17話 闘いと親
二人の入場には大きな差があった。
テル・ニガリアスが試合場に現れると、大きな歓声が沸き上がった。
歓声の多くが女性、テルの婚約者または彼女なのは無視しても、人気があるのは間違いない。
会場の多くの人がテルの勝利を望んでいる、いや確信して疑っていないのだろう。
一方、テクト・ガランティーナの方はと言うと、「静か」だ。
数人の応援の声が聞こえるだけ。
家族と友人が大半をしめているだろう。
またどちらにも声を出さない者もいる。
この闘いを通して、二人の実力を確認する者たちだ。
強い者は自分のパーティー、ギルド、騎士団に入れたいと思う事は普通だろう。
普段の闘技場での闘いよりもそのような者が多いのは否定できないのだが
それは両者、特にテクトに関心がある者が多いということだろう。
---
試合場には俺とテル、審判者の3人しかいない。
また試合場の横にはB級ヒーラー2人、C級ヒーラー5人がいるので殺さなければ、ある程度の攻撃は許されるそうだ。
「この歓声が聞こえるかい?」
全部妻だろ...
自慢げに言われても困る...
「あぁ、テルさんの女の声が聞こえますよ」
「嫉妬かい?君には生涯全てをかけても、得られない声援さ」
「…………」
こいつは自分に絶対的な自信があるようだ。
実際過去の戦績を見たが負けなしだった。
だがこのような人間は自分の世界が狭いのだ。
ハルヒもだったが、「負たことがない」などと言っても、リサと戦ったら確実に負けるだろう。
実際の戦っているところを見てはないが、所詮は、
正直に言って、油断しなければ俺は勝てるだろう。
こいつからは恐怖を感じないのだ。
リサのような圧倒的な差を感じる恐怖。
ハルヒの時は不良の怖さのようなものを感じたが、こいつからはそれすら感じない。
それに魔力総量も大きくない。
「両者とも準備はいいかい?」
色々考えていると、審判者が声をかけてきた。
「「はい」」
負けたらウズラがテルに連れて行かれる。
対して俺が勝ったときは、値段の高い魔書か、聖戦に向けての兵力を貰うと昨日決めた。
テルが刀を構える。
俺も魔眼に魔力を込める。
「テル・ニガリアス対テクトガランティーナ勝負開始ッ!」
始まりの合図とともに、テルが動き出す。
それと同時にテルの周りの魔素が大きく動く。
強化魔術でも使うのか?
「ハッハハーー、神よ我の身体に翼を与えよ、翼は我を浮かばせる。
テルが叫んだ瞬間テルの肩の部分から、翼が生えてきた。
と思ったら目の前から消えた。
辺りを見渡すがいない。
否、いるにはいる。
テルは翼で飛んでいるのだ。
早すぎて見えないのだけで...
どうしよ………ッ………
腹に衝撃が走り、壁に向かって吹っ飛んだ。
バッンッッ………
痛い...痛いがそこまで傷は深くない。
なまくらだったのか?
「あと数撃で君を倒すよ」
流石にこのままじゃまずいな...
姿を隠すのが優先するべきだ。
最高火力でエレメンタルウォータとエレメンタルファイヤをぶつけることによって、爆発的に水蒸気が生む。
それをエレメンタルウィンドで広げる。
煙幕としての効果は十分発揮するだろう。
「クソッ、どこだ?」
静かに煙の中を走りながら、初級回復魔術のリカバーで止血する。
煙が晴れるのにはまだ時間がある。
が、どうするべきか?...
---煙が晴れる---
「やっと煙が晴れたよ、降参する準備ができたかい?」
降参するわけ無い。
ちょうど盛り上がって来たところだ。
正直相手を舐めていた。
テルだけじゃない、学園の生徒は小さい頃から魔術の鍛錬を積んできた俺より弱いと思っていた。
ハルヒを余裕で倒せて、自分で自分の力を過信していた。
普段だったら、いや、前の俺だったら始まる前から作戦を決め、全力で闘いに向かったはずなんだ。
認識を改めよう、テルは強く、俺は弱いんだ。
初心を忘れるな、あの頃の何事も楽しく挑み、反省していた俺を。
「正直お前を舐めてた、だがお前は強いよテル。死ぬまで戦おう!」
「…………あぁ」
全身に今できる最大効果のベシテアコンをかける。
特に目を重点的にかけよう。
動体視力を上げるんだ。
テルが先ほどと同じように消えた。
だが、さっきみたいに見えないわけではない。
攻撃を当てるのは無理だろうが、目で追うことぐらいはできる。
常に走り続けろ。
止まったら撃ち抜かれる。
できるだけ行動範囲を狭めたいので走るのは壁際だ。
また壁も常に触り続ける。
だが追いつかれるだろう、だから常に集中するんだ、作戦のために。
「動くと危ないよ、次は頭さ」
ゴッッン…………
頭に強い衝撃が走った...
さっきと痛さが段違いだ...
だが壁からは手を離さない。
クッソ………………いた……い
意識が飛びそうになるが、気合いだ。
「ウォールプリゾン!...」
生成魔術ウォールの上位魔術ウォールプリゾンだ。
触っている材質で壁を作り閉じ込める魔術だ。
どんな敵も攻撃する時が一番近くなる。
だからその瞬間を狙って俺ごと閉じ込めた。
「何だこれは」
返事はしない。
直径15メートルほどのドーム内にいるのは俺とテルのみ
あとは自爆だ。
最近サボっていたツケが回ってきたな...
だが仕方ない、今日から変われば良いのだ。
ありったけの魔力を込めドーム内に炎魔術を打つ、俺には水魔術で水をかけて冷やすつもりだが、少しは
これだ。
「エレメンタルファイヤ!!」
何度も使ってきたエレメンタルファイヤ。
初級魔術だが、何度も使っていたからか攻撃力は上がっている。
一瞬にしてドーム内に炎が広がった。
アッツ...
服にも火が広がった。
辺りは焼け野原だ。
だが魔力は止めない...
相手を殺す気でいく。
追加でまた打とうとしたが、身体が動かない...
魔力枯渇?
いや酸欠だ。
密閉された空間で炎を使ったら当然そうなるか...
マジで死ぬかもな………………
外側からドームが壊された。
次に炎が鎮火される。
鎮火した犯人を見ると、そこにはリサがいた。
その近くで倒れていたのはテル。
「頑張りましたね、テクト」
あぁ...勝ったのか...良かっ…………
---
「ハッ………………」
意識が覚醒し辺りを見渡すと、すぐ隣にウズラが座っている。
「やっと起きた……大丈夫?」
状況がよく分からないのだが、あたりの状況から推測するに、倒れた後にベットに運ばれて気絶していた感じだろう。
「はい、今は大丈夫です」
「何よ、”今は”って...心配したんだからね...言ったじゃない負けないって、負けそうだったのよ」
「………………ごめんなさい」
謝ると、ウズラは椅子から立ち俺を抱きしめてきた。
震えていた...
顔が見えないが、泣いているのだろう...
心配させて申し訳ないな...
「ごめん」
---
それから数分して、ウズラが落ち着くと、あの後の状況を聞いた。
簡単に説明すると俺の自爆によって俺とテルは大火傷。ドーム内での出来事なので外からは見えないのだが、異変を感じたリサが観客席から飛び出し、ドームを破壊。中には倒れているテルと倒れかけている俺。
すぐさま水魔術で炎の鎮火を行い。火傷をしている俺とテルを回復魔術で治し。医務室で横にしておいた。
そして今に至る。
テルは先に起きてどこかに行ったらしい。
とりあえず勝ったことを喜ぶべきなのか?
勝ち方は少し納得してないが...
褒美はなんでも貰えるらしいので、魔書を貰うつもりだ。
テルとまた戦いたいな...
……テルでも探しに行くか...
---テル---
「父様...すみません...」
「お前には失望したぞ...ガランティーナ家には勝ってほしかったよ。普段の悪さには目を瞑ってきたが、負けるならお前の存在価値は無に等しいぞ。試合に勝てないお前に価値はない。お前に貴族の地位はやらん。女も捨てておけ。」
「ですが僕はまだ...」
「黙って去れと言ってるのだ」
「い……はい……」
まただ、俺は父様と普通の話をしたいだけなのに...
今までの悪さだって、大きな態度を取ったりするのも、父様に俺を見てほしくてやっていただけだ...
負ける俺に価値がない...か...
ここで俺を見てくれないなら、もう力ずくでやるしか...
---テクト---
スタッフのような人に聞いたら、テルはテルの父親のバチがいる部屋に向かったらしい。
ここから歩いて30秒もかからない場所だ。
「お前には失望したぞ…………」
部屋に近づくと言い争っている声が聞こえた。
親との喧嘩だろうか?
見るのも失礼な気がするが、何かあったら危ないので、透過魔術ステルスで透明になり、部屋の片隅にでも居るか。
「黙って去れと言ってるのだ」
「い……はい……」
話が終わったか?
まぁよくある親子喧嘩だろう。
俺が帰ろうとした瞬間、テルの右手に力が入った。
そして、背中の方に隠しておいたであろう短剣を握りバチに向けて斬りかかろうとしている。
まずい...
バチとテルの間に入る。
サッ.......
「テクト?」
急いで止めに入ったせいでうまく受けれなかった、手首の方から血が止まらない...
だがそこまで痛くないのはなぜだろうか?
先程の戦いがあまりにも痛かったからだろうか?
「お前は私に何をしようとした!!!!」
バチがテルの顔面を殴る。
殴る手は止まらない。
詳しく知らないが、どっちもどっちだ。
ふとテルの顔を目を見たら、かつての俺を思い出した。
それは親がかまってくれない、自分のことを見てくれなく、悲しい目、もっと自分を褒めて欲しいと思っている目だ。
昔の俺もこんな感じの目をしていたな...
「お前は育ててもらった恩を忘れたのか?」
「すみません...でも……」
「でもじゃない!これからは衛兵として働け、金もやらん。一人で暮らしていくがよい。お前はもう、我が家にはいらないぞ。一人で野垂れ死んでおけ」
バチ、こいつを見ていると前世の父を思い出す。
子どものことなど考えず、自分のことしか考えてないのだ。
「すまないねテクト君。傷はヒーラーにでも癒やしてもらってくれ、お金も渡すからここでのことは内密に頼む」
こいつを見てると腹が立ってくる、バチにも前世の父にも、俺にも...
テル、そんな目で俺を見るなよ。
「もちろん言いませんよ、話が変わるのですが、勝ったときの褒美は何でも貰えるんですよね?」
「あぁ、もちろんだ。欲しいものを言いたまえ」
この選択をしてもよいのだろうか?
後悔はしないのだろうか?
テルには気の毒だかもしれないが、何か輝いているものがそこにある気がするのだ。
「ならテル君をください」
「!!!そう来るか...、他に欲しいものはないのかい?」
「テル君が欲しいんです」
「それは奴隷としてかい?」
「手続きなどがあるなら奴隷としてでも良いです。でも奴隷のような扱いはしません」
テルが飛び出してくる。
「おい、勝手に話を進めないでくれ。僕は何も言ってないぞ」
「お前は黙っておけ。負けたのはお前なんだ。テクト君の言うことは……」
「バチさん、あなたの方こそ黙ってくれ、俺はテルの意見が聞きたい、
嫌なら無理にとは言わない。俺はただ友達でありライバルができる気がしたんだ。なぜかは分からないが、テルとなら共に高め合える気がするんだ。俺に着いてきてくれないか?」
テルが何かを決断した顔をした。
「父様、僕、いや、俺はテクトに着いていって良いですか?」
「………………構わん」
「先程はすみませんでした、でもこれからの俺を見てくれると嬉しいです」
「…………あぁ…………」
---3日後---
テルは今までの女と別れてきたそうだ。
「テル君、改めてようこそガランティーナ家に!」
「気落ち悪い、テルで良い。お前もテクトと言うぞ」
「……そうだな」
馴染めてくれると良いな。
これからが楽しみだ。
「ところで親に自分を見てほしくて、性格を偽っていたんだろ?本当に女好きなのか?」
「あぁ、あれも嘘だ。何かしらでもいいから俺を見てほしかったんだ」
まぁあれが素なら俺も引いてるよ。
根ははいいやつなんだろうな。
そう考えてるとリサが顔を出してきた。
「あなたがテル様ですか?私はリサと申します。この家のメイド長です。これからよろしくお願いしますね!」
「あぁ、よろしく頼む」
一見、普通の挨拶だ。
だが俺はテルのズボンが突起したのを見逃さなかった。
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