第3話 農場の精霊

   Spiritus 農場の精霊


 そこは深い森の奥にある、農場だった。

 グロ爺――。鼻が大きく、ドワーフの顔だけれど、筋骨隆々で巨漢。白髪頭でもそのパワーはすさまじく、一人で森を開墾した農場主である。ただ自然農法で、植物にとって最適な環境をととのえ、自由に育てる方針なので、知らない人がみたらふつうの森だ。

 ボクを捨てた人も、そこが農場とは気づかなかったのだろう。

 むしろ、そうやって人里はなれた土地で、誰にも知られず、かかわらずに生きるのがグロ爺の生き方のようだ。

 とても無口……というか、一切の会話がない。ボクはこの世界の言葉、状況など、様々なことをスピリトゥスたちから教えてもらった。

 スピリトゥス――。ボクの知識の中で、近い言葉をつかえば〝精霊〟――。

 植物を長く、大切に育てていると精霊化する……。この世界でも極めて珍しい現象だけれど、グロ爺の農場では、多くの植物がスピリトゥスとなり、ボクたちと一緒に暮らしていた。


 精霊について、少し説明しておこう。基本、精霊化するのは多年草など、挿し木や取り木など、クローンで殖えるものか、果樹といった数年にわたって栽培するもの、が中心となる。

 種で殖えても、精霊化はしないそうだ。だから野菜など、一年草のスピリトゥスはいない。

 基本、この世界の植生は、ボクが元いた世界と同じだ。元世界では、人が改良して栽培品種としたものもここにあって驚くが、どうやら世界観は相似、もしくは共有されるらしい。

 精霊はほとんどが女の子――というか、人とのコミュニケーションをとりたくて精霊化するので、愛される形をとる。グロ爺もボクも男なので、女の子の姿をとることが多いのだそうだ。

 精霊は、元はウィースというエネルギー体で、魔力をもつ者だとそれをウィースとして認識し、スピリトゥスを見ることも容易いそうだ。勿論一般人だと植物を長く、大切に育てることではじめて見えるし、感じることができる。

 常在するわけではなく、植物も眠るようにスピリトゥスも眠り、その間は姿を消すことが多い。

 長く生きているだけに広範な知識をもつ子も多く、ただ生活圏にちがいもあって、知識に偏りがあるのが難点だ。なので、ボクは様々な子から、様々な知識を得ることとなった。


「イクト、ほら、そっちもって」

 紫色の髪をした、高校生ぐらいの少女からそう指示される。ラベンダーのスピリトゥスで、今は農作業を手伝ってもらっていた。

 スピリトゥスに年齢はなく、挿し木などで株全体が若返ると、見た目も若くなるそうだ。幼女から老婆までその姿は様々で、彼女は春先に挿し木をして、若苗を育てるので、毎年これぐらいの年齢でボクとも接する。

 ラベンダーは香りが特徴のハーブだけれど、彼女からも仄かに甘くて高貴な香りが漂う。

 スピリトゥスは、元の植物の性質をひきつぐことが多いのだ。

 彼女は元気で、太陽の下でも元気に手伝ってくれるけれど、スピリトゥスたちは比較的、露出の多い服を着る。彼女はまるで学校の制服のようで、それで屈んで作業をすると、スカートの中が……。

 ボクの目線に気づいて、ラベンダーは慌てて立ち上がった。

「もう! イクトのエッチ‼」

 こういう反応は珍しいけれど、これも植物の性質によってちがう。ラベンダーは、株はこじんまりして広がらず、さらに花後に剪定によって株を更新することが多い。そういう繁殖や殖え方に積極的でない感じが、彼女の恥じらいにも反映されているようだ。

「お姉様たちが、イクトはオッパイ星人だって言っていたけど……私の下着も見ちゃダメだからね!」

 どうやら色々と誤解があるようだけれど、一先ず彼女のそれを目に焼き付けたことだけは、内緒にしておこう。


「イクトの魔法適性は……やっぱりないわね」

 そういうのはローズマリーのスピリトゥス。彼女は肉や魚の臭み消しとして、長く人に利用されてきた。広範な知識をもつ精霊である。

 スピリトゥスはウィースというエネルギー体、魔力体の塊なので、魔法にも長けており、代わる代わるボクに教えてくれるのだけれど、一向に芽が出なかった。十歳が才能が開花するかどうかの目安とされ、ボクはそれを超えつつあった。

 転生したら、魔法や特殊スキルでチート……というのがお約束だと思っていたけれど、そうではないらしい。

 もっとも、ボクはここで農業をしたい、スローライフを送りたい、と思ってきているので、なくても失望はしないけれど、スピリトゥスたちは残念がる、

「じゃあ、私たちが加護を与えよう!」

 スピリトゥスたちが、そういってまとまった。魔法をもっていると、色々と有利だそうだけれど、それがないボクに、彼女たちが加護をさずける、という。

 ボクはそれを彼女たちの心遣い、思いやりだと思って、あり難く受け入れることにした。ただ、それがこの後とんでもない事態を招くなんて、このときのボクは知る由もなかった。

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