第2話 転生後、即危機
Birth 転生後、即危機
ブラック企業に勤め、日々疲れ切って帰宅するボクを待っていてくれたのは、植物たちだった。
どうせエアコンも使わないし、ベランダを植物たちで埋め、夜遅く帰ってきても世話をしてから眠る。愛情をかければ、元気に育っていく……。人生において、唯一の癒しだった。
しかし会社に何晩も徹夜させられ、拘束されて、ふらふらになって家に帰ってきたとき、枯れている植物たちをみてショックをうけ、そのまま生きる気力を失い、ボクは死んだ。
呆気なく、三十歳にもとどかぬ人生――。
小さいころから毒親に悩まされ、自立できるようにと勉強を頑張り、でも出遅れた分をとりもどすことができず、就職に困った挙句に、ブラック企業に入社。こき使われ、疲労が蓄積した挙句に、精神的なショックで心臓が止まった。何だったんだ、オレの人生――?
死後の世界とやらで、閻魔大王? 人生の罪を数えて、今後の魂のありようを差配する、賢者風の老人も、オレのそんな人生に憐れみを憶えたようだ。
白髪でおでこ広めの、たっぷりの髭を蓄えた老人が、すぐに転生するよう打診してきた。
「でも、オレは彼女(註:植物のこと)たちを死なせてしまった……。そんな無茶な仕事できません、と断って、家に帰っていれば……」
オレの後悔は深い。また生きても同じことが……。そう思うと、一歩を踏みだすことができない。
「では、植物を育てる職につけば……?」
「農家になれるのか?」
「それは……」
「オレは前の世界でも、お金を貯めて畑を買おうと思っていた。だからツライ仕事にも耐えた。土地を借りるとその分、生産コストも上がるし、何より果樹などの長期的な作物を育てることができない。
自分の土地をもって、自由に植物を育てたい! 農家がダメでも、そういう生活が送れるなら……」
「生憎と、生き方を決めるのは君であって、我々は生き方を指し示すことも、両親を択ぶこともできぬ。それがルールなのじゃ」
ルール――。何度も耳にした言葉。これは会社のルールだから……、社会のルールだから……。そこに、体調を崩した社員の状態――という考察は、一切含まれていなかった。
取引相手の無茶な要求のたびにふり回され、心と体をけずられる……。
それに、両親を択べないのなら、また毒親に当たるかも……。
「そ……、そう悲観的になるでない。これから向かう世界は文化、文明の発達が遅れており、まだ土地の所有がはっきりしないところも多いはずじゃ。そういうところなら、自分の土地にできるぞ」
「開墾……ってことですか?」
「そうなるかな。勿論、野獣がいたり、困難なこともあるだろうが……」
賢者風の老人が、まだもごもご言っているけれど、半分以上は聞いていなかった。
それは『墾田永年私財法』みたいなもの……? 異世界の状況はまったく分からないけれど、そこにボクは夢を抱いた。
「分かりました。転生をうけいれます」
「おぉ! なら早速……」
何か賢者風の老人が焦っているような、そんな怪しい印象をうけたけれど、オレは光に包まれ、そのまま異世界へと転生した……。
森の中だ……。乳呑み児であり、泣くことしかできない状態で一人、草の上に放置されている。
あの老人も人が悪い……。これだとすぐに餓死するか、野獣の餌食となってジ・エンドだ。
転生後、即死――。
柔らかい草の上に寝かされているのは、せめてもの情け? 明るい月を見上げ、優しい香りに包まれ、ボクは穏やかな気持ちになった。
この香り……、タイムか? タイムはボクがいた世界で、300とか400といった種類がある小低木、もしくは多年草に分類される植物だ。よく魚の臭みとりのため、添えられる。
抗菌・抗ウィルス性など、ハーブの中でも能力が高く、かつてミイラの防腐剤にもつかわれたぐらい、古くから人間に利用されてきた植物だ。
襁褓にくるまれ、動くことすらできないけれど、この柔らかい叢、香りに包まれて死ねるなら……。
そのとき、ふわりとボクは抱きかかえられていた。
周りに気配はなかったはずだけれど……。
見上げると、金色の髪が月明りによく映える、ヴェールのようなものをまとった、神秘的なたたずまいの女性が、ボクを優しく抱きかかえる姿があった。
ボクは安堵するのと同時に、泣きだしていた。我知らず、涙があふれて止まらなくなった。
「まぁまぁ、お腹が空いているのかしら……」
女性は躊躇うことなく、胸元を露わにすると、その豊かな胸の中心にある乳首に、ボクの口を導く。
ボクはすぐに、その薄いピンク色をした突起に、むしゃぶりついたのだった。
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