第54話 【狂暴化】


『──神楽仁が興奮状態に突入しました!』


「ははは! 今頃お前の彼女がボス達に連れ去られてる頃だろうぜ!」


「彼女を傷つけたくなかったら、俺たちの言うことを聞いた方がいいぜ! あぁ、でもボスは忍耐力がないからなぁ……もしかしたらもう犯されてるかもしれ──」


 刹那。


 久永の顔面を、拳が突き破った。


神楽かぐら じん

『175cm』『58kg』

『力   A

 俊敏  B−

 知力  E+

 耐久力 C』


「ぐっ! がはっ!」


「……」


 ドゴッ! ボゴッ!


「げほっ! む、だだっ! ここからはっ、まにあわっ、ない!」


「……」


 ズシャッ! グチャッ!


「だっ、だから!! もうやめっ──」


 バキボキボキッ!!


「……」


「……! ……ッ! ……!!」


 やがて、久永から音がしなくなる。


「……っ」


「……!」


「っ……」


 この場の全員が言葉を発せないまま──幽鬼の如くゆらりと立ち上がった神楽仁オレは、端的に告げた。


「今すぐ、尾竺高校にいるやつを全員潰して支配しろ」


「じ……仁は?」


 涼人の絞り出した言葉に、俺は──


「今すぐ、助けに行く」


 全力で路地に向かって駆け出した。


「あっ! ちょ、まっ!」


 しかし、それを見た楓が追いかけてくる。


「ついてくるな!! 楓!!」


「っ……! で、でも! 場所も分からないし、何より今からじゃ現実問題、間に合わない! 取り返す計画を立てた方が──」


「ついてくるなって言ったろ!!」


「ッ!」


 俺の剣幕に、楓は踏みとどまった。


(あれなら間に合う……あのスキルなら……!!)


 俺は角を曲がって視界を切り、直ぐにを発動する。


 現実を超越したスキル、LRスキル──


(──テレポート!!)


【テレポート】

名前と容姿を思い浮かべた相手の近くに瞬間移動する。

(相手から見えない場所で最も近い所に移動する)

(誰かに見られていると使用不可)

(一日一度使用可能)


 距離がある? 場所が分からない?


「関係ない!!」


 俺がクエストの……スキルの力を手に入れたのは……


(この時のためだったんだ!!)


『テレポートを使用します』


 たとえ場所が分からなくても。何千kmの距離があろうとも。


 このスキルなら──!


 次の瞬間、俺の姿は光に飲まれて消滅した──



〜〜〜〜〜



「じゃ」


「お姉様、また明日!」


 私は帰り道の途中で綾香と別れ、軽くため息をいた。


 今日は文化祭で部活がオフだったが、残って自主練していたのだ。


 両親が家に居ない私とは違うのに、9時まで付き合ってくれた綾香にはいつも感謝しかない。


「ん〜」


(今日も疲れた……)


 中一から剣道部を続けてきたが、地区予選でいい成績を残すところが関の山で、全国大会に出れたことはない。


(だけど、私は全国大会に出てみたい……)


 それは、中学の頃からの夢だった。


 どうしても叶えたい、夢。

 だから毎日、夜遅くまで練習しているのだ。


 といっても、いつもは7時半には帰っているのだが……今日は気持ちが入りすぎてしまった。


(きっと、行けたらそれこそ胡蝶の夢のような気持ちになるだろうな)


 何度も夢に見たものだし、もし本当に行けても現実か夢か分からないだろうな、と私が少し自嘲的な息を漏らした……その時。


「よっ」


「!!」


 暗い夜道で、不意に、私を呼び止める声が聞こえた。


 振り返ると、そこには細い横道から出てきたのか、1人の男がいた。


 街道に備えられてるライトが、彼の顔を照らし出す。


「……誰?」


「あー……俺はー……どうでもいいだろ?」


「? ……っ!?」


 男がそう言った瞬間──


 待っていたかのようにして、前後左右の細道から大勢の男たちが現れた。


「な、なに? これ……」


 私が困惑していると、その中から一人、眼鏡をかけた男子が進みでる。


「あぁ〜はじめまして、だな? 滝川……瑞樹?」


「誰!? なんで私のこと……」


「あぁ、ちょっと、神楽のやつに用があってな?」


 眼鏡をかけた男は、ニヤリと笑って小指を立てた。


(神楽くん……っ?)


「あいつが俺たちの計画を邪魔するから……彼女を攫うことにしてやったんだよ」


「えっ? 彼女……?」


(えっと……どういう状況?)


 多分だけど、神楽くんが私の名前を上げて彼女だとか言ったりはしなそう。


 ……ってことは、勘違いして私を狙ってきたの?


「ちょ、ちょっと待って、それは私じゃ……!」


「おいおい、誤魔化すなよ。つれねぇなぁ? 本当にたまたまだったんだ……お前が神楽といる写真を偶然手に入れてよォ?」


 眼鏡の男──瓶和は、スマホの画面を見せつけた。


 そこには、夢の国に行った時──帰りの駅で別れるところを撮られた写真があった。


「残念だが、神楽は今10km近く離れたところにいる。助けは期待出来ねぇなぁ?」


「……!」


「どーやったって神楽のやつには勝てそうにねぇからなぁ……悪ぃが、付き合ってくれや──」


 私は夜の道で、恐怖に尻もちをついた。

 武器を持った50人程の男に囲まれている。

 自然と足が震えるのは、当然だった。


 眼鏡の男が、私の腕を掴む──寸前。


「ひ、ひひ……ど、どけ! 瓶和……!」


「……清水」


 大柄な男が、荒い呼吸で割り込んできた。


「す、すごい美人じゃな、ないか……そ、そうだ! 神楽に敗北感を味あわせてやるために……こ、こいつをやっちまえば……!」


「おい、ちょっとまて! 何言ってんだ……!」


 その言葉に、私はヒュッと喉がなるのを感じた。


「た、す……っ!」


 こんな事態は初めてで、想像もしてなかった。


 そこまで暗くないとはいえ、助けを呼ぼうとしても声が出ず呼べそうにない。


「あ……あ……っ!」


「じゃ、じゃあ、脱がすくらいならいいだろ!?」


「ちっ……分かったから、手は出すなよ? 人質の意味知ってるか?」


「う、うるさい!」


(だ、誰か……っ!!)


「助けて……っ!」


 私が、ぎゅっと目をつぶった──瞬間。


「う、ぐぅっ!?!?」


 横から現れた人影が、清水に飛び蹴りを繰り出した。

 ドンッ! と地に響くような重い音が鳴って、清水が吹き飛び倒れる。


「おい」


 節々から、強い怒りを感じる声。

 私はその声に、ハッとして顔を上げた。


 そこに居たのは──


「ぇ──?」


「ば、馬鹿な……っ! か、神楽!? 何故ここに……っ!」


 ──絶対助けに来ないと思っていた、神楽くんだった。



〜〜〜〜〜



「か、神楽……?」


「ば、ばかな……っ!!」


 突然現れた神楽に、南部の配下たちは驚愕に立ち尽くす。


「瓶和……ッ!!」


「そんな……そんなはずは無い……!!」


 神楽の視線に貫かれたが如く、瓶和はビクリと身体を跳ねさせた。


「た、たった今10km先にいると言っていたのに……写真まで送られてきたというのに……! ど、どんなトリックを使ったッ!!??」


 瓶和の叫びに答えるつもりはない。


 そんなことより──


「か、ぐら、くん……?」


「……ッ!」


 震えて縮こまる滝川さんを見て、思わず歯ぎしりをする。


「てめぇら……!」


「ぐっ……や……やっちまえ!!」


「そ、そうだ! こっちは武器持ちだ!」

「50人もいるんだ! 絶対勝てる!」

「神楽も人間だ! 全員でかかるぞ!」


 瓶和の絶叫にも近い命令に、南部の配下達は徐々に顔色を取り戻す。


 そして、一斉に武器を振りかぶった。


「か、神楽くんっ!」


 50人もの集団、それにバットや鉄パイプ等凶悪な武器を持つ者達だ。

 正面から戦うのは愚策。


 ──しかし。


「てめぇら、よくも……!」


 既に、“仁”にそんな理性は残されていなかった。


(あの日……北部を支配した時手に入れた、今の今まで怖くて使ってこなかったスキル……)


 俺の目の前に、1つのスキルが浮かび上がる。


(目の前のこいつらを倒せるなら……滝川さんを守れるなら──!)



『──狂暴化を使用しました!』



「一体──誰の女に手ぇ出してんだゴラァ!!」


「──!!」



『抑えきれない狂気が精神を支配します!』


【狂暴化】

理性を吹き飛ばし、狂暴性を解放する。

全能力値を3段階上昇させ、知力をFにする。

(一日に一度使用可能)


 時間制限無し。

 アジテーションのように耐久力のデバフも無し。


 ただ1つ──犬や猫ですら、E−である知能がFとなって。

 凄まじい身体能力を手にするのだ。


『力の解放を使用します』

『俊敏の解放を使用します』

『耐久力の解放を使用します』


神楽かぐら じん

『175cm』『58kg』

『力   S−

 俊敏  B+

 知力  E+

 耐久力 B−』


「うおおおおおお!!」


 南部の配下の1人が、金属バットを振りかぶる。

 それが、仁の頭に振りおろされる──


 刹那。


 ズドォンッ!!


「「「……!?」」」


「カッ……ハァッ……!」



『【狂暴化】』

『【アジテーション】』

『【アドレナリン】』

『【決戦の時間】』



神楽かぐら じん

『175cm』『58kg』

『力   SSS+(Limit!)(9up!)

 俊敏  SS+(9up!)

 知力  F(狂暴化)

 耐久力 B(1up!)』



 腹の底に、人体とダンプカーが衝突したかの様な音が響く。


 鉄パイプを持った男の体が、







──────────


滝川さんに手を出され完全にキレた仁は、滝川さんを守るため、持てる力の全てを使って南部の武装集団と対峙する!

例え、理性を取り戻せる確証が無くとも──!


次回、1章クライマックス!

『守りたいもの』


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