第13話

   


「く……、こんなところで死ぬの」

 魔道士の女性が魔獣に襲われていた。ふだんなら、決して遅れをとる相手ではないけれど、ダンジョン探索を終えて、油断していたところを襲われた。魔力もほとんど枯渇しており、魔導士では戦う術もない。

 体力も限界だった。魔獣は生きた者を食らう。しかも、群れとなって襲ってくるのだ。魔法で撃退すればどうということはないのに、今はそれができないもどかしさとともに、絶望に支配され、足取りも重くなる。

 森の中を走っているので、余計に足をとられる。もうどれぐらい走っただろう? 三日間逃げ回って、もう限界だった。

 足がもつれ、倒れる。魔獣たちが飛び掛かってきた。やられる! そう覚悟を決めたとき、脇から何者かが飛び出してきて、魔獣へと向かっていく。そのまま意識を失っていた。


 ふと魔導士が目を開けると、そこは山小屋だった。

「思わず助けたけれど、君は冒険者だよね?」

 不意に声をかけられ、飛び上がった魔導士のブリギットは、自分より若い少年をみて、さらに驚かされた。魔獣へ向かっていった少年の後ろ姿だったからだ。

「君が……助けてくれたの?」

「はい、この辺りの敷地で暮らしていて、そこにお姉さんと魔獣が入ってきたので、魔獣を撃退しました。でも正直、ここの主は人嫌いなので、恢復したら大人しくでていって、ここを人には話さないでもらいたいのです」

 立て板に水のごとくまくしたてると、彼女も戸惑いつつも頷く。

「助けてもらって、そちらの条件には勿論、最大限に応じるつもりだけれど、あなたが一人で、あの数の魔獣を倒したの?」

 本当はスピリトゥスに手伝って……というか、ほとんどを倒してもらったのだけれど、彼女たちの話をすると、色々と後が厄介だと思って「そうですよ」と応じた。

「強いのね……。ここで一人暮らしって、どうやって? 山の中でしょう?」

「畑もつくっていますが、野草や果樹なども育てて、自給自足です」

「薬は……?」

「お姉さんにつけているのも、薬草ですよ。お姉さんが起きたときに出そうと思っていた、強壮効果のあるお粥です」


 魔道士の女性、マリアンナはそれを食べると、以前と同じように目隠しをして、ボクが担いで近くの町まで運んだ。

 マリアンナのとき、スピリトゥスたちが出てこなかったのは、リノアのときとちがい、彼女から植物を大切にしている……という匂いがしなかったためだろう。植物はそういうところ、非常に敏感だ。

 ただ問題は、この山の上の領地に、人族が近づく機会が増えていること。元々、グロ爺がつくった農場が広く、その近くに街道が整備されたことがある。そして行き来がし易くなったことで、新たに洞窟ダンジョンが発見され、その往来にも街道がつかわれるようになった。

「ここで生活するのに、支障をきたすようになった……と思う」

 ボクがそう指摘すると、スピリトゥスたちも同意してくれた。

「でも、どうしますの?」

 ローズマリーに尋ねられ、ボクも「街道からは離れた場所に、みんなが暮らしやすい場所をつくって、そこに少しずつ君たちを移したいと思っている」

「いいわね。でも、そういう場所はあるのかしら?」

「そうなんだよ。そこで、みんなのネットワークでそういう場所があるか、調べてもらえないかな?」

 ボクがそう尋ねると、立ち上がった一団がいた。

「そうなると、私たちね」

 栗、柿、ミカン、クルミといった果樹たちは深く根を張り、他の針葉樹、広葉樹との交流も広い。彼女たちなら、良い場所をみつけられそうだ。


 しかしすぐ、移動できるわけではない。それこそ良さそうな場所をみつけても、そこにある木を伐って……となると、周りとの軋轢を生むからだ。雑木林でなくとも、開けた場所には雑草が繁茂する。それこそ根茎によって生殖範囲を広げるような植物だと、上を切っても根さえ残っていれば、また繁茂してくる。

 果樹たちも、新しくそこで育てることもできるけれど、桃栗三年柿八年、柚子のバカ野郎十三年、などとされるように、実をつけるまでにはそれなりの時間がかかるものだ。

 そこで果樹などは挿し木という手段をつかって殖やすが、ふつうに挿し木にしても成功率は低い。やるとしたら、接ぎ木だ。今生えている木の幹を伐って、そこに殖やしたい木をの枝を挿すのだ。ただ、これだとスピリトゥス的には不満足らしい。やはり自分で根を下ろし、殖えたいようなのだ。

 そういう彼女たちを説得、拒否をくり返し、果樹の移動を試みる。

 ハーブなどの宿根草は、若い茎を切って植えておけばいいのだけれど、植えた後でそこじゃない、というクレームが入る。

 ボクも彼女たちに健やかに育って欲しいので、わがままをできる限り聞いてあげるつもりだ。そうして、少しずつ農場の移動をはじめたのだった。








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