最終話 モモタロウの幸せ

 落ち着かない気持ちを鎮めようとポチと戯れていたら、後ろからキギスが近づいてきた。

 そしてしゃがんでいる僕の傍らにきて話しかけてきた。


「モモタロウ様、あんな事言ってごめんなさい。

 ご迷惑ですよね」


「い、いや。

 迷惑なんか全然思っていない、よ」


 じぶんでも言葉が怪しいと思う。

 何を緊張しているんだ?

 落ち着け、オレ。

 落ち着けってば!


「き、キギス、オレの話を聞いてくれるか?」


「はい……」


「……オレの居た神仙の國って生まれた赤子が大人になれるのは当たり前な事で、どんな病気をしたって医者が治してくれる。

 70歳は当たり前で80や90、100歳だって生きられる。

 世の中の三分の一の人がウチの爺さんよりも年上なんだ。

 そんな世界では15歳なんてまだまだ子供で、オレは自分の事もまだ子供だと思っているんだ。

 キギス、お前がオレの事を好きだって言うのは夫婦めおとになる相手として、だろ?」


「は、はい」


 キギスはボンと真っ赤な顔になり、答えた。


「でもオレの世界ではそうじゃないんだ。

 お互い好きになって、付き合って、それでも夫婦になったら幸せになれそうだとお互いが決心してから夫婦になるんだ。

 オレの両親は30の時結婚したって聞いた。

 向こうでは別に珍しい事じゃない。

 オレはキギスの事をとても好ましいと思っているし、今回の鬼退治でキギスと一緒に仕事が出来てとても良かったと思っている。

 だけど、まだまだ子供なオレは嫁を貰って幸せにしてあげられる自信がないんだ。

 この先、自分が何をしたいのか、何をすればいいのかすら分からない子供なんだよ。オレは」


「モモタロウ様が子供なら私やマサルはもっと子供ですよ?

 モモタロウ様は年相応どころかとても大人びてしっかりしたお方だと思います」


 キギスは僕の言葉が意外に聞こえているみたいだ。

 そう見えるのも当然かも知れない。だけど……


「オレがしっかりしている様に見えていたのはズルをしていたからだよ。

 神仙の國でしか手に入らない地図に、神仙の國で習った鬼の国の言葉、神仙の國で得た知識、それがあったからここまでやってこれたんだ。

 でもその知識チートも打ち止めだ。

 この先どうやって生活していけるかって考えると、オレにはマサルの方が余程大人に見えるよ。

 この世界に馴染め切れない自分が、この世界で幸せになれるかすごく不安なんだ」


「モモタロウ様……」


「安心してくれ。

 不幸になるつもりはないよ。

 幸せになりなさい、ってとあるお方から言われているから。

 だけどどうしたら良いのか分からないんだ。

 ふとした事で自分が外の世界の人間だと感じる事があるんだ。

 この世界にとって異物である自分の不幸にキギスを巻きこんでしまいそうで怖いんだ。」


「モモタロウ様!」


 キギスが大きな声で僕の愚痴めいた言葉をピシャリと遮った。


「モモタロウ様はご自分が幸せになれるかどうか分からないと仰られてますが、私はモモタロウ様をお幸せにしてあげられる自信があります。

 モモタロウ様、お願いです。

 私には何でもお話して下さい。

 何でも一人で抱えて苦しまないで下さい。

 モモタロウ様のお話はとても分かり易くて、無学の私でも聞いて差し上げられます。

 モモタロウ様の心の安らぐ場所を私に与えさせて下さいまし。

 私はモモタロウ様を好いております。

 大好きです。

 どんな事があっても決して離れません」


 耳まで真っ赤なギスは、目をそらさずキッと僕を見てそう言い切った。

 こんな自分を一途に思ってくれる女性がいることへの驚きと喜び。

 初めての顔見せの時、団子売りでの掛け合い、道中のたわいもない会話 、鬼との壮絶な戦いで命を張って自分を守ろうとしたキギスの姿…...これまでのキギスとの思い出が全て愛おしいという気持ちに置き換わっていくのを感じる。


 僕は心の中で湧き上がってくるキギスを愛おしいと思う気持ちに贖えず、立ち上がってキギスをギュッと抱きしめた。

 自分が抱きしめている少女への狂おしいほどの気持ちが胸の中で暴れ回る様な感覚。

 これが知識では知っていた恋という感情であることを初めて知った。


「キギス。

 オレもキギスと一緒にいたい。

 好きだ。ずっとオレと一緒にいてくれ!」


 生まれて初めての告白。

 途轍もない高揚感で胸が締め付けられる様な気分だ。


 キギスの目から零れる涙を拭って、僕は不器用なキスをした。


 この世界にやって来てからずっと抱えていた重しがすぅーっと軽くなる感覚、それがとても心地良い。


「ありがとう、キギス。

 オレのことを好きになってくれて」


 ◇◇◇◇◇◇


 ◇◇◇◇◇◇


 いよいよポルトガル船が出航する日が来た。

 村人総出で見送りだ。

 一艘の小舟に身なりも綺麗に整えた鬼達が乗り、沖合のポルトガル船へ向かう。


 黒鬼は僕の横にいる。

 おタミさんと共に日本に残り、村に来る事を決心してくれた。


 手を振る黒鬼は今までに見た事もないくらいに生き生きとした表情で手を振る。

 マサルも飛び上がって手を振っている。

 僕も、傍らにいるキギスもだ。


「「「「ボン ボヤージュ」」」」


 皆でこう叫んで見送る。

 電子辞書で調べた最後の言葉だ。

 電子辞書はもう完全に動作しなくなってしまった。

 でも失った寂しさや不安よりも何か満ち足りた気持ちの方が大きかった。

 共に歩んでいく人と一緒に、この世界で生きていく決心がついたからなのだろう。



「ボン ボヤージュ!」


 父さん、母さん。

 オレはこの世界で幸せになるよ。


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