第41話 雉子(キギス)の告白

 おタミさんの家を出て島民Aの家へ戻る途中、半歩後ろを歩くキギスが少し不安そうに僕に声を掛けてきた。


「ねぇ、モモタロウ様。

 本当に黒鬼さんを村へ連れてくの?」


「事後承諾になってしまうけど、お頭様にお願いして二人のために住む所を用意してもらう様頼んでみるよ。

 鬼達から買い取ったお宝を貢げばどうにかなると思う」


「少し驚きましたがモモタロウ様はお優しい方なので、やっぱりという気持ちもあります。

 でも何でそこまで親身になられるか不思議です」


「見てくれは違うけど黒鬼の境遇とオレの境遇は似ているんだ。

 黒鬼もオレも意図ぜず、たった1人この世界に放り出されたんだ。

 幸いオレの場合は爺さんと婆さんのおかげでこうして生きてこれた。

 次は俺の番だと思う」


「モモタロウ様……。

 モモタロウ様は決して一人では御座いません。」


「ありがとう、キギス

 だけどこの世界でのオレの役目は終わった。

 これでお役御免だ。

 村に帰ったら爺さんと婆さんに恩返しして……あとはそうだな、

 キビダンゴ売りながら全国各地を回るのも良いかも知れないな」


「モモタロウ様は村を出るおつもりなんですか!?」


「どうかな?

 分かっている事は神仙の國……元の世界には帰れないって事だ。

 余所者のオレを快く受け入れてくれた爺さん、婆さん、お頭様、若、次郎さん、そしてお前達には感謝してもしきれないと思っている。

 だけどな……やはりオレはこの世界にとって異物みたいなものだ。

 多分、黒鬼も同じ苦労をするだろう。

 逃げる訳じゃないが、今回の一件で一人でやっていける自信がついた。」


「モモタロウ様は異物なんかじゃありません。

 島の人達だって、モモタロウ様にとても感謝しています。

 私達だってどんなにモモタロウ様に感謝しているか……」


「そう思って貰えるなら神仙の國からやってきた甲斐があるってものだ。

 これまでの努力が報われた気分になるよ。

 これからは新しい目標を見つけて頑張ってみるのもいいかも知れないな。

 前々から考えていた事だったけど、その時がやってきたんだと思う」


「モモタロウ様、そんな寂しい事言わないで下さい。

 モモタロウ様は鬼退治のためだけに来たお方ではありません。

 モモタロウ様はモモタロウ様です。

 頼りになって、思いやりがあって 、お強くて、素敵で、お優しくて……


 私はそんなモモタロウ様が大好きです!

 お願いです。ずっとずっと村に居て下さい!」


 キギスはそう言うと走って行ってしまった。


 あれ?

 ……これって告白?



 参ったな。

 キギスをそんな風に見ていなかった……

 いづれ居なくなるつもりが薄々あったから、ひと月近くも一緒に行動しているキギスに対しても心のどこかで1歩引いていた様な気がする。


 宝を持って帰るのが『桃太郎』のお約束のエンディングなんだし、ストーリーはもう終わりに近づいているんだよな。

 吉備津彦尊様は僕にこの世界で幸せになって欲しいと言ってたけど、『桃太郎』のストーリーが終わったこの世界で僕はどうすればいいんだ?

 現代だったら受験に合格して、名門の中高一貫校へ通って、一流大学へ進学して、青春を謳歌?

 ……この世界に青春を謳歌する暇あるの?


 ダメだ。

 僕の中の価値観とこの世界の価値観のギャップが大き過ぎる。現代ならこんな時、クラスメイトに相談するのが定番なんだけど……


 ◇◇◇◇ ◇


「マサル、教えてくれ!」


「大将、藪から棒に何ですか?」


 同じ歳で相談出来るのがマサルしかいないことに気付いて少し落ち込んだけど、そうも言ってられない。


「お前は将来どうなりたいと思っている?

 どんな風に幸せになりたい?」

 

「はぁ、俺っちは6人兄弟の5番目なんで、田畑貰えて、嫁を娶って、腹一杯ご飯食べて、長生き出来たら、めっちゃ幸せで」


「他に無いのか?」


「んー、嫁とあんな事やこんな事をして……。

 前は若様に気に入られたいと思ってやしたが、今は大将一筋です」

 

「うーん、何か違うんだよなぁ」


「一体ぇーどうしたんですかい、大将。

 何か変ですぜ」

 

「いや、恥を忍んで言うのだが……。

 キギスに好きだと言われてどうしたら良いのか分からなくなって、あれこれ考え込んでいたら自分が何をしたら良いのかすら分からなくなってしまったんだ」


 多分、今の僕の顔は真っ赤だろう。


「大将の朴念仁は相変わらずですねぇ。

 今更気が付いたんすか?」

 

「え?お前は前から知っていたのか?」


「あたりめーでさ。

 村を出る時んキギスの挨拶でピーンときた」

 

「へ?」


「大将、本当に何も気付いて無かったんで。

 かぁー、鈍いにも程があるぜ」


「いや、だってキギスはまだ子供だろ?」


「一体いくつだと思ってるんで?」


「十……二か三かな?」


「…………大将、それをキギスには言ってねぇですよね?」


「あ、あぁ」


「キギスは俺っちと同い年です。

 大将も俺っちも来年成人だから、キギスと大将は同い年ですぜ」

 

 えぇー、全然分かんなかった。

 現代の感覚だと中学生ってもっとボーンって感じだよな。全然発育が違うんだ。

 ここでも自分の中の価値観がズレていることを思い知った。


「大将、俺っちからの忠言ですが、キギスは働き者で、性格も器量も村1番のおなごで、嫁にと狙っている野郎は幾らでもおりやす。

 あんな良い娘に惚れられる大将は果報者なんですぜ」


「あぁ……ちょっと自分の自覚の無さについて考え直してみる。

 相談に乗ってくれてありがとな」


「俺っちで良ければいつでもいいぜ」


 島民Aの家を出て、頭を冷やしてみようとしたが、頭の中はグチャグチャだ。

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