第30話 僕が今やっているのは戦場の格闘術だ!
ミシ ミシ ミシ
アイツ土足で屋敷に上がっているな。
オレは足袋だ。草履は脱いだぞ。
ミシ ミシ ミシ
距離は3メートルもない。
ミシ ミシ…
航海士が間合に入ったと思った瞬間、手に掛けた脇差を居合抜きのように右上に切り上げた。
「!」
性格が悪いくせに反応の良い奴だ。
脇を掠めただけか。
「^#₩Ü*@&∀ ニーヨ」
航海士は腰にぶら下げた剣を抜きながら大声で叫ぶ。
奥座敷から物音がした。
仲間が来るまでの10秒弱、ここが勝負だ。
僕は相手の頭を目がけて思い切り脇差しを振り下ろす!
航海士は剣で受けた。
注意が上に向いた瞬間に軸足を足払いし、ひっくり返した。
追撃しようとしたが航海士は素早い動きでゴロゴロと転がり距離をとる。
戦い慣れた奴の反応だ。
僕はゆっくりとすり足の様に歩を進め、航海士へと近づいて行く。
そして航海士が立ち上がるその瞬間、動作途中の一瞬の虚をつき胸を目がけてフェンシングのように突きを放った。
これは避けられない。
だけど航海士は脇差の刃をガッチリと手で掴んだ。
甘い!
シュッと刀を横に薙ぎ、左手の掌をザックリを切った。
堪らずゴロゴロと転がり、
左手からは血がボトボトと流れ落ちる。
トドメだ! と思った瞬間、長めの片手剣を持った船員がなだれ込んできた。
「邪魔をするな!」
と思わず声が出てしまったけど、それは無理な話だな。
片方の船員は航海士の方へ駆け寄り、もう一人の船員が僕と対峙した。
僕は右手の脇差を前に突き出し半身に構える。
片手剣 対 片手剣だ。
船員は何の躊躇いもなく右手に持った剣を大振りで振り下ろしてきた。
その攻撃を十字で柔らかく受け、スルッと左にいなした。
同時に船員の踏み込んだ右足を蹴り払って体勢を崩す。
体が泳いでつんのめる船員は何とか踏み留まろうとしながら、剣を僕に向かって切り上げようとした。が、届くはずのない一振りを僕は余裕のスエーで躱す。
追撃したいが2対1だ。もう一人にも注意を払う。だけど動く気配がない所を見ると、航海士から離れるつもりがないという事か?
だけど今の一合で大体の力量が測れた。相手は武将クラスでも剣豪でもない。
いつもの稽古で想定していた相手。
普段は刀を握らない農民兵。
烏合の衆と同じだ!
ならば僕は自分が死なないための剣術に徹するまでだ!
そんなことお構い無しに船員は剣を繰り出してくる。
僕はそれを
そして船員の5振り目、柱が邪魔となり剣がガッと柱に食い込んだ。
勝負ありだ。
僕は脇差しを振りかぶった。
船員が反射的に左腕で庇う。
その左腕を目がけて大上段から思いっ切り脇差を振り下ろした。
腕をザックリ切られてもんどり打つ船員の切られていない右腕を思いっ切り踏み抜いてポッキリ骨を折って戦闘不能にした。
実の所、爺さんの稽古と言うのは半分以上が体術の稽古だった。
太刀対太刀の戦いを想定した訓練はそれに比べるとものすごく少なかった。
集団戦で矢の撃ち方とか槍の振るい方を習い、あとは相手の戦闘能力を如何に削るための練習の方が余程多かった。
この時代に兵士全員が死んでしまう様な旬滅戦と言うのは滅多に無いようで、お互いがワーワーと戦力の削り合いをして消耗に耐えきれなくなった軍が敗走、というのが戦の流れみたいだ。
だから十把一絡げの農民兵は1番には人数が多い事を求められ、2番目に自分の身を守りつつ目の前の敵軍の兵を槍や刀でプスプスと指して敵戦力を削る事を求められた。
武将ではないから刀でトドメを刺すような訓練はやっていない。
訓練の目的は戦場で生き残る事なので、小木刀を使った護身術しかやっていない。
もっともその護身術で爺さんにはボコボコにやられたけど。
つまり僕が今やっているのは戦場で乱戦になった時の格闘術だ。
剣は添えるだけ。(ウソ)
残りあと一人。
航海士の前に立ちはだかる船員は、僕の戦いを見て武術の心得がある事を察したみたいだ。
迂闊には踏み込んで来ない。
脇差しをピュッ!と一振りして、おもむろに鞘に収めた。そして太刀に手を掛けヌラリと抜いた。
きっと相手は、今まで僕が手加減をして短い脇差しを使っていた、と思っただろう。(実は違うけど)
太刀を中段、やや右半身にして剣先の延長線を相手の眼に向け、相手を威圧する。
時間にして20秒弱、焦れた船員は剣で僕の心臓目掛けて突いてきた。
正確には突くモーションに入った。
中途半端で無駄な動きだ。
僕は相手の剣に自分の太刀を滑らせながら上に被せ、スナップを使ってバシッと叩いた。
船員は堪らずに剣を落とし、身体が伸びきった状態になった。つまり隙だらけだ。
もし僕が太刀を振り下ろせば命もろ共終わらせられる。だが僕はそれをせず、船員のつんのめった軸足を払い、転倒させた。
しかし追撃はしない。
船員は慌てて剣を拾いスックと立ち上がり同じ体制になる。
そして同じようなことを3回繰り返した。
船員も力量の差を知り、こちらがいつでも切りつけられる事をハッキリと自覚したらしい。その目は怯えを含んでいた。
僕が太刀をゆっくりと大上段に振りかぶっても棒立ちのまま為す術もなく動かない、
動けない。
そして太刀を相手の刀の重心の位置にヒュン! と振り下ろして相手の剣をたたき落とした。
相手の剣は真っ二つに別れていた。
どうやら焼入れすら入っていない乱造品のようだ。
一方、僕の太刀は爺さんが僕のためにお頭の屋敷で死蔵されていた刀剣の中から飛び切り質の良い太刀を選んで、丹精込めて研いでくれたものだ。
銘こそ入っていないが隠れた名刀だったのかも知れない。
得物を持たない両手で頭をガードする船員の鳩尾(みぞおち)に太刀の柄頭で思いっ切り突いて、昏倒させた。
気が付くと航海士はこの場を逃げ出しており、僕はすぐさま奥座敷へと駆けて行った。
※解説:16世紀初頭の戦争について
当時の合戦の認識について調査はしましたが、筆者の憶測が大半を占めておりますので正しいとは言えません。
しかし天下泰平に程遠い中世では農民が武装する事はむしろ当たり前で、かと言って農業を疎かにしたら自分も領地も立ち行かなくなります。
従って、戦場の大多数を占める雑兵はこんな考えでは無かったのか? と思いながら執筆しました。
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