第6話 対イノシシ

   Protect 対イノシシ


 ボクは田んぼにやってきていた。ボクの農作業、植物への知識は、元の世界にいたときに本やネットから得た。それをベランダで実践していたが、当たり前だけどベランダでお米はつくれない。

 こちらの世界に来てから、グロ爺やスピリトゥスたちから色々と教えてもらったけれど、田んぼについての知識には自信がもてない。そこで、その道のスペシャリストを呼んでいる。

 ワサビのスピリトゥス――。

 もっと上流の、清流に棲まうアブラナ科の多年草である。根っこのぴりっとした辛味が刺激的な、多年草だ。種でも殖えるけれど、株分けでも殖え、根ばかりか葉にもぴりっとした辛味があり、畑でも育てることができる。ここでは沢の上流にコロニーを築いている。

 スピリトゥスには珍しい和装の着物で、日本原産らしい姿だ。

 彼女を田んぼの作業で呼ぶのは、水のきれいなところに棲む彼女は、水の状況に敏感で、田んぼの作業にも精通するから。ただし、彼女は水田には入らず、外から指示をだすだけ。


「ワサビさん。これ、どうしましょう?」

 ボクが持ち上げた雑草をみて、ワサビはすぐに「引っこ抜いて。全部」

「ダメな雑草?」

「それはミズアオイといって、田んぼの中で物凄い勢いで繁殖するわよ。イネを枯らすぐらいに……」

「ええッ! 大変じゃないですか」

 ボクの元いた世界でも、聞いたことがある。絶滅危惧種になって、知っている人も少なくなったけれど、それは田んぼに除草剤を撒き、ミズアオイを枯らしてきたからだ。日本に古くからあり、古名は菜葱――。古い人たちは田んぼを枯らした悪党を、食べてやろうとしたらしいが、おいしくないそうだ。そこで雑草として抹殺することを択ぶ。

 大量発生すると、手に負えなくなるからだ。

 花はきれいで、青色のスミレのような花を咲かす。ただ、美しさに見惚れるわけにもいかない。除草剤がないこの世界では、すべて引っこ抜いて駆除するしかなく、大切なイネを守らねば……。

 しばらく水田の中で、悪戦苦闘することになった。


「これぐらいで疲れて、どうするの?」

 畔で休んでいるボクに、ワサビがそう声をかけてくる。

「水田の中を歩くのは大変なんですよ……」

「若いうちから年寄りくさいことをいっていると、すぐ老けるわよ」

 ワサビは発言もつんとくる辛味がある。ボクは前世から数えるともう四十歳ぐらいだ。体は転生して若くなったけれど、精神的には中年のそれである。

 そのとき、ワサビがふと遠くをみる。

「野獣がくるわ……」

 ボクも緊張して立ち上がる。グロ爺は素手で追い払うぐらいの猛者なので、農場の中心の方には来ない。でも、田んぼはグロ爺の管理する中で、もっとも離れたところにあり、野獣たちがたびたび現れるところだ。

 ここで追い払わないと、ここが彼らの縄張りと認識され、田んぼを荒らされる恐れもある。

 ワサビもスピリトゥスなので戦えるけれど、今回は相手が悪かった。ワサビは水質を悪化させ、乱雑に踏み荒らすイノシシが苦手だ。自分たちの生息域より上流で、イノシシがドロ浴びなど始めたら、自分たちのところにも泥が押し寄せ、枯れてしまうのだ。


 ワサビは完全に意気消沈し、ボクが戦うしかない。鍬一本で……。

 イノシシの群れが現れた。大人が二頭、小さいのが六頭。小さいといってもウリ坊ではなく、乳離れする寸前の大きさで、ここを縄張りとされたら一溜りもない。この世界の野獣は、ボクが知る世界のそれより格段に大きい。魔素をうけて、肥大化するようだ。

 大人のイノシシがボクを威嚇してくる。四つ足でもボクより体高が上で、完全に舐められているのだ。

 突進してきた! やられる! でも、ボクは農業をしに異世界に来たのだ。ここで逃げたら、何のために……。会社から帰れなかったあの時と、同じじゃないか!

 ガンッ‼

 突進してきた勢いそのままに、吹き飛ばされたのはイノシシの方だった。

 え……? ボクも驚くが、残りのイノシシたちが怒り狂い、ボクに襲いかかってきた。しかし次々とはじき飛ばされてしまう。

 呆然とするしかない……。ボクは何もしておらず、何が起こったかも不明。ただ跳ね飛ばされ、痙攣していたイノシシたちは意識を取り戻すとすぐに脱兎のごとく逃げだし、去っていった。

「イクト、凄いわね」

 ワサビはそういうけれど、ボクも「何……が?」

「イノシシが衝突しようとした瞬間、様々な加護が発動し、あなたのことを守ったのよ!」

 防御の加護、はじき飛ばす加護……。スピリトゥスたちが与えてくれた様々な加護が、ボクを守ってくれたのだ。

 呆然とするボクに「じゃあ、私も加護を……」と、ワサビが着物の袖でボクの背中を隠すように、首に腕をまわして、唇を重ねててきた。その唇も少しピリッとした、刺激のあるもので、ボクも我に返るのと同時に、大変なことになった……と気づいていた。







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