第36話 『桃太郎の世界』の決着



 僕は愚直に太刀を中段に構えて船長と対峙する。

 残り少ない集中力をかき集めて船長の動き、足捌き、剣の流れを俯瞰(ふかん)した。

 凝視してはいけない。

 船長は意識の外からの攻撃を得意としているのだ。


 船長は利き腕である右手の剣を真横から振り払ってきた。

 ギリギリをスエーで躱わす。目を逸らしてはダメだ。

 この次の攻撃は回転の連続技か背後から左の剣を突きにくるはず。

 足が踏ん張らずに流れているから回転か!?

 回転する時、船長はギリギリまで顔をこちらに向けて、回転するより早く首をくるっと回して僕から視線を外す時間を最小限にする。

 しかしゼロじゃない。

 首をくるっと回し始めた瞬間、時間にしてコンマ3秒、こちらを向くであろうう顔に向けて突きを放つ。


 決まった! と思ったが、船長も僕の体捌きを見ていたのか、突きを読まれてた。

 体を仰け反り、剣を避けながら右手の回転剣を下から斜め45度に振り上げてきた。

 狙いは脇腹か?


 僕は突きを放ち伸び切った体勢のままだ。

 左手を脇差に掛けて半分だけ抜いた。


 ガツッ!


 脇差が船長の剣を止めた。

 自分の実力ではなくマグレだとも思ったが、そんな事はどうでもいい。

 次に来る船長の左手の剣の前に、僕の右手の太刀を船長の首を目掛けて払う。

 力が無い剣だが、首ならば擦るだけで大怪我だ。


 しかし船長はその力のない剣を見切って、僕の懐へと突進し身体ごとぶつかってこようとした。

 だが接近戦は僕の得意とするところだ。

 爺さんの教えも足払いを使う技が多かったし、オリンピックの柔道競技は全試合観たんだ。

 互いに両手を刀に掛けているから組み手は一切使わず、船長の前に踏み込んだ軸足を狙って蹴り足を飛ばした。

 船長は思わずつんのめる。

 体は交差し、離れざまのその瞬間を見逃さず、脇差を戻し、太刀を両手に持ち直して脚を狙い、刀を振り下ろした。

 僕の攻撃を船長はジャンプして逃れようとしたが、左足を掠めた。みたいだ。

 ゴロンと一回転して立ち上がった船長の足からじわじわ血の色が滲んできた。

 まだまだ負けない、そう思わせる攻防だった。

 しかし一合するごとに精神力を削られていくのを感じる。


「UWOOOOOOOOOOOOO!」


 突如として船長が吠えた。まさに鬼の吠え声。

 今の攻撃が船長のプライドに障ったみたいだ。

 少しづつ薄らみ始めた明かりでも顔が真っ赤なのが分かる。

 薄ら笑いしていた表情が完全に消えていた。


 そして構えが変わった。

 左の剣を中段の位置で前に突き出し、右手の剣を上段に構えた。

 アニメやハリウッド映画の忍者みたいなポーズだけの構えじゃない。

 まさに宮本武蔵がする様な正当な二刀流の構えだ。


 華麗な体捌きは一切せず、摺り足でにじり寄って来る。

 ますますやり難い。

 僕の剣の本質が「後の先」にあるのだと見切ったのだろう。

 隙を一切見せなくなった。

 まさに達人だ。


 船長はにじり、にじり、と詰め寄る。

 剣先が僅かに触れる間合い、なのに飛び込んでこない。

 刀身リーチはこちらが有利だ。

 キンキンキンキンキンキン……

 僅かに触れる剣先同士で互いに牽制する。


 僕はフっと剣先を下げ、剣先の牽制を空振りさせた瞬間に突きを放った。

 だが避けられるであろう事を予想して、体を伸ばす事はしない。

 すぐさま剣を引っ込めて元の構えに戻った。

 船長もこの突きがフェイントである事は分かっていたみたいだ。

 半歩引いただけで、何事もなかったかの様に構えを崩さない。

 少しだけ間合いが詰まって、再び剣先同士で互いに牽制する。

 しかし全く隙が無く、追い詰められていく。

 どうすればいい?

 迷いが剣に伝わっていく。


 僕はこの場を打開しようともう一度突きを放った。

 いや、放とうとした。

 船長はその先を取り、前に突き出した剣をくるりとスクリューの様に僕の剣を絡める。


 マズい!!


 剣を弾き飛ばされない様、柄をしっかりと掴んだ。

 船長はそれを見越して僕の剣を思いっきり下へ払った。

 僕は剣と身体ごと前につんのめる。

 そこへ右手の剣が僕の右肩へ容赦なく振り下ろされる。

 なんとか太刀で受け止めたが、腕が縮こまってしまって反撃出来ない。

 体勢も悪い。

 全力で距離を取るため後ろへと跳んだ。

 船長はその動きも見越していて、左手の剣で懇親の払いを下から放つ。

 僕の太刀を天高く弾き飛ばし、僕は身体ごと後ろに弾け飛んだ。


 くそっ!


 後ずさりする僕を見て、勝利を確信した船長が剣をダラリと下ろしたままゆっくり歩を詰めてくる。

 だがその次の瞬間、僕の目の前に何かが現れた。

 僕のバッグとキギスの着物だ。


「モモタロウ様に近寄らないでっ!」


 キギスは僕の前に飛び出し、船長にありったけの声で怒鳴る。

 あまりに弱々しすぎて、健気で、……


 やめろ……


 やめるんだ……


 頼む、やめてくれ!


 へっぴり腰で槍の穂先を船長に向けるキギス。

 そんな事お構い無しに剣を振り上げる船長。

 ヤバいっ!

 殺られる!!



「キギスーーーーーッ!」



 大声を張り上げたその時、僕のその声に呼応するかの様に胸にぶら下げた勾玉が光を放った。

 その光は現代で見たどの照明よりも、滅多に点灯する事がない体育館の照明よりも、強い光だった。

 僕の真正面にいる船長は光をモロに受けて目が眩み、動きが止まった。

 光を背に受けたキギスは闇雲に槍を突き出す。


「ガッ!」


 槍は船長の右目をい抜いた。

 堪らず潰れた目を抑えて船長が蹲った。


 キギスを庇おうと既に走り出していた僕はキギスの横をすり抜け、脇差を抜き、思いっきり振った。

 剣技もへったくれも無い。野球のバッターの様な渾身の一撃だ。


 船長の首から激しい血飛沫が上がり、少し遅れて胴体がドサッと仰向けに倒れた。


 こうして長い夜が終わった。

 いや……『桃太郎の世界』での役割が終わったんだ。


「モモタロウ様!」


 キギスは僕の所へ駆け寄り、しがみついてきた。

 僕は命を張って助けてくれたこの少女を抱きしめたいという衝動を抑えつつ、キギスの頭を優しくポンポンと二回叩いた。

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