第15話 恐荒

   Cure 恐荒


 ボクがへとへとになって帰ってくると、みんなが癒してくれる。

 そう、ハーブは心を落ち着かせたり、癒しを与えてくれたりする存在だ。それはスピリトゥスになっても同じ。

「ほら、イクト。こっちに来て」

 カモミールがそういって、膝枕をしてくれる。香りも心が安らぎ、疲れた体には心地いい。

「ずる~い。私も」

 そういって、抱きついてくるのはレモンバームのスピリトゥス。レモンの香りがするシソ科の植物で、花は蜜源といって、ミツバチたちが集まってくる。葉をハーブティーで利用でき、これも気持ちを落ち着ける効果があるものだ。

「イクト、元気をだすなら、私たちだ!」

 ニンニクと、ラッキョウのスピリトゥスがそういって近づいてくる。言わずと知れたアリシンを含むニンニクは、元気の源。

 彼女たちからの加護もあって、頑張れていることを想うと、無碍にもできない。恐らく通常の人間では堪えられないほどの大変な作業だし、力もつかっているけれど、身体的にはそこまで辛くない。大きな果樹など、根をある程度伐ってからそれを新しい場所に運び、穴を掘って埋めるのだけれど、それも一人で、すべて手作業でやっているのだ。

 ふつうなら重機をつかってする作業を一人でこなす。加護がなかったら……と思うと、彼女たちのありがたみを感じてしまう。


 そしてそれは、農場へと近づく兵士がいたときに実感した。

 この世界では、食糧事情があまりよろしくない。人族は常に魔族の脅威に晒されており、農作業をする時間も少ないからだ。

 そこにきて、国同士が戦争をはじめたため、遠征にも食糧輸送をしなければならなくなり、在庫があまりないため、遠征の途中で食料をみつけようと山に入ってきたのだ。

 ボクの留守中だったけれど、彼女たちは毒と香りで兵士たちを迷わせ、農場から遠ざけた。

 少ない人数なら、ずっとそうやって人族の接近を拒んできたのであり、彼女たちの実力を改めて感じさせる出来事となった。

 その間に、ボクが移植作業をすすめ、引っ越し先でも彼女たちが現れるようになった。

 スピリトゥスは自分のクローンがいるところには現れることができるため、ここでしっかりと根付けば、こちらでも現れるようになる。


 いくつか移しているステビア。これは地盤改良効果や、果樹を甘くする効果があるので、それを混ぜるために、先んじて植えている。そのステビアのスピリトゥスから「お姉さんたちが、向こうに来てくれって」

「何があったの?」

「リノアさんから連絡がきたらしいの」

 ボクもそう言われ、急いでもどった。

「実は、国同士が戦争をおこしたことで、その隙に魔族から攻め込まれたらしいの」

 タンポポのスピリトゥスが、そう教えてくれた。

「大丈夫だったの?」

「何とか撃退したらしいんだけど、食糧事情が悪くなったみたいで……。イクトに相談したいって」

「相談? 何を……」

「野草に詳しいでしょ? 食べられる野草を教えてもらえば、採取して食べられるからって……」

「あまり気乗りしないな……。それこそ食べられる野草は山ほどあるけど、恐荒植物というのは、それなりに数も限られるから、一斉にとるとその地域から消滅してしまうこともある」

「そういうことも含め、相談したいんじゃない?」

 タンポポからそう諭されて、ボクもリノアの住む町へと向かった。


 元々、そう遠くない町であり、すぐにスピリトゥスたちの加護のあるボクの足ならすぐに到着した。

「申し訳ございません。ことは緊急を要するもので……」

 年端もいかないリノアが、申し訳なさそうにするのが、逆に申し訳なく感じる。それほど切羽詰まるのだろう。

「食べられる野草は山ほどあるよ。ほら、ここに生えているノビル。葉は分け葱や繁ネギのように刻んで薬味に、鱗茎はそのまま生でかじってもいい。香味が強くて、驚くかもしれないけれど、おいしくいただけるよ。

 この畑の脇に生える、カラスノエンドウも新芽を食べられる。秋口になって、新芽が伸びてくるころ食べるといい。

 オオバコも、意外や食べるとおいしい。茹でてから冷水に浸し、しっかりアクを抜いて食べるんだ。

 一方で、食べられると思っているヨモギは、少量なら香りや薬効もあるけど、食べ過ぎると毒が強くなるから、量を食べてはダメ」

 例をひきながら、間違って食べてはいけない毒草などもふくめ、ボクの知識を彼女に教えた。

 ボロギク、ギシギシ、スイバ、カタバミなど、周りに生えていても、ふだんから食べられると認識していないものが多く、彼女も驚いていたけれど、アクのとり方、調理の仕方もふくめてこうすれば食べられる、と教えた。

 ボクはそれで仕事を終えたはずだったけれど、これが噂を呼んで、とある仕事を依頼されることになる。













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