第7話 家長

   Travel 家長


「グロ爺は旅にでたわ」

 ローズマリーのスピリトゥスが、ボクにそう告げた。

 無口な人で、でかけるときにも誰にも何も告げず、ふいっと居なくなる。

 その間、スピリトゥスのまとめ役となるのが、ローズマリー。グロ爺との付き合いも長く、それはまるで樹木かと見まがうばかりの大きなローズマリーの木が、山小屋の近くにあることでもよく分かる。

 落ち着いた印象があり、年齢も少し高め。大人の女性という感じだ。

 ローズマリーも香りのよいハーブ。木質化するので、木に見えるけれど、多年草に分類されることもある。

「どこへ?」

 ローズマリーは首を横にふった。

「また新しい種か、苗を探しに行ったでしょうから、どこかの山奥か、人跡未踏の地にでも行っているのではないかしら?」

 グロ爺はそうやって、育てる植物を探してきては、農場で育てる植物を増やしてきた。

「あなたが農作業を手伝えるようになったから、安心して旅に出ているのよ」

「そうなのですか?」

「イクトのこと、頼りにしているのよ。以前は出かける前、自分がいない間の世話をどうするか? ぴりぴりしていたからね。今は自分がいなくても、イクトがやってくれると思うから……」

 そう思ってくれるのはうれしいけれど、グロ爺がいない間は大黒柱にならねばならず、責任も感じていた。


 イノシシの撃退――。いつの間にか、ボクがとんでもないことになっているのに初めて気づいた。

「加護って一体……?」

 ローズマリーは落ち着いて、蚕の糸をつむぎながら「スピリトゥスがウィースってことは知っているわよね?」

「魔素の塊……ですよね?」

「ええ。でもそれは、植物由来の魔素。植物の性質をふんだんにふくんでいるの。その魔素を、少しずつでもイクトに与えていけば、やがてイクトにもその魔素が溜まっていくことになる」

「でも、魔法じゃないんですよね?」

「魔素をもっていても、魔法として発動するためには回路が必要。多くの魔法をつかう種族は、その回路を生まれたときから身に着けているけれど、人間の場合、小さいころから練習し、刻みつけていくことで回路を覚えるしかない。でも、イクトにはその回路にあたるものがない……。つまり魔素があっても、魔法としてつかえるわけではない」

「じゃあ、イノシシを追い払ったのは?」

「スピリトゥスたちが加護を与えるとき、こう発動して欲しい……と願いを籠めるのよ。多分、イクトが危険に陥ったとき、助かるように魔素を授けた。それが発動したのね」

「もしかして、ボクが気づかないところで、加護が発動することも……?」

「あるでしょうね。嫉妬深い子だったら、もしかしたらイクトが他の子と……というとき、発動するようにしているかもしれないわ」

 ローズマリーはくすくす笑う。そんなことになったら大変だけれど、今のところ、ボクが意識するレベルでそれが起こったことはないので、そういう加護をかけた子はいないようだ。


 しかしイノシシを追い払うことができた。

 加護のありがたみを感じ、スピリトゥスの要求を拒めなくなったことも事実だ。

「イクト~、加護を与えるから、早く~♥」

 ベッドの中から、そう誘ってくるのはコンフリーのスピリトゥス。コンフリーというと馴染みのない人もいるかもしれない。かつて炎症を抑える効果がある、食用になる、としてハーブとして売られていたそうだが、肝機能に障害を起こすことが分かって廃れた。

 花がきれいなので、今でもヒレハリソウという名で、園芸店で売られていることもある。観賞用だ。

 繁殖力が強く、野生化したものを見ることが多い。種や株分けでも殖えるけれど、根伏せという珍しいやり方もできる。根っこを切り取って埋めておくと、そこからまた芽をだすのだ。

 ここでは土の改良、栄養を増すのに利用している。茎葉に栄養をたくわえるので、それを土にもどすと他の植物の肥料となり、成長を促すのだ。

「ベッドの中じゃなくても、加護は与えられるでしょ?」

「より多くの加護を与えたいじゃない。私と密接なボディコンタクトしましょ♥」

「そういう『密接』はいりませんから。他のスピリトゥスから、嫉妬されちゃいますよ」

「もう~……。意気地なし!」

 多くのスピリトゥスと暮らす上でも、偏ったコミュニケーションは控えないといけない。元いた世界では、女性が多い職場だったこともあり、その経験から覚えた処世術だ。

「私はいつだっていいのよ」

 ベッドから起き上がったコンフリーは、薄い布地の服をまとって、ボクの首に腕をまわして、キスをしてくる。

 これも密接なボディコンタクト。彼女はわざとふくよかな胸を、それは自らの釣り鐘型の花のような胸を、ボクに押しつけてくる。

 意気地なしと言われようと、今はこの加護の受け渡しが、色々な意味でボクにも安心することができた。

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