第56話 才能開花・凛


 同時刻。


「さぁ、お前ら! 最後のあがきだ! 神楽はどっか行ったぞ! 今がチャンスだ!」


「「「おおおおおお!!」」」


 尾竺高校前では、残る南部の配下たちが全員、背水の陣で襲いかかってきた。


「チッ……!!」


「私が前に出ます!!」


「えっ……!?」


 仁がいなくなり、東部は涼人、凛、腕の折れた楓しかいない。


 仁がいれば、相手が20人とはいえ超戦力として勝てただろうが……武器を持っている以上、このままじゃまずい。


 そう感じた凛は、武器を持った自分が前に出ると進み出たのだ。


「くっ……!」


「な、なんだ!?」


「鉄パイプが曲がってるぞ!?」


 凛のカリ・アーニスという珍しい武術に、南部の配下たちは困惑しているが……それだけだ。


 凛1人では大勢の攻撃を塞ぐことは出来ない。


「クッ!」


『クラヴマガを使用します』


「はっ! でも、押し切れるぞ!」


「俺たちなら勝てる!」


「ボスが女を攫ってる間に、時間を稼ぐぞ!」


 涼人も加勢して、何とか凌いでいるが……


 南部の配下達からすれば、仁が間に合うはずはなく、恐らく人質確保に成功したあと脅迫メールでも送って、涼人達を引かせる算段なのだろう。


 には、作戦の成功は既に確実。


 時間さえ稼げば勝てるのだと信じているから、攻撃して隙を作ることもない。


(まずい……!)


「うっ……はぁっ!!」


「うわっ!?」


 凛の二刀流鉄パイプが猛威を振るい、二人を倒したが残るは18人。


 体力の消耗的に、このペースでは敗北は必死だ。


 ──通常の人間が、1人で大勢を倒せる訳が無いのだから。


「はぁ、はぁ……」


「相手はたかが二人だ! 押し切れるぞ!!」


「「「うおおおお!!」」」


「チッ……!」


世津円よつまど りん

『155cm』『52kg』

『力   B

 俊敏  B−

 知力  A

 耐久力 C−』


「はぁ、はぁ……っ!」


「くっ!?」


 しかし、凛も負けていない。


 個人戦力の高さが際立っていた元西部のNo.2だ。

 簡単にはやられない。


 しかし、流石の凛も、大勢を相手に息が上がってきた。


(くっ……! それでも、仁先輩は言った……! 私に、ここを支配しろって!)


「くははは!! 息が上がってるぞ! “鉄仮面”、世津円!」


(先輩は、私に期待してくれてるんだ!)


 凛は滴る汗を振り払いながら、相手の攻撃を塞ぐ。


 そして、遂に攻撃を防ぎ切れず──


(まずっ……!)


『クラヴマガを使用します』


「……!!」


 割って入った涼人が、爪先でバットを弾き返した。


「世津円! 路地に引くぞ! 前は俺に任せろ!」


「路地って……楓ちゃんが行ったところ!?」


「ああ! ついてこい!」


 涼人の先導に、凛は下がりながら路地へと入る。


「ここからは俺が前に立って敵を防ぐ! 凛は後ろに抜けたやつを相手してくれ!」


「はぁ……? そうは言っても、水霧みなぎり先輩の実力じゃ……」


「うるせっ! 俺は路上戦闘が得意なんだよ!」


 路上戦闘において、随一の強さを発揮する武術……クラヴマガ。


(いつの間にか、自分が使えることを思い出したんだけど……どう考えても、やったことないはずなんだよなぁ……)


 だけど、使えるならそれでいい。

 損することはないし。


 涼人はそう考えつつ、路地に入り込んで凛を背に庇う。


(ここなら、多くても3人……武器を振り回そうとすれば2人で限界だ。道の狭さを利用して、相手の囲い込みを防ぐ!)


「はっ! 狭い道に逃げ込んでも無駄だ!」


「その体力で何が出来る!」


 こちらが二人に対して、向こうは10倍の人数。


 どちらの体力が先に限界に達するかは、火を見るより明らかだった。


 しかし──


『クラヴマガを使用します』

『クラヴマガを使用します』


「うっ!?」


「グハッ!」


 涼人の最小限の動きで最大限ダメージを与える路上戦闘技術に、南部の配下達は思うように攻撃が出来ない。


「チッ……!? なんだと!? 東部のNo.2はお飾りじゃなかったのか!」


「誰がお飾りじゃいこらぁ!?」


(あと少し……あと少し待てば……!)


 涼人の守りを後ろに抜ける者もいる。

 しかし、それらは凛がしっかりと戦い、地に沈めた。


「はぁ、はぁ……」


「ふぅ、ふぅ、ふぅ……!」


 ただ、そもそも涼人は凛以上に体力がない。

 仁と同等レベルであり、【リカバリー】なんて便利スキルは持っていないからだ。


(まずい、このままじゃ──!)


 凛がそう、懸念した時──


「水霧! 凛!」


「!! 三田!!」


 路地の奥から、楓が現れた。


「楓ちゃん! 今す……ぐ?」


 しかし、凛はそれを見て首を傾げる。


「楓ちゃん……仁先輩は?」


「仁は……」


 呆然とした凛の質問に、楓は視線を逸らし、告げた。


「……消えた」


「え……?」


「おい、マジかよ!? 仁は今絶対説得しなきゃだめだっただろ!?」


「分かってる! 分かってるけど、突然消えたのよ! うちにも分かんない! 一瞬目を話しただけで……!」


 涼人は非難の声を上げるが、【テレポート】で超常的な移動をした仁を捉えろなんて無茶もいい所だ。


「うそ……仁先輩が……」


 しかし、そんなことは関係ない。


「あいつだって、状況把握くらい出来てる! だったらなんで……!」


「しょうがないでしょ!? だって……だって……!」


 涼人の問い詰めるような勢いある言葉に、楓はつい、叫んだ。


「襲われたのは、仁の好きな人なのよ!?」


「ぇ──」


 その言葉に、凛の動きがピタッと止まる。


「「あっ」」


(仁の好きな人って……滝川さんか!!)


「でも、こんな時間になんで……ハッタリじゃ……」


「仁先輩の……好きな……人……?」


「「!!」」


 凛の呟きに、涼人と楓は何かを感じて、振り返る。


(仁先輩が脇目も振らずに駆け出したのは……その人を、守るため……?)


「じゃあ、私は? 私は……」


「お、おい、世津円! そっち抜けたぞ! しっかりしろ!」


「隙ありだ! うおおおお!!」


 動きを止めた凛に、南部の配下が押し寄せる。


「くっ……世津円! 目を覚ませ!!」


「凛! 今行くから……っ!」


 楓がこちらへ駆けてくるが、間に合わない。


「ぐはははは!! No.4、討ち取ったり──グバッ!?」


「「「……!?」」」


 無防備な凛の頭に、南部の配下の鉄棒が振り下ろされた、その瞬間──


 凛の体から、が吹き出した。


『世津円凛の才能が開花します!』

『おめでとうございます! 仲間の秘められた才能を開花させました!』

『世津円凛に専用スキルが与えられます!』


『専用スキル【狂愛ヤンデレ】を獲得しました!』


狂愛ヤンデレ

好きな相手に他の好きな人がいる場合、戦闘中全能力値3段階上昇。好きな相手への執着心が高まる。


 恐らく、【狂暴化】中の仁には見えていないだろう。


 メッセージや才能開花による豪気オーラ噴出といった“演出”は、仁の目にしか映らない。


 だが、確実に──この場の全員が、見た。


「どうすれば……振り向いてくれますか? 仁・先・輩?」


 狂気に口元を歪める凛の、明らかなに──


世津円よつまど りん

『才能開花!』

『155cm』『52kg』

『力   S (6up!)

 俊敏  S−(6up!)

 知力  A

 耐久力 A−(6up!)』

『専用スキル:【狂愛ヤンデレ】』


(あ……は、ヤバい!!)


 この場にいる最高幹部、南部のNo.5、劉裕りゅうよう秀和ひでかずは一目を見ただけで、震えが止まらなかった。


「アハハハハハ!! あなた達を全員殺せば、きっと仁先輩も喜んでくれる!!」


狂愛ヤンデレが使用されます』


世津円よつまど りん

『才能開花!』

『155cm』『52kg』

『力   SS (3up!)

 俊敏  SS−(3up!)

 知力  A

 耐久力 S−(3up!)』

『専用スキル:【狂愛ヤンデレ】』


「ぐあっ!?」


「うげッ……!?!?」


「く、くそ……! 女1人止められないのか!! さっさと殺れ!!」


「アハハハハハハ!!」


 劉裕が喚くが、凛の一撃で南部の配下たちは手も足も出ず地に沈む。


 圧倒的能力値。


 それは、男と女の筋力のハンデ──それどころか、人数差のハンデをも、ものともせずに……


「う、わ、あああああ!!」


「アハハッ!」


『メインクエストをクリアしました!』


『メインクエスト:南部の狂踊・窮鼠猫を噛む』

『1.水霧涼人と南部の領土を奪う 11/11』


 才能開花してから一瞬で、南部の10人以上を叩き伏せた。


「……っ!」


「……!」


「アハ……さて! 帰りましょっか! 楓ちゃん、水霧先輩!」


 凛の変貌ぶりに息を呑む楓と涼人だったが、凛はスッと普段の表情に戻ると、可愛らしい笑みを見せた。


「仁先輩、喜んでくれるかなぁ〜」


「「……」」


 そんな凛を見た涼人と楓は、凛は刺激しないようにしよう……と心に決めたのだった。






──────────


S級の才能を遂に開花させた凛は、南部の配下たちをものともせず、一人で最後の高校を支配することに成功した。

片や仁は、目覚める気配がなく……


次回、『変えられたもの』


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