第40話 鬼達の出発準備

 代官様が帰った後、鬼達の帰国準備が本格化した。

 食料や水、帆の修繕、船の傷んだ箇所の補修などなど、やらねばならない事はいっぱいだ。

 そして先立つものは僕が用意した。鬼達の交易品を僕が買い取ったのだ。

 明銭は外国で役に立たないだろうから、ゴールドで支払った。


 キビダンゴの売り上げは強気な価格設定のおかげで結構な金額になったのだけど、明銭2万枚となると重さは100キロ近い。

 重すぎて不便だ。

 そこで行商の途中で知り合った商人に金の粒てとの交換をお願いしてあったのだ。

 マサルには何でそんな面倒なことするのかって言われたけど、資産といえば金なのは時代を問わず一緒のはず。


 それに僕には確信があった。

 社会科の問題で、

『足利義満の日明貿易で輸出品と輸入品を答えよ』

 という問題があった。

 答えは、

 輸出品が金と銅と刀剣、輸入品が通貨と陶磁器だ。

 つまり金は輸出するくらい流通していたはずだし、金の資産価値が認められていたと思う。


 ヴェネツィア商人達は喜んで金と交換した。

 ポルトガル船には金の重さを測る道具があり適正価格で売ってくれた、はずだ。


 ヴェネツィア人の商人

 ……ベニスの商人。

 ……まさかね?


 ◇◇◇◇◇


 そんなこんなで出航前日。

 島をあげて鬼達を盛大に送り出す宴を催してくれた。鬼達と島の人達はすっかり打ち解けている。

 僕も赤鬼ジョンと電子辞書なしに意思疎通らしきものが出来るようになっていた。今、試験を受ければ英検三級はイケるかも知れない。地図の写しは完璧に終わったし、センチメートル単位の定規をおまけしてあげた。


 残る問題はあと一つ。

 黒鬼とおタミさんだ。

 宴ではおタミさんの姿を見なかったし、黒鬼はものすごく落ち込んでいたのでおおよその察しはついた。


「キギス、すまないがちょっと一緒に付き合って欲しいんだが……」


「えぇっ!

 は、は、はい。何処へでもご一緒しまふ」


「突然すまない。

 どうもこういうのは苦手なんだ。

 キギスが一緒だと心強いよ」


「へ?……一緒だと、ですか?」


「あぁ、キギスはおタミさんとよく話をしてただろ?

 オレは……あまりおなごと話す機会があまりなくて、一人だと……その……ちょっと心細いんだ。

 だからおタミさんの所へ一緒に来て欲しいんだ。

 頼む!」


 僕は手を合わせて、深々と頭を下げてお願いした。


「はぁぁぁ、分かりました。

 モモタロウ様がおなごに不慣れなのは重々承知しております。

 私でよろしければ、何処へでもお供します」


 おタミさんの事は放ってはおけないが一人では話がしづらいので、キギスに頼んで2人でおタミさんの家へ行った。

 明日はオレ達も出立だから忙しかったんだろうな。キギスは少し不機嫌ぽい気がする。


 ◇◇◇◇◇


 家の前で呼びかけたがおタミさんは出ず、何度目かの呼びかけでようやく泣き腫らした顔で出迎えてくれた。


「おタミさん、明日で黒鬼とお別れだが気持ちの整理はつきましたか?」


「えぇ、もうお別れは済ませました」


「オレが口出しすることじゃないけど、それで後悔しないんですか?」


「私が鬼さん達の国へ付いて行けるはずもないし、黒鬼さんにも来るなと言われました。

 お別れするしかありません」


「同じ女として言わせて」


 突然キギスが口を挟んだ。


「好きな人と一緒に行けないはずがないなんて誰が言ったの?

 なぜ無理なのか教えてもらったの?

 本当にどうしようもないって確かめたの?

 あなたこれからずっと黒鬼さんの面影だけを胸に抱いて生きていく覚悟があるの?

『するしかない』であなたの気持ちは済ませられるの?

 今聞かなきゃ…」


「じゃあどうすれば良いって言うのよぉ!

 あなたは良いわ。

 好きな人の横に居られるんだから。

 これからもずっと同じ村に居られるんでしょ?

 でもあの人は鬼の住む土地へ行っちゃうのよ!」


 おぉっと、思わぬ方向に話が行ってしまったぞ。誤解だって訂正しておくべきか?

 キギスを見ると真っ赤な顔をして口をパクパクさせている。お子様なキギスにはまだ色恋の話は早いのかな?


「おタミさん。

 キギスの事はともかく、鬼の住む土地がどんな所か知りたくはないか?」


「モモタロウ様は知っているの?」


 驚いた顔でおタミさんは聞いてきた。


「正確かどうか分からないが、知っていることを話そう」


「お願いします」


 一時の激情を恥じるかのようにしおらしくなったおタミさんが返事した。


「一言で言えば黒鬼にとっての鬼の住む土地は、鬼に占拠されていたこの島の島民の扱いと変わりがない。

 むしろもっと悲惨だ」


 衝撃的な話におタミさんの目が大きく見開かれた。


「鬼たちの世界は肌の色で人を差別していて、鬼たちと同じ肌の色じゃない者達は奴隷として家畜同然に扱われるんだ。

 黒鬼だけじゃない。おタミさんがついて行ったらおタミさんもそうなる。


  もちろん全部の鬼がそうじゃない。

  ジョンの様な温厚な鬼は沢山いる。

  奴隷ではなく使用人として雇って貰える者もいるようだ。がそれは少数だ。

  島に居る時も黒鬼は悪党の鬼達に虐げらいただろう?

 

  多分、黒鬼は元々自分の国で平和に暮らしていたところをとっ捕まえられて、無理やり奴隷にされてしまったはずだ。

  おタミさんに同じ目に会わせたくないから、黒鬼は一緒に行けないと言ったのだと思う」


「そんな……」


 予想外の事実におタミさんは真っ青だ。

 横にいるキギスもわずかに震えていた。


「ここからは提案だ。おタミさん。

 黒鬼と一緒に俺達の村に来ないか?

 こう見えてもオレは神仙の國の出だ。

 黒鬼を従えていても全く不思議じゃない。

 一帯を取仕切るお頭の覚えもいい。

 どうかな?」


「考えて……みます」


 唐突な話だから即決なんて出来ないのは当然だ。


「ああ。

 時間も残り少ないが、人生を左右する決断だ。

 黒鬼とよく話し合うといい」


 そう言い残して、僕とキギスはおタミさんの家を後にした。

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