【間話】赤鬼ジョンの日誌

***** 赤鬼ジョンのモモタロウに会うまでの経緯とモモタロウの印象 *****



 私は栄光あるイングランド海軍所属、ジャッキー・ニコルソン。

 イングランド王国の男爵位を与る紳士だ。

 愛称はジョン。しかし最近は『AKAONI』と呼ばれる事が多い。遠い東の国 、ヤーパンの住民達がそう私を呼ぶのだ。


 今 、世界は激動の時代を迎えている。

 スペイン王国の息の掛かったイタリア人が新天地を発見して以来、各国は船を繰り出し未だ見ぬ世界へと航海の旅へと出た。ある者は嵐に巻き込まれ道半ばで命を落とし、ある者は略奪船に襲われ全てを失い、そしてある者は新天地にスポンサーの旗を立てその土地の財産、資源、人、食料、様々な物を奪い、財を為した。


 地理的にポルトガル王国とスペイン王国はアフリカへの進出が容易い。そこで得た奴隷という労働力を新大陸へと送り込み、農業や資源の採掘によって多大の利益を得、彼のアレキサンドラすら成しえなかったような栄華を極めている。そして今、新大陸だけではなく東のアジア地域までその手を伸ばしつつある。


 我がイングランド王国も後れをとる訳にはいかない。イングランド王国では新たな船舶の就航が相次いでおり、まずは新大陸、そしてアジアへと進出する計画だ。ポルトガル語が堪能な私は、軍の命令によりベネツィアの商人の一員に紛れてポルトガルの交易船へと乗り込み、先見としてアジア諸国を回った。肌の浅黒い黒人が住む土地や背の低い黄色い肌の住民、世界とはこれ程までに不公平なのかと思わざるを得ない劣悪な環境を見る度に、世界の端には神の福音から見放された者で溢れているという事実に驚き、そして嘆いた。


 そして運命のあの日……私にとって人生最悪の日。

 船が難破し、私はその未開な世界へと放り出されたのだ。

 船は激しい風雨に弄ばれ、ひっくり返らない事がむしろ不思議だった。舵が折れ、畳んだ帆が飛ばされ、人々が漆黒の海へと投げ出された。どのくらい経ったのだろう、ボロボロになった船には嵐の前の半分しか人は残っておらず、マトモな運航など望めない状況だった。もう二度と思い出したくない悍ましい航行の末、我々は同じように難破したスペイン船を伴いとある島に着いた。

 この時、残り人数は14人だったが、長い難破船での生活で衰弱しきった1人はこの土地で息絶えた。


 島には肌は黄色いが浅黒く日焼けした背の低い原住民が居た。

 だが彼らは非常に臆病で、我々とのコンタクトを拒むのだ。何でもいい、食料を譲って欲しいだけなのに。そんな不満がスペイン人船乗りの癪に触り、武力制圧へと繋がった。彼らは冒険者であり、そして海賊でもあったのだ。

 体躯に劣る原住民達はろくに武器も持たず、制圧は容易く行われた。見せしめに3人ほど処刑したところで原住民らは大人しくなった。更に仲間の援軍を呼ばせぬよう女子供を人質に取り、上陸当初偶然見つけた洞窟に閉じ込めもした。

 イングランド王国の貴族でもある私にとって海賊の真似事は屈辱以外何物でもない。だが、原住民らとコミュニケーションが取れない状態では他に手段がないのもまた事実であり、海賊達の蛮行を止めることが出来なかった。


 ◇◇◇◇◇


 そんな憤懣やるせない日々が続いたある夜、スペイン船で奴隷として酷使されていた黒人が私を呼び止めた。彼には時々私の食事を分け与えたことがあり、私を信頼してくれているようなのだ。


 彼に連れられて沢の方へ行ってみるとそこには原住民らしき少年?がいた。

 この土地に住む住人にしては体格が良く、少なくとも身長は我々と遜色が無い。

 もしかして嵌められたのか?と思いつつ、通じないであろうEnglishで話し掛けてみた。


「Who are you?」

 (お前は誰だ?)


 すると彼から信じられない言葉が発せられた。


「I'm Momotaro. I want to help you.」

 (私はモモタロウ。私はあなた方を助けたい。)


 !!!

 Englishだ!

 発音は怪しいが確かにEnglishだ!


 思わず私は彼にこれまで知りたいと思っていたことを彼に畳み掛けて聞いてしまった。


「ここは何処なのか?

 国へ帰れる航路はここにあるのか?

 船を修理する機材を貸してほしい。

 人質を解放する交渉をしよう。

 君らの王に我が国と交易をする気があるか取り次いでくれ。

 ところでどうして君はEnglishを話せるんだ?」


「I can speak English a little. Please speak slowly. OK?」

(私は少しだけ英語を話せます。ゆっくり話して下さい。いいですね?)


 あまり聞き慣れない砕けた言い方だが彼には言葉以上にロジカルな思考が見て取れる。

 ここは対等な相手として話し合いをすべきと判断し、詫びを入れて彼について行った。

 本来ならこのような危ない真似はしないのだが、東の果ての地で巡り会ったこの少年に、何故か私は運命的なものを感じたのだ。

 

 ◇◇◇◇◇

 

 それ以来、Momotaroというこの少年には驚かされる事の連続だった。

 我がイングランド王国は科学技術において他のヨーロッパ諸国に遅れをとるものではない。

 決してだ。

 だが、彼が私に見せた地図は我々の水準を遥かに凌駕していた。最近になってスペイン王国の入植が始まったボルネオの島や私が立ち寄ったマラッカ半島、インド、更にはアフリカやヨーロッパの地理までを正確に把握していたのだ。


 恐ろしい。

 私はこの地図を見て、喉元に剣を突きつけられた様な気分になった。

 スペイン人らが植民地で行っている蛮行が我が身に向けられるなどと考えた事などなかった。これまで立ち寄った寄港地の原住民達によって我が国が攻め込まれる状況など夢想すら出来なかったのだ。

 しかしこの国は違う。

 知らぬ間に我々の住む土地を信じられない精度で測量していたのだ。地図を束ねた冊子の表紙には東洋の文字が書かれており、この地図が我々のものでは無い事を示している。

『我々ですら知りえない我々の情報を彼らは持っている』

 ……という事実に、軍人である私が感じたこの恐怖を理解出来るだろうか?


 海賊達は勘違いをしていたんだ。この国の原住民、いや国民は侮っていけない存在なのだ。

 Momotaroはスペイン王国やポルトガル王国がアフリカ、アメリカ大陸で何をしているのかを知っていた。つまり敵対するならば自分達は黙っていないというブラフとも取れる。彼に逆らうことなく穏便かつ平和的に今ある問題を解決することこそが、我が身と我が祖国を守ることに他ならない。

 そう決意した瞬間だった。



 この日誌を誰かの目に触れる日がやって来るのか分からない。

 しかし決して逆らってはならないアンタッチャブルな存在がこの世界にはあるという警告と共に、遠く東の果ての地で遭遇した不思議な少年との思い出をここに記す。


 N.d. 1523, Jackie Nicholson

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