第9話 姫、救出

   Salt 姫、救出


「お塩がないわ。とってきてもらえる?」

 ローズマリーからそう言われたが、ここでいう「とってきて」は、棚や倉庫にあるものをとりに行くわけではない。それは農場をでて、しばらく歩かねばならず、護衛付きで岩塩の採掘所に『採り』に行くのだ。

 サフランのスピリトゥス。小柄で、薄い紫の髪色に、赤と黄色の挿し色が入っている。彼女は狩人。弓をもって護衛してくれる。ボクが荷物運びでバッグを抱え、彼女の先導で向かう。

 あまりスピリトゥスは農場を離れられないが、彼女はちがう。それは道すがら、小さな花を咲かせるサフランが植わっているから。

 そうできたのは、サフランが花も、球根も毒をもっているから。人間でも12gで致死量とされるほど、毒性が強い。

 ただ、その雌しべは香辛料として利用され、黄色の色付けとしても有名だ。その程度なら人体に影響もないし、むしろ健康にいい、という人もいる。でも、5gで眩暈や嘔吐などの症状が現れるので、注意しないといけない。もっとも、5gなんて高価すぎて、眩暈がする前に目の玉が飛びでているかもしれない。世界一高価な香辛料、といわれる所以だ。

 毒をもつから、動物に荒らされることなく、小さな花を咲かす。彼女は五月ごろから眠りに入るので、今のうちに手伝ってもらうのだ。


「おや?」

 サフランのつぶやきに、ボクも「どうしたの?」

「人間……。しかも、争っているね」

 ボクも山暮らしが長く、目がよくなった。サフランの指さす先をみると、かなり離れたところに山道があり、そこで豪華な馬車をとり囲む、兵士たちの姿がみえた。しかも微妙に異なる兵装をみても、馬車を守る兵士と、襲う兵士がいて、守る側が押され気味だ。

 やがて馬車を守る兵士が全滅した。馬車から引きずりだされたのは、ボクと同じぐらいの歳の少女……。

「助けなきゃ……」

「グロ爺から、人のことにかかわるな、と言われているんじゃない?」

「そうだけど、このままじゃあ、女の子が危ない」

「じゃ、助けるよ」

 あっさり同意すると、サフランはそこに生えているセイタカアワダチソウを根元から切った。その葉をしごいて、一本のまっすぐな矢とすると、先端に準備していた白い粉をつけ、矢を番え、ひょうっと射る。

 その矢はかなり遠くにいる兵士の、その鎧の隙間へと狙いたがわず、突き刺さっていた。


 セイタカアワダチソウは、秋に花をつける多年草。雑草だけれど、台風でも倒れない強靭さで、直立するのが特徴だ。根茎をのばしてコロニーをつくり、他の植物の成長を阻害する物質を根からだし、自分たちの楽園をつくる。まだ春なので、それほど背丈は高くないし、数も多くないけれど、矢には十分の長さで、サフランはその先端を鋭利にして矢としたのだ。

 さらに白い粉は、ハシリドコロの根を乾燥させたもの。ハシリドコロとは聞き慣れないかもしれないけれど、強烈な毒草である。食べた者が幻覚症状で走りまわるからその名がついた、と言われる。

 毒草というとトリカブトが有名だけれど、アルカロイド系の毒である。ハシリドコロも神経毒だが、幻覚をみるのが特徴だ。

 自身も毒草であるサフランは、毒のプロ。致死量にならず、幻覚をみせて昏倒するぐらいに調整している。

 遠距離から音もなく、次々と矢に射られ、兵士たちは倒れていく。ほどなくして全員、倒してしまった。

 ボクが倒された馬車に近づくと、女の子が倒れている。きっと王侯貴族の娘なのだろう。美しいドレス、装飾品をみにつけ、恐怖のあまり意識を失っていた。

 助けてはみたものの、どうしよう……? この場においていくこともできず、ボクも頭を悩ませた。


「ここは……」

 少女が目を覚ます。

「ここは山小屋。君の馬車が襲われていたので、助けてここに運んだのさ」

 ボクがそう応じると、少女は訝しみながら「あなたは……?」

「ボクのことは気にしないでくれ。でも、君の敵じゃない。無事に君を送り届けたいから、君の名前と、家を教えてくれ」

「私は……リノア・ファラント。ヴェスカの領主の娘です」

 やはり貴族か……。ヴェスカはここから少し離れた都市だ。この世界は都市国家の形態で、それが緩やかにつながり、大きな連合体をつくっている。ヴェスカの属するローザ同盟が、お隣のコンボルヴュラ連合との間で諍いがる……という話は聞いていた。

「ボクのことは内緒にしておいて。それを約束できるなら、君をヴェスカまで送りとどけるよ」

「わ……分かりました」

 リノアは警戒しつつも、辺りをみまわし、そこにいるローズマリーをみて「せ……精霊⁉」

 精霊はこの世界でも珍しいものだけれど、リノアの驚きは尋常でない。

「私もお城でガーデニングをしているのですが、精霊化してくれなくて……。やり方を教えて下さい!」

 どうやら、帰るつもりはなくなったようだった。



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