第8話 毒はないけど……

   Saururaceae 毒はないけど……


 春先、収穫できる野菜がある。ここではフキノトウやタラの芽など、野草や山菜の類も収穫するけれど、彼女たちは精霊化しない。育てられている、という感覚がないからだ。

 野菜も基本、精霊化はしないけれど、春になってボクが食べるのを心待ちにしている野菜、それが『のらぼう菜』だ。

 春の山菜、野草などは、峻厳な冬を越してきたためか、苦みを特徴とする。それがいい……という人もいるかもしれないけれど、十歳のボクにその苦みを理解するのは困難である。

 それに、ここでは油は貴重で、天ぷらなど、苦みを抑える調理法が難しく、お浸しでは苦みをダイレクトに味わうことになる。

 そんな中、のらぼう菜は春野菜なのに、むしろ少し甘く感じるぐらい、しかも軽く茹でるだけで食べられ、重宝する。

 かつて、何度も飢饉から人々をすくった……とされる理由もうなづける。飢饉のとき、一番ツライのは冬の終わり。備蓄していた食料もなくなり、収穫もできず、大抵がここで力尽きる。

 そのとき、早ければ二月、三月からはふつうに収穫できるのらぼう菜は、救世主にちがいなかった。しかも、脇芽を何度も収穫できるので、晩春のころまでずっと収穫できる点もあり難い。


「本当に、イクトは好きだよね、のらボう菜」

 笑いながら手伝ってくれるのは、ラベンダーのスピリトゥス。活発で、よく畑仕事を手伝ってくれるけれど、極度の恥ずかしがり屋なので、エッチな話や行動は厳禁とする。

「この時期に食べる野菜だったら、一番だよ。まだグロ爺みたいに苦みをおいしいという年齢には達していないボクにとって、甘みすらあるこののらぼう菜は、この時期の救世主だ」

「じゃあ、そろそろお花が咲いて、茎が固くなるのは寂しい?」

「寂しいけれど、種を取って、また来年も育てられるからね。それに、これからは他にもおいしい野菜も収穫できるし……」

 ちなみに、のらぼう菜のタネは菜の花油の原料だ。元いた世界、西洋では採油するために育てるもので、食用とはされない。日本でも、茎は萎びるのが早く、流通には乗らず、自分で育てるか、直売所が近くにある人だけの愉しみだった。ボクは毎年、苗から育てていた。その頃から大好きだった野菜で、この世界にもあって飛び上がって喜んだものだ。


 秋植えしておいた、他の植物も収穫期を迎えていた。どうしても山奥なので、地植えしているものの成育は遅めだ。ジャガイモ、キャベツなど、春野菜も収穫は晩春となる。

「私もね」

 そういうのは、イチゴのスピリトゥス。ボクが元いた世界では、春先から出回るので収穫が早いと思われがちだけれど、それはハウス栽培。露地栽培だと四月から旬を迎える。

 ここでも今が旬で、だからスピリトゥスも元気。清楚なお嬢様らしく、あまり畑仕事を手伝ってくれるタイプではないけれど、今日ののらぼう菜の収穫は手伝ってくれていた。

 収穫したのらぼう菜をすぐ茹でる。ジャガイモ、キャベツも一緒に茹で、春野菜を堪能するつもりだ。

「あ、ステビアちゃん、おはよう」

 ラベンダーが声をかけたのは、ステビアのスピリトゥス。ステビア……といっても馴染は薄いかもしれない。キク科なのに葉っぱが甘く、砂糖の三百倍、などとされるが、そのまま甘味とするのは難しい。ナゼなら、青臭さを抜くには科学的処理が必要だからだ。でも、土壌改良効果があり、葉や茎をたい肥として埋めておくと、果実が甘くなる……とされる。

 そのお陰か、イチゴなどと仲が良い。彼女の根本にも埋まっているからだ。

「おはよう……。何だか、大変なのが近づいているよ」

 ステビアの指さす先、そこにつる性の植物が、藪の方から伸びてきていた。


「ドクダミ!」

「これはマズイ……」

 ドクダミは暴力的植物……とされ、畑に入りこむと地下茎の駆除が難しく、大いに繁殖する。他の植物を簡単に駆逐するのだ。

 名前からも悪の怪人、みたいだ。森を切り拓くと一気にドクダミが勢力を伸ばして地面を覆い尽くす。ちなみに、駆除は根を絶やすしかなく、何よりその臭い! 刺激臭が強いのだ。

 ラベンダーも、イチゴも、ステビアもスピリトゥスたちは尻込みするので、ボクが駆除するしかない。

 畑を守るためにも、根から駆除しなければならず、畑の近くにある分はすべて除去するのだ。

 まだ畑に入りこむ前なので、しばらくの格闘で何とかなった。でもへとへとだ。

「イクト……ほら、ここに横になって」

 照れくさそうに、イチゴが自分の太ももをぽん、ぽんと叩く。

 ひざ枕? 確かに、横になって休みたいけれど……。でも、それで焦ったのはラベンダーだ。

「じゃ、じゃあ私も……やっぱりダメ!」

 恥ずかしがり屋なので、一人で何やら葛藤している。

「なら私は、お休み~」そういうと、ステビアがボクにしなだれかかってきた。

「ステビアちゃん!」「ステビア‼」

 二人の息が合ったが、ボクはさらに疲れが増しそうだった。



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