第71話 兵藤詩織は諦めない


『サブクエスト:維持も絶やさん』

『今日兵藤詩織の好感度を99以下にしない 0/1』

『報酬:SRスキル×2』


 俺は、目の前に現れたクエストを睨む。


 ……このクエストには、ツッコミどころがいくつもある。


(好感度って……下がるのか?)


 今まで一度も好感度が下がったところを、見た事がない。


 だから何となく、好感度が下がるものだとは思ってなかったけど……


(……そりゃ、当たり前だよな)


 ここは現実だ。


 好きだった人に突然冷めることもあれば、どんなことをされてもその人を嫌いにならないなんて人はごく少数派だ。


 クエストの力を持ってしても、人の心までは操れないということか。


 まぁ、その方が安心出来るからいいけど。


(滝川さんにも干渉出来ないってことだもんな?)


 あ、【洗脳】と【赤い糸】?


 ……まぁ、あれはアクティブスキルだから捨てればいいだけだし。


 それともう一つ。


 このクエストは通常サブクエストだ。


 つまり……


(好感度クエストじゃねぇから、何したらいいか指示がねぇ!!)


 はい詰み、終わりです。


(好感度上げるよりはましか……)


 これで落とさないどころか好感度上げろって内容だったら、完全に無理だった。


「仁先輩、どこから回ります?」


 俺は、楽しそうにはにかむ詩織の顔を見つめる。


(これだけ好感度が高いなら、そんなすぐには下がらないよな……?)


「ど、どうしたんですか? 仁先輩……」


「あっ、何でも……とりあえず、ここから回るのはどう?」


 恥ずかしそうに目を伏せた詩織を見て、俺はハッとした。


「ほら、ここからならこうして全部回りやすいし……どう?」


「……はい! 行きましょ、仁先輩!」


 詩織は俺の言葉に笑って頷いてくれる。


 そして歩き出そうとした時、詩織の手が俺の手の甲をかすめた。


「……!」


「……っ」


 お互いにビクッと腕が跳ねる。


「……」


「……」


(あぁ……えっと、ここは手を繋ぐ……べき、だよな?)


 いや、分かる。

 分かるんだけど……


「……」


「……」


 気まず過ぎて何も出来ない……!


 まともに女子と手を繋いだこともない俺に美少女女優と手を繋げってのはハードルが高すぎる。


(以前の詩織とのデートクエストみたいに、クエストが手を繋げって言ってくれたら……!)


 自分の意思で手を繋ぐなんて、怖くて出来ない。


「……」


 詩織の手は、指先がモジモジと動いていた。


 以前の俺なら、1億%勘違いも甚だしいような話だっただろうが……


【再誕】

全身の皮膚や歯、臭い等を清潔にする(使い切り)


【見下ろし】

身長が5センチ伸びる。


【美化】

顔の造形を美化する。


『兵藤詩織 好感度:100』


 ……多分、詩織は俺の事が好きでいてくれてると言えると思う。


 今人気上昇中の国民アイドルに対して何を言っているのかと言われればそうなんだが、今の俺にはクエストとスキルという理由がある。


(くそ……日和ヒヨるな! クエスト、ひいてはスキルなんてものの力を得てまで、ビビってんのか!?)


 俺は自分で自分を鼓舞する。


(今まで言い訳したり、周りや環境のせいだとか考えて生きてきたくせに、こんな力を手に入れてまで変われないのか!)


 俺は陰キャ中学時代を思い出して、歯噛みした。


 それに──


【直感】

直感が鋭くなる。


 ──今動かなきゃ何かを失ってしまいそいだったから。


(ビビッときた……これがもしかして、【直感】の効果なのか?)


 ……ええい!!


 これだけ目に見える事象スキルがあって、何が不安なんだ!


「っ……」


「……!!」


 俺は意を決して、詩織の手を取った。


「……ぁ」


 詩織はバッと顔を上げるが、見ることは出来なかった。

 恥ずかしかったからだ。


『演技が揺れています!』


 【演技】スキルでどうにかしようにも、演技は演技だ。

 どれほど完璧に演技していても、そもそも演技出来る状態心持ちじゃなければ効果は出ない。


「……行こ」


「……はい♪」


『サブクエストをクリアしました!』


 あ……


 この段階で出るのか。


(……今は、この時間を楽しもう)


 やっと勇気が出せた。

 元々陽キャの奴らには一生分からないだろうけど、俺からしたらかなりの進歩だ。


 俺は報酬を確認するのを後回しにして、歩き出した。



〜〜〜〜〜



「……ただいま〜」


「! お嬢! 何もありませんでしたか!?」


「んーん、大丈夫だって! 言ったじゃん! それに……仁先輩が守ってくれるから」


「っ!」


 詩織の言葉に、龍王りおんは内心顔をしかめた。


(あの野郎……!)


 龍王はかつて、会長に雇われた時のことを思い出す。

毎日

『私の娘を頼むよ、秋萩君』


『はい……?』


 会長の絶妙なイントネーションの違いに龍王が首を傾げると、会長は真面目な顔で続けた。


『うちの娘は可愛い』


『……はい』


 突然何を? と思ったが、確かに否定は出来ない。

 あれだけ可愛ければ、親バカになる気持ちも分かる。


 だが、龍王の想像以上に正信まさのぶは親バカだった。


『きっと、詩織を妻にしたい、我がものにしたいという輩共が絶えないだろう。ナンパもされるはずだ』


『……』


 当時、詩織は5歳になったところだ。

 当然、女優にもまだなってない。


(いくら可愛いって言ったって、まだ5歳だろ!?)


『この子が素知らぬ男に取られる等考えたくもない! 絶対に娘を不埒な男共から守ってくれ!』


『は、はぁ……!』


『いいか! 秋萩君!』


『ま、任せてくだせぇ!』


 血走った目で肩を掴まれた龍王は、会長のその姿に気圧されてそう言ったのだった。


(あんな陰気な雰囲気の奴にお嬢を渡してたまるか!)


 ……確かに、あいつは結構イケメンだし、見た目に反して力も相当ある。

 お嬢を守ることは出来るだろう。


 だが、顔や力はともかく他はダメだ。

 ダメダメとは言わないが、髪型も服装も背丈も足りない。

 それに、女慣れして無さすぎる雰囲気というか、性格も頼りなさそうに思える。


(大体、お嬢は芸能人でも釣り合う相手が少ないレベルの美貌なんだぞ!?)


 全ては仁の問題、というより詩織が綺麗すぎるためだが……と龍王は考えていた。


 ──しかし、現在。


「仁先輩が守ってくれるから大丈夫ですよ!」


(これ……俺殺されねぇか?)


 龍王りおんは日に日にぞっこんになっているように見える詩織を見て、頭を抱える。


「あぁ……」


(おやっさんになんて言えばいいんだか……)


 龍王はしばらく、頭痛から逃れられそうに無かった。



〜〜〜〜〜



『先輩! 今日はありがとうございました! 楽しかったです!』18:31 既読


『こっちこそ楽しかったよ!』18:45

『ありがとう』18:45


『はい!』18:47 既読

『また行きましょうね!』18:47 既読


『[うん!]スタンプ』18:47


「ふふ♪」


 詩織はチャットアプリのメッセージを開いて、部屋で1人ニヤニヤとしていた。


(うーん、ちょっと前のめり過ぎたかな?)


 詩織は何度もチャットを見返して唸る。


 ──ピロン!


「……!」


 そうしている中、突如手に持つスマホが震えて、詩織は画面に食いついた。


 そして──


「……ッ!!」


 詩織は、落としそうになったスマホを慌ててキャッチする。


 そこに書かれていたのは……


『──それで、仁先輩には彼女はいないんですよね?』20:38 既読


『いないはずだけど……』20:38


『え?』20:39 既読

『もしかして……好きな人とかいるんですか?』20:40 既読


『いる』20:40

『それも、その人のために喧嘩するくらい片思いしてる人がいる……』20:40


「っ……!」


 あの時同時に連絡先を交換した水霧涼人に聞いていた、返事だった。


(そんな……)


 それを聞いた詩織は、唇を引き結んで……ギュッと握りこぶしを作った。


(……でも大丈夫。絶対仁先輩は惚れさせて見せるから! 頑張れ、私!)


 詩織も、ある程度自分の容姿や生まれがいい事は理解していて、自信もある。


(どんな人が立ちはだかってるのか知らないけど……)


 詩織は妄想癖から、ドラマのような台詞やピンチに駆けつけてくれる王子様ヒーロータイプが好きであり、本気でそのような人がいつか迎えに来てくれると信じている。


 それも、幼い頃から過剰な程に親の愛を受け続け、役者として努力してきたからかもしれないが……


(私を助けてくれて、ロマンチックに手も繋いでくれる王子様主人公……仁先輩)


 詩織の中では、仁が見せた微小な甲斐性も既に、脳内で増長していた。


(仁先輩と出会えたこのチャンス、絶対がさないですから!)


 詩織は、あの時路地で出会った仁にを感じて、のがすべからずと気合いを入れた。







​───────​───────


好感度を落とさず、詩織からの好意を無事獲得した仁。

また詩織も、滝川さんのことを知ってなお、諦めるつもりは無くて……


次回!『ヒロイン候補追加』


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