第10話 お勉強

   Cozy お勉強


「これでよろしいでしょうか?」

 リノアが、ボクが少し前に着ていたツナギの作業着姿となった。これらは蚕の糸をつむいで、ローズマリーさんたちが仕立ててくれたもの。彼女たちは染めにも精通するので、色味も工夫されている。ボクは男なので、黒が好きなのだけれど、女性らしくスピリトゥスたちは華やいだ色味を好む。ボクがオレンジ、彼女がピンク色のツナギだ。

 彼女はあまりに多くのスピリトゥスをみて、目を丸くするばかりでなく、弟子入りを志願してきた。それぐらいスピリトゥスはこの世界でも珍しく、わんさかいるのが不思議なのだ。

 ボクが前任者のお陰……と伝えても、是非極意を、と頼みこまれ、一緒に農作業をすることになった。

「へぇ~。お姫様の農作業ねぇ……」

 そう呟くのは、マルベリーのスピリトゥス。マルベリーは木の実を指すことが多くて、馴染深い言葉だと桑。実だけでなく、葉を蚕のエサにするために育てる。

 ちなみに桑の木は雌雄異体。つまり雄木と、雌木があり、スピリトゥスも雄のバージョンと、雌のバージョンがある。今は雄のバージョンで出てきたようだ。

 マルベリーは果樹で、農作業を手伝ってくれるタイプではない。出てきたのも、リノアに興味をもったからだろう。

「お姫様ではございません。私は父の教えもあり、ガーデニングを行い、自分の食材は自分でつくっております。決して素人ではございませんわ」

「どうだか……。期待しているよ」

 マルベリーは意地悪くそういって、消えていった。でも、本人に意地悪をするつもりはなく、新参者を嫌うのだ。ボクが初めてここに来たときも、異物といった扱いをうけた。ただボクは赤ん坊だったので、受け入れられたけれど……。


「お手伝いするよ!」

 ワイルドストロベリーが元気にそう言った。

「いい香り……」

「うわ! 何? 何?」

 ワイルドストロベリーは、実がつく時期だと近づくだけで甘い香りがする。そのスピリトゥスである彼女からも甘い香りがし、リノアが堪らず近づき、くんくんと匂いを嗅ぎまわるのだ。

「今は群生しているから、後で行ってみるといいよ。すごくいい匂いが充満しているから……」

 そういって先を促すと、リノアはすぐ「な……何これ?」

 初めてみた人はびっくりする。何しろ、畑は自然農法で、誰がみても雑草と思しきものが生えっ放しだからだ。

「雑草に見えるけれど、食べられたり、土壌改良効果をもつ植物が周りに生えているんだよ。例えば、このカラスノエンドウなんか、野草だけど食べられるし、こうして生えていると土壌を改良してくれる。それにこのオオバコ、喉の痛みを解消したり、便秘を解消してくれたり、薬効があるんだ」

 野草の類の薬効とは、科学的に証明されているわけではなく、民間療法的なものも多いけれど、昔から伝承されてきた。

 グロ爺はそういうことをよく知っていて、有用な雑草だけを残す。それは連作障害を回避するためのものもあるけれど、山の上でお医者さんもいない中、薬草が大切だからでもある。


「うわ~、いい香り」

 ワイルドストロベリーの群生するところにやってきた。落葉樹の下、そこに大地を埋め尽くさんばかりに、オランダイチゴよりも葉も、花も、実も小さなイチゴたちが鈴なりだ。

「へ、へ~ん。ボクたちはお花だけでも香りが高いからね。イクトたちのお陰で、こうして繁栄しているんだ」

 ちなみに、彼女のことをワイルドストロベリーと呼んでいるが、ここに植えているのはシロバナノヘビイチゴ。元いた世界では一般的に、エゾノヘビイチゴやチリイチゴをそう称し、シロバナノヘビイチゴは日本の野生種であって、別物だった。ここではグロ爺が野生のシロバナノヘビイチゴをここに移植し、殖やしてきた。元々、ランナーで殖えるし、種でも殖える。環境さえ整えば大繁殖する。

「春先にしっかりと陽が当たり、真夏は木々が遮光することで、熱やけしないぐらいの木漏れ日があたり、イチゴが好む適度な湿度を保ってくれる。環境を整える、とはそういうことだよ。

 雑草だらけの畑もそう。雑草だけど、仲の良い植物たちが集まり、根や菌、大地を通したコミュニケーションで、植物たちが元気に育っているんだ。こうしたイチゴは背が低いから、周りを高い雑草で覆われないように……とか、そういう育て方なんだよ、ここは」

 リノアもびっくりしていたが、やがて納得してくれた。

「それが、精霊化の真髄、ということですわね」

 彼女たちにとって居心地のいい空間づくり、それを心がければ、きっと君のガーデニングでもスピリトゥスが現れるはずだよ」

「そう、私たちみたいな……ね♥」

 ワイルドストロベリーのスピリトゥスが、ボクに抱きついてきてアピールするけれど、それは逆効果なのでは……? リノアの目が少し怖かった。



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