第35話 最終決戦 - The final battle -

 船長は何の躊躇いもなく間合いに踏み込み、剣を振り回してきた。

 今までの船員と違って明らかに手練だ。

 やや短めの片手剣を2本、両手に持ち変幻自在の剣を繰り出してくる。

 双剣だ、二刀流だ!


 右、左、右、次は左かと思えば身体をくるりと回転させて裏拳の様に剣を振り回す。

 何とか受け止めた!と思った瞬間、奴の左の剣が背中側から伸びてきた。

「ちっ!」

 脇腹を掠めた感触が。

 大丈夫、皮一枚切っただけだ。


 傍目から見れば剣舞の様に華麗な剣だろうが、対峙している身としては堪ったものではない。相手の剣を払い除けるだけで精一杯だ。


 激しい剣圧で上に意識を向けられると、蹴りが飛んできた。

 まずい!

 ここで転倒したら容赦なくトドメがくる。

 咄嗟に自分から後ろに飛んでゴロゴロと一回転し、片膝立ちで刀を構える。

 追撃はこない。

 その代わりやつは地面を蹴って土塊を飛ばしてきた。

 これを避けたら隙になる。

 僕は土塊に構わず相手を凝視した。


 勝機とみたてやつが刀を振り上げながら突っ込んできた。

 右と思わせて左だ。

 反射的に右手で脇差を抜いてそれを受け止めた。

 そして次の右の突きを左手に持った太刀で払い除けた。


 かなりヤバかった。

 ヤツも僕が二刀を携えるとは予想外らしく、一旦距離を取った。


 主人公補正の力を信じるなら、このまま二刀流対二刀流で戦うのもアリかも知れない。

 だが僕にはこの4年間で積み上げてきたものがある。戦える力が自分にはあるはずだ。


 僕が爺さんに教わったのは、戦場で死なないスペなのだ。

 戦場では1対1の戦いになる方が珍しい。だから爺さんと若の2人を同時に相手させられたんだ。二人がかりでボコボコにされた経験が僕にはてんこ盛りにある。

 二刀流と思わず、二人を相手にしてると思えばやる事はいつもと一緒だ。


 ふー、と一息吐いてから、脇差を鞘に戻し、太刀を中段に構え直した。

 それを見てニタリと笑った船長が両手の剣をぶらんと下ろしたまま歩を進めてきた。


 遠山えんざんの目付けと言うらしいけど、相手の1箇所を凝視するのではなく山全体を眺めるように相手を観察する。

 視線、姿勢、脚さばき、腕の緊張度合い、身体の重心位置、そして間合い。

 集中力はマックスだ。


 相手が左足を出した瞬間、先程の攻撃パターンとオーバーラップした。


 くる!


 後ろ足が蹴りの予備動作に入り、

 右手の剣が僅かに動き、

 それ以上に左手の剣がバランスを取ろうと前に振られる。

 身体の重心はやや左側、

 視線は俺の頭。

 右手の剣の大振りから始まる連続攻撃が始まろうとしていた。


 右の大振りに入るその刹那、オレはノーモーションからの胸への突きを放った。


 攻撃の刹那というが1番の隙なのだ。

 一旦力の入った筋肉を緩めて別の動作に入るのは倍以上時間がかかる。


 相手の出鼻を挫く一撃が入った!


 と思ったその瞬間、船長はモーションを止めることなく前へ出て、なおかつ身体を回転させてぎりぎり避けた。

 僅かに掠っただけだ。


 次は相手のターン。

 僕の伸び切った体勢の横を至近距離から狙う。

 回転の瞬間に刀を逆手に持ち替え、僕の背中に向けて一突き……は、させない。


 突きが外れると分かった瞬間、刀の刃筋を相手方向に向け、突きを放つ時に踏み込んだ右足をしっかり踏ん張って、横に払った。

 相手はそれを予期したように飛んで躱す。

 そこへ再び飛び込んで来ようとするところを、僕がピタリと止めた剣先で牽制して、相手の動きを止めた。両手剣だからこそ出来る技だ。


 それにしても数秒の攻防で汗びっしょりになりそうだ。なんてったって僕にとって真剣でのやり取りは生まれて初めてなのだ。

 相手は海賊だからいくつもの修羅場をくぐり抜けてきたのだろう。そこからくる余裕みたいなモノを感じる。

 ニタニタした表情が如何にもイヤらしい。

 剣をくるくる回すのは威圧と、おそらく腕の疲労を解すために血流を良くするのが目的だろう。


 太刀を中段に構え、再び相手を見る。

 相手も剣を止め、構えた。

 見たことも無い独特な構えだ。

 体は半身、後ろ脚だけ曲げて腰を落とし、両手を広げてアルファベットのCの様な構えで剣先をこちらに向けてくる。

 間合いが取り難い。


 おもむろにCの上側の剣がぐるんとアンダースローの様に地を這って襲いかかってきた。後退して避け、がら空きのフォロースルーの後を狙うも、もう片方の剣が牽制してくる。

 下か思えば上、右かと思えば左、打ち終わりを狙うもコマの様にくるくる回転して華麗に避けやがる。剣速は衰えること無く、攻撃が更に多彩になってきた。凌ぎきれなくなって後退する一方だ。


 大振りの剣は弾くことが出来ているが、牽制の剣が僕の腕や脇腹を掠め、血が滲んでくる。おそらくそうゆう類の剣技なのだろう。

 分かっていても大振りの剣で切られれば致命傷だ。本能的に反応してしまう。

 その隙をついて思わぬところから剣を突き出しザクッと肉を抉る。これの繰り返しであちこちが生傷だらけだ。

 相手の先を取りたいのだが、双剣相手には難しい。と言うか初太刀で見切られてしまった。同じ動作をしないのだ。

 むしろこれまでの鍛錬のおかげで致命傷を避けられていると言っていい。


 こいつは強い。しかも体力オバケだ。

 二刀は決して軽くないのに、それを竹光のように振り回し続けられるなんて信じられない腎力だ。

 相手の体力切れを待つ狙いも、先にこちらが力尽きそうになってきた。

 だんだんと太刀を持つ握力が落ちてきている。

 このままではジリ貧だ。

 船長の奔放自在の剣捌きに翻弄され、形勢がかなり怪しくなってきた。


 戦場でこんな時はどうするのか?

 爺さんの教えは「逃げろ」だ。

 適わないと思ったら逃げろ。雑兵にとって戦で最も忌み嫌う行為が無駄死になのだと教わった。

 逃げ場があるうちは逃げる。反撃したいのなら、数が揃ってから反撃すればいいのだから。

 数こそが正義だ。


 だが、今は僕しか居ない。

 黒鬼はもう一人の船員を組み合いになって動けずにいるのだ。

 そして僕の後ろにはキギスがいる。

 僕が逃げればヤツは躊躇うこと無くキギスの命を散らし、バッグを奪い取っていくだろう。

 命に替えてもキギスを守らなければならないんだ!



 ※解説:遠山えんざんの目付けについて

 遠山の目付け、足は水面を進む水鳥が如く、気剣体の一致、などなど。

 剣道を嗜んでいる人ならばほぼ全員が知っている有名な言葉だと思います。筆者も中学高校の6年間剣道をやってましたが、相手の虚をついてスパーンと打つのを得意としてました。なので必然的にモモタロウの得意技も同じになってしまいます。

 文章で書くと複雑怪奇に見えますが、毎日の修練で考えるより先に身体が動く様になる感じです。

 弱かったですけど……(ーー;)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る