第57話 変えられたもの



〜〜〜〜〜


(神楽……くん?)


 なんで……?


 私を囲む男たちの話では、今神楽くんは別の場所に行ってるって……


「一体──誰の女に手ぇ出してんだゴラァ!!」


「──!!」


 私は、神楽くんの放った言葉にハッとする。


(私のこと……?)


「私を……助けに……」


 見れば、神楽くんはかなり興奮しているようだ。


 それもそうだろう。50人もの人数に囲まれれば、誰だって恐怖を感じるはず。

 更に、相手は金属武器まで持ってる……


(か、神楽くんが危ない……っ!)


「お前ら!! 頭かち割れば化け物だって死ぬ! さっさと全員でかかれ!!」


 そうだ。


 いくら喧嘩が強くても、1人で50人には勝てない。


 学校では今やほぼ形だけとなった番長呼びをされている神楽くんだけど……


 そういえば今まで武器無しで喧嘩したところを見たことはないし、怪我してるのも見たことがない。


 前の番長とは違って優しいとか言われてたけど……実際に喧嘩は全然してなかった可能性がある。


 だけど、私を助けに来たせいで喧嘩に巻き込まれて……大勢に殴られてしまうかもしれない。


「か、神楽くん……っ!」


 私は鉄パイプを振り上げた男を見て思わず、神楽くんの名前を叫んだ。


(と、とにかく、逃げないと──)


 ズドォン!!


 腹の底に、人体とダンプカーが衝突したかの様な音が響く。


「ぇ……?」


 次の瞬間。私は、自分の目を疑った。


 神楽くんが殴った相手が、人の頭上を飛び越えて吹き飛んだのだ。


(うそ……?)


 それからは、圧巻の一言だった。


 何度鉄の棒で殴られても、直ぐに殴り返し一撃で一人を気絶させていく。


 私が言葉を発せぬうちに、周囲は神楽くんと男達の血に染められていた。


(怖い……)


 この街はここまで治安が悪かっただろうか。


 自分の知らないところで、こういうことが起きているのだと考えると……


 神楽くんが来なかったらと考えると、震えが止まらない。


「ま、まて……話を……!」


「ォオオオ!」


 やがて、神楽くんが眼鏡の男を倒して……


(うそ……)


 神楽くん以外、この場に立つ者は居なくなった。


(勝った……?)


 番長なんて呼ばれだした頃は、喧嘩が強いのかなと漠然と思っていた。


 図書館で喧嘩していた時も、神楽くんは武器竹刀を持っていたから……


 だけど、今初めて目の辺りにした神楽くんの喧嘩強さは、異常だ。


 特に弱い訳でもない50人に、1人が勝てるのでろうか……?


 まるで、映画の世界にでも入り込んでしまったかのようだ。


 ──しかし。


 荒い呼吸で立っている神楽くんは、まるで執念で立っているかのようにボロボロで……いつ倒れてもおかしくなかった。


(どうして……そこまで……)


 当の神楽くんは、血まみれになっても私の前に立ち続けている。


 何が神楽くんをそんなに駆り立てるのか、私には理解出来なかった。


(好き、だから……それだけで?)


「ウォオ!」


 だから、私は彼に聞きたかった。


『忙しいから自分でしてっていってるでしょ?』

『家でくらい好きに休ませてくれ! お前もなってみれば分かる!』

『滝川さん? あなた──』


「……神楽、くん?」


「──!!」


 ──本当に、私にそんな価値が、あるのか。



『滝川瑞樹 好感度:75⤴(32up!)』



〜〜〜〜〜



「神楽くん……? 神楽くんっ!!」


 目の前で気絶した仁に、私は必死に語りかける。


「目を覚ましてっ……神楽くんっ!!」


 私を守ろうとして、負った怪我。


 ──どう見たって、重症だ。


 体のあちこちから血が吹き出していて、顔はまともに見れない程に地に染められ、腫れている。


 閉じている左目には、視力がまだ残っているかも分からない。


「神楽くん……」


「……仁?」


「……!!」


 私が、震える手を彷徨わせていると──ザッという足音と共に、横道から1人の男が現れた。


「お前……何者だ?」


 東部No.5──白井珀しらいはくだ。


 珀は辺りを見回す。


 血で巨大な水溜まりが出来ており、その至る所に南部の配下らしき人間が倒れていた。


 そして、その数は50人にも及ぶ。


(まさか……仁が、全員やったのか!?)


 信じられないことだ。

 確かに南部の配下達は強くないが、そこにはNo.3やNo.4の姿も見られる。


 全員が武器も持っている中、いくら仁が強くとも一人で全員を相手する……そんなことが可能なのか。


 否。不可能だろう。


 だから、珀は疑ったのだ。


「お前……何者だ?」


 どう見ても、非力に見える少女。

 ただ、この場において1人だけ無傷であり、気絶している仁を上から覗き込むようにして手を伸ばしている。


 こんな状況で、気を抜くことが出来るはずが無かった。


「そ……そっちこそ、誰ですか!?」


 しかし。


 少女にとっては、それ以上に珀の方が怪しかった。


(またさっきのやつらの仲間……!?)


 神楽くんは目を覚ましてない。

 それに、これ以上怪我すれば二度と目が覚めない可能性まである。


(私が、守らなきゃ……っ!)


 だって……


 だって……神楽くんは……


(私の……)


「お前……南部のやつか!」


 私の……なんだろう?


「どけっ!」


 珀は、仁に向かって駆け出す。


「うちのボスを……返せ!」


(私にとって……神楽くんって?)


 私と神楽くんの関係は……


 一度、告白された関係?


 今は同じ部活で、剣道をする仲間……?


(他には……)


 逡巡する私の前に、いつの間にか珀が迫っていた。


「っ……!」


 しかし、珀は手を出さない。


 珀は、気づいていたのだ。

 仁を抱える少女が震えていることに。


 そして……この少女が、南部の配下などではないことに。


「お前……まさか、仁を守ってるの、か?」


 珀は正義心に優れているだけあって、もう少女に手を出そうとはしなかった。


「そ……そう、よ! ど、どっか行って!」


「それは出来ない。仁はうちのボスだからな。それより……お前、仁とどういう関係だ?」


 その一声で、私も察した。


(この人……神楽くんの、友達?)


 そうだ……神楽くんは──


『一体──誰の女に手ぇ出してんだゴラァ!!』


「神楽くんは私の……と、友達です!」


「!!」


 私は、グルグルと答えの出ない思考から、なんとかその単語をすくい上げた。


「大事な……友達です!」



〜〜〜〜〜



「大事な……友達です!」


「……」


 珀はその言葉に、目を丸くする。

 そして──思い出した。


(こいつが……もしかして……)


 前に、仁から聞いた──


(滝川さん、か?)


 仁が、片思いしている相手がいることは聞いていた。

 その人の名前が滝川さんだと。


(でも……)


「……っ」


 珀は、自分を睨む滝川さんを見て……つい口元を緩めた。


(あいつ、まだ友達とも呼べない関係かも……とか言ってたくせに……)


 珀からみた滝川さんは、既に──


『滝川瑞樹 好感度:75』


(どう見たって、友達以上恋人未満じゃないか)


 今、彼女は“友達”と言ったけれど……


 友達、以外の言葉が咄嗟に見つからなかった……そんな感じに見えた。


 きっと……このままいけば……


(やるじゃねぇかよ、仁)


「とりあえず……説明してくれるか?」


「あ……う、うん」


 珀は、滝川さんからの説明を受け──


「なに!?」


(し、信じられん……これを……全部仁1人で、やっただと!?)


 驚愕した。


 50人もの南部の配下が倒れる惨状を……仁が一人でやったことに。


「と、とにかく、きゅ、救急車を……」


「……いや、待て」


「えっ?」


(そういう事だったのか……)


 珀は、仁に言われていたことを思い出す。


『特異体質……?』

『ああ。俺は……1日2日も寝れば、骨折だろうとどんな怪我でもすぐ治るんだ』

『そ、そんなわけ……』

『俺が怪我してるの、見たことあるか?』

『……!』

『四色型色覚や絶対音感みたいなもんだ! だから……俺がどんな怪我をしても、絶対病院には連れてくな』


『──喧嘩もバレるし、何より親が悲しむ』


「あいつが言ったんだ。仁は特殊体質で怪我がすぐに治る。だから無茶を……」


「──ふざけないでっ!」


「!!」


 しかし、滝川さんがそんなことを信じるわけが無い。


「これを見て、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!? 神楽くんが……死んじゃう……っ!」


「だけど……この時間じゃ救急以外は閉まってる……それに、喧嘩がバレたら治療どころじゃ……!」


「だったら……だったら……!」


 珀は確かにと仁のあまりの怪我を見て、躊躇う。

 そして──躊躇する珀に、滝川さんが予想外のことを言い出した。


「──だったら、私の家に連れていきます!!」







──────────


クエストの力を得てから、変えられたもの。

仁が変えてきたものは、仁の思う以上に大きく、早く現実に表れたのかもしれない。


次回、『精算』


少しでも面白い、続きが気になる、と思った人はフォロー、及び最新話か目次の下部より★★★をポチッとしてくださると嬉しいです!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る