子は?」

 ワイルドストロベリーが差しだした虫をみて、ボクは首を横にふる。

「それはテントウムシダマシ。ジャガイモなど、ナス科の葉を食害する害虫さ」

 ダマシと名がつくように、テントウムシと大きさ、外観はほとんど同じ。ただ星の数が多いのが特徴で、幼虫はテントウムシのそれとはちがって、トゲトゲのたわしのようだ。

 テントウムシダマシはすぐに殺す。この辺りにいると、畑の作物を食害される可能性がある。ジャガイモ、ガーデンハックルベリーなど、ソラニンという毒が豊富な植物の葉を、むしろ好んで食べる変わり者――。


 そしてもう一匹、厄介な虫がいる。生物界でもっとも成功した、繁栄する虫、そうカメムシだ。

 口吻と呼ばれる吸汁システムをもち、動物の体液から、果汁、米や麦のタネが柔らかいうちに吸ってしまう。

 トウガラシやドクダミなど、昆虫を寄せ付けないよう進化した植物のエキス、とっても臭い奴をつかって防除するけれど、もう一つはみつけたカメムシを、匂いをださせた上でつぶす。すると、この近くで仲間が殺されたと察知して、カメムシが近づかなくなるのだ。

 夏場の虫退治は、それこそ根気とやる気。これを少しでも怠ると、それだけ植物に犠牲がでる。

 夏の暑い時期にこの作業をするのは大変。でも、スピリトゥスたちと一緒に、真剣に作業をするのが、この農場の恒例行事でもあった。


 その日の夜、ボクがお風呂に入っていると、代わる代わる「イクト~、背中流してあげる♥」と、スピリトゥスたちがお風呂場に入ってこようとする。

 ボクも恥ずかしくて「遠慮しておくよ」と応じるが、彼女たちは害虫退治を手伝ってくれたボクのことを、ねぎらいたいらしいのだ。

 基本、スピリトゥスは精霊であるため、お風呂に入って体をきれいにする必要はない。汚れなど、それこそ元の植物がそうであるように雨で洗い流されて、一度消えてまた現れると、きれいになっているのだ。

 なので一緒にお風呂に入るのは、ボクに奉仕したいのと同時に、ちょっとの下心もあってのこと。

 ボクも相手が一人……なら、喜んで受け入れたかもしれないけれど、スピリトゥスたちが「私も」「私も」と押しかけてこられると、背中の皮がなくなってしまいそうだ。垢すりでもあるまいし、そんなに背中を流されたくない。

 でも、少し赤い顔をして、スピリトゥスたちが、それぞれをけん制しつつも、二人きりになろうとお風呂場にやってくるのは、何となくこっちも照れてしまうぐらいに嬉しいものだ。

 ただし、そのせいで長風呂になり、毎回のぼせるというのも、恒例行事になってしまっていた。



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