第70話 千年に一度の美少女が綴る


『仁先輩、日曜日って空いてますか?』20:12


 詩織からメッセージが届いていたのは、特段何も無かった木曜日の夜だった。


 強いていえば、体育の面白くないマット運動が最後に差し掛かっていて、【ロンダート】が最高得点の技だから成績5は取れそうなことか?


『え?』20:45 既読

『空いてるけど』20:45 既読


『日曜日、水族館行きませんか?』20:49

『ペアチケットあるんですよ!』20:49


『分かった』20:50 既読

『[オッケー]スタンプ』20:50 既読


「ふーん? まぁまだ東区と開戦する気はないからいいけど……」


 詩織とはまぁ2、3日に1回以上のペースでチャットしていた。


(誘われるのはこれで2回目だな)


 前回は夢の国ではないが、遊園地に行った。


 そこで好感度を100にして、詩織が日本一の自動車製造会社ISISアイシスの会長の一人娘であることを知ったんだったな。


 因みに、後々メッセージで知ったんだけど、詩織は今テレビで有名な“千年に一度の美少女”兵藤ひょうどう詩織しおりだそう。


 確かに、めっちゃ可愛いなとは思ったけど……


 テレビなんか見てねぇよ!


「てことは、俺国民アイドルの連絡先持ってんのかよ……」


 思ってるより凄くね?

 そりゃSPもつくわな。


(で、今回は水族館か……)


 ……水族館なら凛とも行ったけど、まぁ参考にはならなさそうだな。


(あの頃からちょっと狂愛ヤンデレ垣間見えてたし……)


 それより。


「うーん……服どうしよっかな」


 以前のデートの時にとりあえず1着買ったが、それしかないから日曜着ていく服がない。

 俺でも2連続同じ服で行くのはダサいって分かるからな。


(……こういうとこか)


 【美化】スキルだったり【再誕】スキルだったり、スキルによる補正に包まれて重要な事が見えてなかったんだ。


 ファッションであったり、髪型であったり……


 未だスキル補正の無いもの、スキルに頼らなくても解決出来ることをしようともしてなかった。


(そんな奴が滝川さんに並べるわけないだろ)


「うん……ちょっと、そろそろ勉強しないとなぁ」


 服は……正直自分にセンスがあるかなんか分からないから、楓か誰かに頼んで手伝ってもらおう。


 髪型も、ドライヤーでセンターパートの真似してるだけじゃなくて、アイロンとかワックスとか使って、動画とかで学ばなきゃ。


(てか、忙しすぎんだろ……)


 期末テストもそろそろ近いし、東区との戦いもある。


 俺は、考えることの多さにため息をいた。



〜〜〜〜〜



「ふんふ〜ん♪」


「お嬢……どうしたんですか?」


 詩織のボディーガード兼運転手の秋萩あきはぎ龍王りおんは、上機嫌に服を選ぶ詩織に聞いた。


「あ〜……日曜日、お出かけに行くの。だから、秋萩さんは付いてこないでね?」


「やっ、ダメですよお嬢! お嬢は自分の魅力を分かってないんですかい?」


「うぅ……」


 龍王の言葉に、理解しているのか詩織は頬を膨らませる。


「そうでなくとも、夏休み前に不良に絡まれたっておやっさんが聞いてから詰められてますのに……」


 以前詩織は、仕事のせいで数少ない友達と少し遠くまで遊びに来ていたところ、友達と少し離れた隙に二人の不良に絡まれた前科がある。


 、仁と涼人がそこに居たから良かったが……


 その時も、詩織が「友達との遊びまで邪魔するの!?」と駄々をこねたことで、一時龍王らSP達が周囲に散らばり離れていた隙のことだった。


「……ちぇっ。じゃあ秋萩さん以外は下がらせてよ! それくらいいいでしょ?」


「いや……しかしですね……」


「秋萩さん、のボスなんでしょ? 私一人くらい、一人で守ってよね!」


「っ……はぁ」


 龍王は詩織がを強調したことに、苦虫を噛み潰したような顔をする。


 詩織の父親は隠しているつもりだが、見てくれの通り、龍王を筆頭とするSPらは元ヤクザだ。


 ヤクザがヤクザになる理由は、金が無い……ひいては、仕事がないからだ。


 暴力に限らなくても、力仕事をするのにもある程度の学歴がいる。


 実際、龍王らは元々、学歴がなく建築士や大工になれない力自慢……社会のはみ出しものとなるしかなかった者の集まりだった。


 そこを、ISIS会長の兵藤正信はスカウトしたのだ。


 仁達がいる県とは違って治安がとてもいいが、それでも隣接県。

 ボディーガードを欲していた彼にとって、龍王らはちょうどいい存在だったのだ。


 慣れないスーツを着て、運転手として人のために車を出す。


 普段は聞き分けのいい少女の、時たま飛び出すわがままに戸惑いつつ、パパラッチやナンパを試みる輩から守り抜く。


(だけど……悪くない生活だ)


 とはいえ、ヤクザはヤクザだ。

 何年勤務していようと、いざとなれば簡単に捨てられる“駒”のようなものだと、龍王も理解している。


(だから……俺がいる限り、なんとしてでも守ってやらないとな)


 自分がクビにならないためだけじゃなくて……拾ってくれた会長に恩を返すためにも、目の前にいる、なんやかんや自分を頼ってくれる少女のためにも。


 龍王は、そう思っている。


 だから龍王リオンには、目下我慢ならないものがあった。


 それは──


「お嬢……日曜のその友達って……」


「あ、うん! 仁先輩だよ!」


「ッ……!」


(あ、の、野郎〜……!)


 最近、詩織が傾倒している男──神楽仁だ。


 妄想癖のある詩織は、ボディーガードの如く颯爽と自分を救ってくれた同年代の異性である仁に一目惚れし、その後のデートで更にその気持ちを深めたのだ。


(あいつ……ちょっと顔がいいくらいで、お嬢と釣り合えると思ってやがんのか……!?)


(仁先輩……久しぶりに会えますねっ!)


 詩織は龍王の心内などつゆ知らず、満面の笑みを見せるのだった。



〜〜〜〜〜



 日曜日。


「……あっ! 仁先輩!」


「! 詩織!」


 俺は、詩織と一緒に水族館に来ていた。


「詩織……もう居たの? 待たせちゃったか?」


「ううん! 今来たとこだから!」


 前回とは逆に、先に着いていた詩織がそう返してくれる。


(俺も10分前に着いたんだけど……いつからいたんだ?)


 今回は、クエストも何も発生してない。

 まぁ、それは前回もそうだったけど……


(前回よろしく、後から何か起きるかもしれないからな)


 デートだったり、戦闘だったり……何かクエストの目的に関する出来事に対しては、サブクエストが出やすい気がする。


 やっと分かってきた事実だ。


「じゃ、行きます?」


「あ、あぁ。行こっか!」


 詩織の眩しい笑顔から目を逸らして、俺は水族館に向かった。


 向かった……道中。


「……あの子可愛くない?」


「えっ、ほんとだ! 羨ましい〜」


「待って、あれって兵藤詩織じゃね!?」


「いやw流石に違うだろww」


「でもめっちゃ可愛いよな……」


 若い女子二人組だったり、如何にもチャラそうな男グループだったり……


 時には歳の行った人まで老若男女の注目が現在、詩織に集まっていた。


(あ……そっか。初めて助けた時はメガネなんかしてなかったのに、遊園地ではメガネしてたな)


 あれは、変装ってことだったのか。


(メガネだけで……?)


 思えば、あの時も気づいていた人が多かったかもしれないな。


(──てか、じゃあ何で今日はメガネしてないんだ!?)


「先輩……♪」


「てか、じゃあ隣の男は誰だよ?」


「兵藤詩織ならあんな堂々と歩かないだろ」


「でも、まじで似てるよな? 可愛すぎる」


 詩織が恥ずかしそうにこちらを見あげるが、流石に破壊力が高すぎて直視出来ない。


 ……こういうところも、慣れていかないとな。


 女慣れして無さすぎてかっこ悪いし……


(つうか、さっきからお前ら声がデケェよ!? ヒソヒソ話のつもりかもしれねぇけど、めっちゃ聞こえてるから!)


 列の前に並んでいるから、離れることも出来ないし……気まずいっての!


 てか男3人で水族館?


「てか……詩織……今日はなんでメガネ……」


「ぇ……だって──」


 隠す気が無さそうな詩織は、ロングヘアを手でくと、上目遣いに微笑んだ。


「今日は、可愛く見せたかったので!」


「っ……」


 ストレートに告げる詩織。


(これが、好感度:100か……)


 だったら、いつか……


(……滝川さんもこんな風に、言ってくれるようになるんだろうか?)


 俺は、目の前のクエストを睨んだ。


『サブクエスト:維持も絶やさん』

『今日兵藤詩織の好感度を99以下にしない 0/1』

『報酬:SRスキル×2』







──────────


二度目となる詩織との水族館デート!

以前にも増して大胆になった詩織と、不穏なクエストの出現……!?


次回!『兵藤詩織は諦めない』


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